第8章 野党の論点
第8章では、野党第一党党首・水野啓介の視点から、与党を追及する国会論戦と、その裏で揺れる政治的矛盾を描きます。
「政府の責任」を突くことは野党の使命でありながら、かつて自らも同じ立場で判断を誤った過去がある――そのジレンマが浮かび上がります。
サイバーセキュリティという無機質な問題が、政治闘争の道具として利用されていく様子と、その中で芽生える「被害者救済」の視点にご注目ください。
二十年前、自民党で同じ立場だったあの日を思い出す。あの時も、私は「政府の責任」を叫んでいた。今度は、政府側が私に言わせている。
午前八時。党執務室。NPD-Jのログデータを「政府の無能さの証拠」と指で叩く。机の上に広がる1億3千万件という矛盾。日本の全人口を超える数字は、政権の首を絞める縄になる。
「不信任案を提出する。今日中に調印を」
幹部たちが頷く。だが、私の頭をよぎるのは、野党がデータブローカー規制法案を反対した過去だ。あの時、私は「規制強化は経済の停滞を招く」と主張した。
午後一時。国会質疑。天城総理は、相変わらずの顔で答弁する。
「高度なAPT攻撃でありまして」
私は追及する。
「SQLインジェクション脆弱性を3か月も放置した責任は?」
傍聴席で、主婦が泣いている。「マイナンカーで買い物できない」のプラカードを持ちながら。ワイシャツの汗ジミをハンカチで拭う。大理石の床に映る8月の夕焼けが、あの時と同じ色だ。
夕方五時。テレビ局の控室。冷房が効きすぎている。司会者が攻める。
「野党の対案は?」
私は言葉に詰まる。画面では「信用情報監視サービスのサーバーダウン」ニュース。地元の高齢者からのメールが届く。
「年金が詐取されました」
その時、九条からのメールが来る。
「海老名基地システム改ざんデータが流出」
だが、神谷龍蔵の警告が頭をよぎる。
「野党がリークしたら、不信任案は却下だ」
夜八時。自宅。大阪の支持者団体とZoom。画面の向こうで、高齢者が「クーラーが効かない」と嘆く。奥で妻の電話が鳴る。
「遼の教育費が消えた」
私は答える。
「政治の責任を取らせる」
娘が近づいてくる。
「パパ、テレビで泣いてたよね」
「政治家の涙は信用できない」
と言いながら、抱きしめる。机の上に「退陣要求署名」と「次期総選挙戦略」。交互に見つめる。ペンが転がり落ちる。夏の湿気のせいだ。
深夜零時。妻に言った。
「次期総選挙で落選してもいい」
机の上に「被害者救済法案」の下書きを広げる。手が震えて、文字が滲む。でも、これだけは書ききる。
政権奪取への道のりとは、1億3千万の不安を、1つの不信任案で政治に変えることだ。そして、私自身が変わることでもある。
第8章をお読みいただき、ありがとうございました。
この章では、野党第一党党首・水野啓介が「政府追及」と「被害者救済」の間で揺れる姿を描きました。
野党の役割は政権批判にありますが、同時に国民に対する責任も負っています。
水野が質疑で突きつけた「3か月間の放置」という事実は鋭い一方で、自らもかつて規制法案に消極的だった過去を抱えている。
政治の正義は単純な二項対立ではなく、自己矛盾を抱えた人間の選択の連続であることが浮かび上がったと思います。
サイバー危機という舞台の中で、政治家の発言が「誰のための言葉なのか」を改めて問い直すきっかけになれば幸いです。