表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「革」命転生 ――転生した化学エンジニア、13世紀の皮革産業を「革」新する  作者: 柄臼田廬翁
止める者、止まるもの、選ばれる道 ― アルプス越え編 ―
54/81

第12話「工機班長 小澤」短章 - アイツの遺したもの

墓は、終わりを保証してはくれない。

名前を刻んだ石は、問いを封じるためのものではない。

むしろ、遅れて追いついてくるものがある。

小澤が墓に来たのは、特別な日でも命日でもなかった。

ただ、ふと「二年経ったな」と思い仕事帰りに寄っただけ。


花屋でいちばん安い白菊を選び、線香を一本だけ買う。

相変わらず合理的だ、と自分で思う。


墓地は静かだった。

風も弱く、冬の名残がようやく抜け始めた頃だ。


墓石の前に、先客がいた。


黒いコートの背中。

少しだけ小さく見える肩。

長い髪を後ろで束ねた、高校生くらいの女の子だった。


──ああ。


小澤は、すぐに分かった。

「……もう、そんな歳か」


声には出さず、胸の中でだけ言う。


彼女は気配に気づいて、軽く振り返った。

一瞬だけ警戒する目。

それから、墓石の名前を見て、納得したように視線を戻す。

「……父の、知り合いですか」


少し低めの声だった。

大人ぶっているが、まだ揺れている。


「うん。……仕事仲間だった」

嘘ではない。

全部でもないが。


小澤は一歩離れたところで、花を置いた。

線香に火をつけ、黙って手を合わせる。


二年分の言葉は、もう出てこなかった。


挿絵(By みてみん)


彼女も、何も言わない。

ただ、墓を見つめている。


「……二年、早いですね」

ぽつりと彼女が言った。


「そうだな」

それ以上、続かなかった。


やがて彼女は一礼し、先に立ち去る。

去り際、少しだけ立ち止まり、

「……来てくれて、ありがとうございます」


そう言って、頭を下げた。


小澤は返事をしなかった。

代わりに、ほんの少しだけ手を挙げる。


彼女の背中が見えなくなってから、

小澤は墓に向かって小さく息を吐いた。

「……ちゃんと、生きてるぞ」


それが誰に向けた言葉か、

自分でも分からなかった。


線香の煙が、ゆっくりと空に溶けていく。


◆◆◆


「……あの」


墓地の出口、さっきの少女が立っていた。

息を整えるように、一度だけ深呼吸をしてから、言う。

「わたし、すみれと言います」

「父の仕事のこと……教えてもらえませんか」


直球だった。

遠慮も、前置きもない。


「どうして」

自然に、そう聞いていた。


少女は一瞬だけ視線を落とし、

それから、まっすぐに小澤を見る。

「学校では、父は“事故で亡くなった人”です」

「家では、“仕事の人”でした」


言葉を選んでいるが、覚悟は見える。

「でも……どっちも、よく分からないままで」


小澤は答えなかった。

代わりに、空を見上げる。


二年前の記憶が、妙に生々しく戻ってくる。

喉の奥が、あの時と同じように乾いた。


「……楽な仕事じゃなかった」

それだけを、まず言った。


少女は頷いた。

それは、もう知っている、という頷きだった。

「危ないことも?」


「多分、想像してるよりは」


「父は、逃げなかったですか」

その問いで、決まった。


小澤は少女の目を見る。

高校生の目だが、もう子供ではない。

「逃げなかった」

「逃げなかったから、あそこにいる」


少女は、少しだけ唇を噛む。

それから、小さく息を吐いた。

「……なら」


一拍、置いて。

「私だけ、何も知らないままなのは……嫌です」


小澤は、しばらく黙っていたが、

やがて、ポケットに手を入れ、名刺を一枚取り出した。

「今すぐ全部は無理だ」

「それでもいいなら」


名刺を差し出す。

「大人になってからでもいい」

「その時、まだ聞きたいなら……話す」


少女は名刺を受け取った。

指が、ほんの少しだけ震えている。

「……ありがとうございます」


頭を下げるその仕草は、

俺がスパナを持ちながら叱った

アイツに、よく似ていた。


別れ際、小澤は背中越しに言う。

「一つだけ覚えておいてくれ」

「アイツは、“後悔しない選択”をした」


少女は振り返らず、

ただ、強く頷いた。


小澤はその場に立ち尽くし、

墓地の方を、もう一度だけ振り返る。

「……厄介なもの、残しやがって」

墓地の方を見たまま、小澤は呟いた。


それが愚痴なのか、

誇りなのかは、分からなかった。

知らなくても、生きてはいける。

だが、一度触れてしまった問いは、

時間を置いても、必ず戻ってくる。

それが選択だったのかどうかは、まだ分からない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ