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「革」命転生 ――転生した化学エンジニア、13世紀の皮革産業を「革」新する  作者: 柄臼田廬翁
解析する革、祈られる書 ――クレフェルト革職人ギルド篇――
10/31

第09話 - 聖書は、私物ではない。要するに。

主張は、

同時に存在できる。


正しさも、

同時に存在できる。


だが、

同じ場に置かれた瞬間、

それらは

衝突として扱われる。


声の大きさでも、

数の多さでもなく、

最後に残るのは

「誰が責任を引き受けるか」だ。


この話は、

折衷案の話ではない。


譲れない理由が並ぶ話だ。

修道院の名が出た瞬間、

話は個人のものではなくなる。


それは、

この街では

暗黙の了解だった。


聖書。

修道院。

装丁。


それらは、

信仰であり、

秩序であり、

同時に公的な象徴だ。


――だからこそ。


ギルドは、黙っていられない。


ハウス・グスタフに

正式な通達が来たのは、

エルサが革を持ち帰った翌日だった。


封蝋つき。

書式は、

硬い。


グスタフは、

それを黙って読み、

一言だけ言った。


「……そう簡単にはいかないな」


紙を置き、

俺――テオドールを見る。


「来い」


行き先は、

決まっている。


ギルド集会所だ。


集会所の空気は、

以前よりも重かった。


理由は簡単だ。


修道院案件は、

金よりも

正当性を動かす。


ハインリヒ・フォーゲルは、

すでに席についていた。


視線が合う。


一瞬だけ、

鋭い。


「要するに」


立ち上がると、

即座に口を開く。


「ハウス・グスタフが、

修道院から

革装丁の依頼を受けた」


否定はしない。

確認だ。


「それは、

事実か」


グスタフが答える。


「事実だ」


短い。


ハインリヒは、

一拍置いた。


「要するに」


その言葉が、

場を締める。


「修道院案件は、

ギルド全体に

関わる」


「一工房の

判断ではない」


誰も、

反論しない。


それは、

規則だからだ。


「しかも」


ハインリヒは、

俺を見る。


「噂の革だ」


視線が、

集まる。


ないわー。


ここで

俺を出すか。


挿絵(By みてみん)


「……不純だと

言ったな」


誰かが、

小さく呟く。


ハインリヒは、

否定しない。


「今も、

その考えは

変わらない」


「だが」


ここで、

声の調子が

わずかに変わる。


「修道院が

選んだ以上、

無視もできない」


要するに、

面子の問題だ。


「そこでだ」


ハインリヒは、

全員を見渡した。


「監督をつける」


来た。


「修道院案件の装丁工程を、

ギルドが

直接確認する」


「問題があれば、

即座に止める」


要するに、

首輪だ。


グスタフが、

一歩前に出る。


「……悪くない」


一瞬、

場が止まる。


その言葉は、

肯定にも

皮肉にも聞こえる。


「監督は、

誰だ」


ハインリヒは、

迷わず答えた。


「私だ」


空気が、

張りつめる。


俺は、

息を吸った。


ないわー。


これ、

完全に

見張りだ。


だが。


俺は、

一つだけ

前に出る。


「……すなわち」


声が、

意外と通った。


「修道院は、

革の“静けさ”を

求めています」


ざわめき。


「匂いがなく、

割れず、

言葉の邪魔をしない」


「それは、

誤魔化しのきかない

条件です」


ハインリヒが、

目を細める。


「だからこそ、

不純なのだ」


即答だった。


「技が

前に出すぎている」


「聖書は、

信仰の器だ」


「職人の自己満足を

入れる場所ではない」


俺は、

一瞬だけ考えた。


「……すなわち」


「前に出ないために、

整えています」


「主張を

消すための

工程です」


沈黙。


グスタフが、

横から言う。


「……そう簡単には

壊れん」


短いが、

重い。


「ハウス・グスタフの革は、

戦場で

何度も

人を守ってきた」


ハインリヒは、

一瞬だけ

視線を逸らした。


戦場。


それは、

この街の

誰もが

無関係ではない言葉だ。


「……要するに」


再び、

ハインリヒ。


「修道院案件は、

進める」


「だが」


「全工程を

監督下に置く」


「一つでも

基準を外れれば、

即中止だ」


決定だ。


木槌が鳴る。


会議は、

終わった。


外に出ると、

空が高かった。


グスタフが、

俺を見る。


「……大丈夫か」


「ないわー、

とは思いました」


正直に言う。


グスタフは、

鼻で笑った。


「そう簡単には

いかない」


「だが」


一拍。


「悪くない」


それだけで、

十分だった。


修道院の革は、

もう戻れない。


監督がつこうが、

疑われようが、

やることは一つだ。


静かに、

誤魔化さず、

言葉を守る革を作る。


要するに。


これ以上、

真っ当な仕事はない。


ないわー。


――だが。


だからこそ、

燃える。


ハウス・グスタフの革は、

いま、

一番見られている。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


第九話では、

初めて

三者の主張が

はっきりと並びました。


ハインリヒは、

制度の言葉を使います。

それは冷たく、

遠回しで、

だが実務的です。


グスタフは、

現場の言葉を使います。

損か得か、

続くか壊れるか。

生き残ってきた者の

現実です。


テオドールは、

まだ完成していない言葉を

そのまま出します。

整理されていない分、

まっすぐで、

危うい。


誰が正しいか、

という話ではありません。


この回で重要なのは、

全員が自分の立場からしか

話せていない

という点です。


それは欠点であると同時に、

誠実さでもあります。


ここまで来ると、

もう「なかったこと」には

できません。

修道院案件は、

工房の問題ではなく、

街の問題になります。


次の話では、

この衝突が

具体的な条件と監督という形で

現実になります。


革は、

今日も

嘘をついていません。


ですが、

正直なものほど、

誰の責任にするかが

問題になります。


物語は、

そこに

踏み込みます

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