第03話リヒャルト短章 - だがしかし、アスカロンの土と聖鞘と
若い頃、
戦場は物語だと思っていた。
剣を抜けば、
世界が応えると信じていた。
だが、
物語は終わらない。
ただ、
積み上がる。
三十年ほど前のことだ。
まだ、
剣を振るえば世界が動くと、
どこかで信じていた頃。
父は王だった。
私は、その第二王子に過ぎなかった。
武功を立てよ。
血を示せ。
それが、王に認められる最短の道だと、
誰もが言った。
そして私は、
物語に魅入られていた。
聖遺物。
「スカスリエル」。
それを手にした者は傷つかない。
古代ブリテンの王が携えた、
聖剣の鞘の欠片。
王は倒れず、
王国は滅びなかったという。
自分こそが、
未来の王者なのだと、
信じる理由が欲しかった。
だがしかし、アスカロンに到着した時、
私を迎えたのは異教徒と戦う輝かしい戦場ではなかった。
積み上げられた、死体だった。
鎧を着た者も、
着ていない者も、
敵も、味方も、
区別はなかった。
腐臭。
蠅。
崩れた城壁。
そこにあったのは、
ロマンではなく、
ただの結果だった。
街の外では、
民が倒れていた。
剣で斬られたわけでもない。
飢えと、病と、
置き去りにされた日常が、
彼らを殺していた。
私は、剣を抜かなかった。
まず、亡骸を埋めた。
敵味方の別なく。
次に、城を直した。
壊すより、
塞ぐ方が、
時間がかかった。
そして、話をした。
敵側と。
言葉は通じなかったが、
困っている理由は、
驚くほど似ていた。
武功は、ほとんど上がらなかった。
歌にも、年代記にも、残らない。
だが――
あれでよかったのだと、
今は思う。
……そう、
思えたはずだった。
ヨーロッパに戻ってからも、
私は何度も、
その誘惑に負けた。
戦争を、起こした。
戦争を、起こされた。
理屈はいくらでもあった。
正義も、防衛も、
名分も、体面も。
だが、根は同じだ。
再び、
「自分こそが正しい側にいる」
と信じたかっただけだ。
スカスリエルは、
そのたびに囁いた。
持て。
お前は傷つかない、と。
そして数年前――
私は捕らえられた。
剣ではなく、
判断の遅れで。
城ではなく、
交渉の場で。
身代金を払い、
命は戻った。
だが、
スカスリエルは戻らなかった。
奪われたのだ。
それが聖遺物であったからか、
象徴であったからか、
あるいは――
ただの“争いを呼ぶ物”だったからか。
その時、
私は初めて、
はっきりと理解した。
あれは、
聖剣の鞘の、
欠片に過ぎない。
本当に「聖遺物」と呼べるのか、
今でも疑わしい。
あるいは、
古代ケルトの神話に連なる、
もっと禍々しいものなのかもしれない。
人を守るのではなく、
人を惑わすもの。
それでも、
完全に否定はできない。
その誘惑の強さは本物だからだ。
だからこそ――
あの修道女が持っているのが、
最も安全なのだと思った。
彼女は、
それを振りかざさない。
王になろうとも、
英雄になろうとも、
しない。
ただ、
布に包み隠し、
壊さずに運ぶ。
三十年前、
私は戦わなかった。
だがその後、
何度も戦った。
そして今は、
できるなら戦いたくない。
それが、
勇猛さを求めた亡き父の期待には添えてないだろうが、
私の選んだ王者の姿だ。
それでも、
選ばなければならない。
戦うか。
避けるか。
守るとは、
振り回さないことだと、
今は思っている。




