第11話ルドヴィコ短章 - 大丈夫!取らぬ狸の皮算用!?
城は、まだ口を開いていなかった。
客として迎えられ、
名を問われる前の時間。
謁見という言葉が意味を持つ前に、
一人の商人は、
誰にも聞かれない計算を始めていた。
城に入った瞬間、
空気が一段、重くなった。
石の匂い。
火と鉄と、ここに積み上げられてきた時間の重さ。
通された部屋は静かだった。
謁見まで、まだ間がある。
――だからこそ、考える時間が与えられてしまう。
ルドヴィコは腰を下ろさず、窓際に立つ。
運べる量。
峠を越える回数。
人手と日数。
数字は、何度も頭の中で組み替えた。
条件そのものに致命的な欠陥はない。
問題は、それを誰の名で語るかだった。
自分は名門グラデニーゴ家の一員。
だが本家ではない。
ヴェネツィアでその名を出せば、
必ず問われる。
――どの枝か。
――どこまで自由か。
本家の許可はない。
後ろ盾を借りるつもりもない。
もし話が拡がれば、「勝手に動いた傍流」と言われる可能性もある。
一歩間違えれば、
それは商談ではなく――
絶望的展開!
喉の奥で、乾いた笑いが転がる。
だが、だからこそだ。
本家の名を切り札にしない。
借りもしない。
頼りもしない。
ここで差し出すのは、
この場で出せる数字と、
この場で引き受けられる責任だけ。
ふと、同行者たちの顔が浮かぶ。
無駄な言葉を挟まない男。
静かに全体を見渡す女。
そして――
この城には似つかわしくないほど、
正面から世界を見ている少女。
彼女は、
本来なら計算の外に置くべき存在だ。
守られる側であり、
取引の成否とは切り離されているはずの立場。
それでも、
この城まで来てしまった以上、
彼女もまた結果の内側にいる。
そして――
そのことを許している人物の顔が、
自然と続いて浮かぶ。
鞘から剣を抜かず、
立場を持ち、
軽々しく動けない男。
もしここで自分が誤れば、
困るのは商人だけではない。
この城の外で、
別の責任を背負っている者にまで
余計な重しを増やすことになる。
だからこそ、
この話を「家の名」で処理してはならない。
守る、という言葉は使わない。
商人は、理由で計算を歪めない。
歪めない代わりに、
失敗したときの痛みを
自分一人で引き受ける。
それだけだ。
「……大丈夫!」
声に出してから、
それが誰に向けた言葉でもないことに気づく。
足音が、廊下を近づいてくる。
呼ばれるまで、あと少し。
ルドヴィコは最後にもう一度だけ計算を整え、
城の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
ヴェネツィアの名でも、
グラデニーゴ本家の威光でもなく――
一人の商人として、
扉の前に立つために。
扉の向こうで語られるのは、
条件と名と、数字の話だ。
だがその前に、
引き受けられたものがある。
それが言葉になるかどうかは、
まだ――
城も知らない。




