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「革」命転生 ――転生した化学エンジニア、13世紀の皮革産業を「革」新する  作者: 柄臼田廬翁
作らないという技――聖バルトロメオの谷修道院編
32/81

第11話テオドール短章 - すなわち、都合の良い話

夜は、何も起こらない時間だ。

音も、動きも、選択も眠る。

だからこそ、

変化は、声を立てずに訪れる。

夜は、余計なものを削ぎ落とす。


工房の火は落ち、

桶も、革も、声も眠っている。


残っているのは、

今日一日の感触だけだ。


テオドールは寝台に腰を下ろし、

外套を畳んだ。


疲労はある。

だが、嫌な疲れではない。


手を洗い、

灯りを落とそうとした、その時――

視界の端が、わずかに揺れた。


[解析スキル:更新通知]


ランク:マイスターランク III


「……今か」


思わず、息が漏れる。


表示は淡く、

だが確実に、そこにあった。


追加機能:


・工学的問題点解析

・化学的問題点解析


※制限事項

・生物個体への直接解析:不可

・生命活動の因果特定:不可


「……なるほど」


革は“物”だ。

木も、鉄も、熱も、液も。


人間だけが、

最初から対象外にされている。


それは拒絶ではない。

距離の指定だ。


ここまでは見るが、

 これ以上は踏み込むな。


そう言われた気がした。


表示は消えなかった。


右下。


今まで何もなかった場所に、

小さな矢印が浮かんでいる。

いや、気づかなかっただけか...


下へ。


「……設定、か」


指を滑らせる。


画面が、音もなく動いた。


挿絵(By みてみん)


[設定]


・表示密度:低

・警告表示強度:標準

・対象スコープ:注視対象のみ

・通知タイミング:即時


・言語認識設定

 現在:13世紀言語全般


・補助表示

 「現在話している・話されている言語を表示しますか?」


[YES / NO]


テオドールは、

しばらくその項目を見つめた。


「……ということは」


今まで、

考えずに理解していたということになる。


YESを選ぶ。


理解可能範囲:


・13世紀に使用される諸言語

・地域差・方言差を含む

・古代語/儀礼的死語:対象外


・言語ニュアンス補助:任意

・誤用警告:非表示


「……そういうことか」


翻訳していたわけではない。

考えていたわけでもない。


ただ、

世界の言葉が、

最初から“通じる形”で

耳に届いていただけだ。


スクロールは、まだ続く。


[補助スキル:有効]


・工程再現性評価(簡易)

・構造疲労兆候検知

・資材品質ばらつき認識

・不要工程の気配検知

・作業順序最適化(軽微)


※数値化なし

※直感表示のみ


テオドールは、

小さく息を吐いた。


「……どれも、地味だな」


奇跡は起きない。

何かが突然、完成することもない。


あるのは、

違和感が、違和感のまま残る

というだけの力だ。


ん?さらに下にスクロールすると。


[未設定項目]

[未設定項目]

[未設定項目]


…と、十数行続き、更に。


[削除済]

[削除済]

[削除済]


…と意味不明な行がさらに続いた。


さらに下。


[表示制御]


・UI非表示モード:OFF

・主観/客観切替:主観

・成功事例ログ保存:OFF


「……消すことも、できるのか」


見ない、という選択。


知らないままでいる、という余地。


テオドールは、

どれも切り替えなかった。


今はまだ、

判断する段階ではない。


灯りを落とす。


UIは、

一つずつ、音もなく薄れていく。


残ったのは、

今日触れた革の感触と、

記憶の中の匂いだけだった。


眠りに落ちる直前、

最後に一行だけが浮かぶ。


[注意]

情報が増えても、

判断は自動化されない。


テオドールは、目を閉じた。


何かが始まった、

という感覚はない。


ただ――

世界を「見る窓」が、

一枚、増えただけだ。


夜は、

変わらず静かだった。

世界は、何も変わっていない。

道も、革も、人も、昨日のままだ。

ただ――

見るための窓だけが、ひとつ増えた。

それが、何を映すかは、

まだ分からない。

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