第12話「工機班長 小澤」短章 - 更新されるアイツ
事故は、記録になる。
工程は、更新される。
だが、現場に残る感触までは、
報告書には書かれない。
これは、
その「書かれなかった一年」の話だ。
俺は〇〇工業の工機課で班長をやっている小澤だ。
気がつけば、もう三十年になる。
あれから…一年、か。
俺は休憩室の壁に掛かったカレンダーを見上げて、そんなことを思った。
正確な日付は覚えていない。ただ、アイツが亡くなってから、だいたいそれくらいだ。
工場は、あの事故のあと大騒ぎになった。
現場だけじゃない。安全委員会だの、監査だの、知らない名前の会議がいくつも立ち上がって、最後は役員クラスまで処分が出たらしい。
原因?
保管してた薬品が間違ってたとか、期限切れだったとか。
そんな話だったと思う。
正直、工場にいる俺にはよく分からない。
分厚い報告書が回ってきて、言葉はやたら整っていて、でもどこか現実感がなかった。
「部品表の薬品の注記、もう少し厳しめに言っとくべきだったかも知れんな」
今更な独り言だ。
アイツが残した工程図や図面、部品表は全部残った。
それを若い連中が引き継いで、少しずつ更新していく。
線が整理されて、注釈が消えて、フォーマットが変わる。
合理的だし、正しい。
文句を言う筋合いもない。
でも、あまりいい気分はしない。
ああ、こうやって人の存在は薄くなっていくんだな、と思う。
名前は消えて、仕事だけが「改善」されていく。
◆◆◆
帰りにスーパーへ寄った。
カット済みの野菜と、安い豚バラ肉。
考えるのが面倒な日は、だいたいいつもこれだ。
フライパンで油を熱して、肉を焼いて、野菜を放り込む。
塩と胡椒。
それだけ。
特別な味じゃない。
でも、腹は満たされる。
テレビをつけっぱなしにして、野菜炒めを食いながら考える。
アイツがいなくなっても、工場は回る。
工程は更新される。
事故は「教訓」になる。
それでも――
俺は今でも、無意識にアイツの図面の線を頭の中でなぞっている。
アイツは迷いの無い良い線を描いた。
フライパンを洗いながら、俺は小さく息を吐いた。
「来年は墓参りにでも行ってやらにゃな」
―—自分に言い聞かせる。
人は去り、
図面は残る。
線は整えられ、
名前は消える。
それでも、
現場のどこかには、
まだ辿れる線がある。
それを覚えている者が、
一人でもいるうちは。




