第05話スザンヌ短章 - できるもん!が聞こえなくなったな
去る者がいれば、
残る者がいる。
動かない時間は、
止まっているわけではない。
これは、
留守番を任された場所の話だ。
あいつらが出て行ってから、ひと月は経っただろうか。
工房は、ちゃんと動いてる。
むしろ、静かすぎるくらいだ。
ルディは朝が早い。
鐘が鳴る前に起きて、桶を洗って、水を替えて、
革を吊るす位置を勝手に変えて――
あとで怒られるやつを、ちゃんと先にやってる。
「そこ、順番ちがうだろ」
って言うと、
「でも、こっちの方が乾くもん」
……ふざけんな、正論言うな。
最近はな、
難民で残った少女――エンテって子が、
やたらとルディの後ろをくっついて歩いてる。
最初は邪魔になるかと思った。
でもな。
革を削る手元を、
ちゃんと見せてやってるんだ、あいつ。
「ここは強くやると、破れるから」
「ほら、音、聞け」
「今のは、まだ生きてる音」
――誰に教わったんだよ、そんな言い方。
エンテは笑わない子だった。
少なくとも、来た頃はな。
今は、
削り屑で手が真っ黒になって、
それ見て自分で驚いて、
ちょっとだけ笑う。
ルディは、それを見ると満足そうだ。
教えてるつもりなんだろうな。
守ってるつもりでもあるんだろ。
夕方になると、
干し場の革を見上げながら、
急に黙る。
「……あいつら、今どこだと思う?」
聞かれてもな。
「さあな。
馬車が壊れてなきゃ、山は越えたんじゃねぇか」
そう言うと、
「そっか」
って言って、
また革を見る。
名前は出さない。
テオドールとも、エルサとも言わない。
でも分かる。
あいつは、
置いていかれたんじゃない。
残されたんだ。
任されたんだ。
だから働く。
だから教える。
だから、守る。
……ちくしょう。
ちゃんと職人になりやがって。
夜、火を落とす前に、
エンテが言った。
「ルディは、いなくならない?」
あいつ、ちょっと困った顔してから言ったよ。
「いなくならない。
でも、みんな、動く」
……誰に似たんだか。
あいつらが戻ってくる頃には、
この工房、
少し変わってるだろうな。
悪くない方に、だ。
だからまあ――
「あいつら、今どこらへんだろうな」
革を叩きながら、
私も、ちょっとだけ思う。
火は、まだ消えてない。
革は、今日も干されている。
火は、まだ落ちていない。
あいつらが戻る頃には、
きっと少しだけ、
工房の音が変わっている。
それでいい。




