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「革」命転生 ――転生した化学エンジニア、13世紀の皮革産業を「革」新する  作者: 柄臼田廬翁
止める者、止まるもの、選ばれる道 ― アルプス越え編 ―
39/81

第04話 - すなわち、力をどう分散させるか

速くすることは、難しくない。


削り、硬くし、

強くすればいい。


だが――

壊さずに速くするとなると、

話は変わる。


揺れは、敵ではない。

問題は、

揺れが逃げ場を失った時だ。


その答えは、

新しい素材ではなく、

古くからあるものの間にあった。

城の工房は、朝から鉄の匂いがした。


馬車は固定され、

車体を支える木枠に乗せられ、

車軸は解体されていた。


テオドールは仰向けになり、

口に古い形の工具を咥えたまま、

木枠と鉄の間を覗き込んでいた。


「……揺れを、止めるな」

呟くと同時に、

視界に、淡い文字が重なる。


【解析】


対象:長距離用馬車

主材:木(オーク系)

補材:鉄(鍛造)


問題点:

・衝撃伝達が直線的

・車軸支持部に応力集中

・乗員負荷が高い


試作構造:

・板バネ(鉄)

・木材スペーサ

・革挟み込み


予測:

・衝撃は減少

・振動周期が一致した場合、増幅


「……やっぱり、そこだ」

文字が消える。


板バネは正しい。

だが、単体ではだめだ。


鉄は返す。

木は受ける。

革は逃がす。


だが今は――

全部が、同じ拍子で動いている。

「そりゃ、跳ねる」


工具を外し、

一度、息を吐いた。


その時。


「朝から、随分と大胆だね」

声がした。


ルドヴィコだ。

工房の入口に立ち、

腕を組んで、

「分解」された馬車を眺めている。


「壊してはいない」


「“まだ”だろう?」


テオドールは苦笑した。

「揺れを減らそうとして、

 別の揺れを作っている」


「商売で言うなら」

ルドヴィコは歩み寄る。

「需要を減らそうとして、

 別の需要を生んだ、かな」


「……似ているな」


ルドヴィコは、

板バネのあたりを覗き込み、

目を細めた。

「速くはなりそうだ」


「その代わり?」


「人が壊れる」


「それは、困る」

二人が同時に言って、

少し笑った。


「伯爵は」

ルドヴィコが言う。

「“速い馬車”より、

 “壊れない馬車”を欲しがるだろうね」


「分かっている」

だから、

ここで止まっている。


その時。


「なにしてるの?」

今度は、

高い声だった。


振り返ると、

ベアトリクスが、

工房の中に入り込んでいる。

「また馬車の下に潜り込んでる、おもしろいわ!」


「また?」


「前も、なんか壊してた」


「壊してはいない」

テオドールは言う。


「今は、

 壊れない壊し方を探してる」


「ふうん」

ベアトリクスは、

馬車の下を覗き込み、

顔をしかめた。


「……やだ」


「なにが?」


「音」


「音?」


「ここ」

彼女は、

板バネの辺りを指差した。

「キン、ってなる」


「走ると、絶対なる」


テオドールとルドヴィコが、

同時に彼女を見る。

「……それだ」


テオドールは、

小さく息を吸った。

「共振音だ」


「人が一番嫌うやつ」


ベアトリクスは、

よく分からないまま、

胸を張る。

「聞いて聞いて、だから言ったでしょ」

「やだって」


ルドヴィコは、

声を出さずに笑った。

「職人より、

 姫の方が早いこともある」


ベアトリクスは、

満足そうに頷いた。

「じゃあ、直して」


「……前向きに検討する」

だが、

答えは、

まだ出ていない。


馬車は、

まだ走れない。


そして、

揺れは、まだ逃げ場を見つけていなかった。


テオドールは馬車の下から這い出た。

額に汗。

指先は黒い。


板バネは、正しく働いている。

反りも、重ねも、荷重も問題ない。


それでも、跳ねる。


――返しすぎている。


撓んだ力が、そのまま戻る。

戻りが揃う。

結果として、車体が持ち上がる。


視線を上げると、

純白の修道服が、静かに膝をついていた。


車軸と板バネ、

そして木材の接点を、

感情のない目で見ている。

「……受けた力を、そのまま返している」


言葉は短い。

だが、要点を外していない。


挿絵(By みてみん)


テオドールは、板バネの根元を指で叩いた。

「鉄も、木も、真面目すぎるんだよなな…

 受けて、撓んで、戻る。

 全部が同時だと、跳ねる」


一瞬の沈黙。

「揺れを止めるのではなく……」


続きを待つ視線。

「揺れを、逃がしたい」


その言葉に、

わずかに、修道女の目が動いた。

「……革ですね」


正解だった。


板バネと木材の間に、

革を挟む。


厚すぎない。

乾きすぎていない。


固定は、ピンと(くさび)

締め切らない。

遊びを残す。


力を、

溜めないために。


革は、

受けた力を熱に変え、

戻りを曖昧にする。


左右は、完全には揃えない。

戻る拍子を、ずらす。


揺れは消えない。

だが、暴れなくなる。


「よし、試運転だ」


◆◆◆


馬車は元に戻された。


石畳の上を、ゆっくりと進む。


――揺れない。


速度を上げる。


――跳ねない。


さらに。


御者の背が、強張らない。

手綱が、暴れない。


馬車は、安定している。


そして――速い。


衝撃は分散され、

革が吸い、

木が(たわ)み、

鉄が受け止める。


揺れはある。

だが、人を壊さない。


「……揺れは、消えていません」

静かな声。


「はい」

テオドールは、

遠ざかる馬車を見送った。

「ただ、

 居場所を変えただけです」


その結果、

馬車は速くなり、

それでも安定していた。


誰も、

壊れなかった。


◆◆◆


リヒャルトは、黙って馬車に乗り込んだ。


背を預け、

座面に体重を預け、

何も言わずに合図を待つ。


御者が手綱を打つ。


石畳を踏む感触が来る――

はずだった。


だが、

衝撃は遅れて、

しかも丸くなって届いた。


速度が上がる。


本来なら、

奥歯を噛み締める局面だ。


だが、

体は座面に吸いついたまま、

揺れに追い立てられない。


「……まあ、なんだ……!?」

思わず、声が漏れた。


さらに速度を上げる。


馬車は軽く、

それでいて落ち着いている。


止まる。


降りたリヒャルトは、

しばらくその場に立ったまま、

馬車を見つめていた。


「だがしかし……!」

視線が、

車軸の下へ落ちる。


板バネ。

木。

革。


どれも、

見慣れた素材だ。


だが、

見慣れない働きをしている。


「……悪くない」

驚きを隠さない言葉が、

テオドールの口から零れた。


すぐに、

いつもの調子に戻る。

「すなわち、

 揺れを消していないんです。

 逃がしただけです」


エルサは、

車軸と革の位置を一度だけ見て、

静かに頷いた。

「なるほど」


少し間を置き、

続ける。

「だからこそ、

 速くなっても壊れない」


リヒャルトは、

その言葉を聞き終えてから、

ゆっくりとテオドールに向き直った。


視線は、

評価する者のそれではない。


理解した者のものだった。

「……ありがとう」


短い言葉だった。


だが、

軽くはなかった。

「私は、

 速い馬車が欲しかったわけではない」


一歩、

馬車から離れる。

「人が壊れずに、

 距離を縮められるものが欲しかった」


リヒャルトは、

はっきりと言った。

「それを、

 君は作った」


工房の奥で、

職人たちが息を呑む。

「このやり方を」


リヒャルトの声は、

命令ではなかった。

「この城の工房に教えてほしい」


そして、

もう一度、

テオドールを見る。

「私の領地を、

 無理に走らせないために」


馬車は、

再び動き出す。


今度は、

ただの試作ではない。


人を壊さず、

世界を前へ進めるための速さで。

走るようになったのは、

馬車だけではない。


理解が広がり、

技が共有され、

選択肢が増えた。


それは、

人を早く運ぶ力であり、

同時に、

世界を早く動かす力でもある。


壊れない速さは、

やがて――

止められない変化を運んでくる。


それを、

誰が使うのか。


その答えは、

まだ先にある。

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