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第4章 権力の味

本作は、サイバー攻撃による国家的危機を背景に、政治・官僚・市民・メディアといった多層的な視点から社会の揺らぎを描く群像劇です。

マイナンバー情報流出という前代未聞の事件を軸に、総理大臣から一般家庭まで、それぞれの立場で「真実」と「救済」をめぐる葛藤が浮かび上がります。


専門的なサイバー用語が登場しますが、物語の核はあくまで「人間の生活」と「選択の重み」です。

国家レベルの危機と、家族の食卓の不安がどう重なり合うのか――その交錯する温度を感じながら読んでいただければ幸いです。


三十前、田中角栄氏が同じ手を使ったあの日を思い出す。


午前九時。党本部の会議室は、空調が効きすぎて凍えるほどだ。机の下で震える右手を、紫檀の杖にそっと隠す。岡部が熱っぽく語っている。


「水野党首の責任追及です。都議補選までに叩きまくります」


私は微笑んだ。若いな。叩くのはいい。だが叩き方を間違えれば、かえって同情票が湧く。


「国民の安全第一」


と口では言いながら、控え室でNPD-Jの山田社長に電話を入れた。


「流出データから、野党関係者の分だけ隠せ。特に水野の回線記録だ」


相手のため息が聞こえた。だが、規制緩和法案一本で釣る。政治とは交換だ。


午後一時。首相官邸の応接室。天城総理は憔悴していた。


「1億3千万件ですよ。日本の全人口を超える矛盾を、どう説明する?」


私は紙片を滑らせた。退陣要求署名。200名突破。総理の顔が青ざめる。


「自民党のサイバーセキュリティ強化法案。今週中に通しましょう」


交換条件は聞こえなかったフリ。医者からの電話が鳴る。


「3日の入院が必要です」


受話器を置いてすぐ、声のトーンを変えた。


「総理、信じてますよ」


夕方六時。支持者会合。ステージでは「政府の無能さ」を大声で批判している。裏でLINEを打つ。


藤原梨花に「#マイナンバー危機のトレンドを20%増加。報酬は三千万」と送信。返信が来る。「海老名基地の話題は消します」


岡部が近づいてきた。


「明日の国会で水野を攻撃します」


「若手の発言は重みがない」


と言いかけて、飲み込んだ。駒は育てるものだ。


夜九時。自宅書斎。妻の遺影が微笑んでいる。四十九日は過ぎたばかり。テレビでは信用情報監視サービスのダウンを報じている。


「これで野党の足を引っ張れる」


唇を噛む。心臓が締めつけられる。医者の警告を無視して、机に並べる資料。


退陣要請署名。都議補選勝利戦略。


紫檀の杖が床に落ちた。拾い上げながら、遺影に囁く。


「もう一度、総理の座を」


激痛が走る。だが、痛みこそが権力の味。立ち上がれないまま、私は署名用紙に次の名前を書き始めた。



最後までお読みいただき、ありがとうございました。

この物語では、サイバー攻撃という一見無機質な出来事を通じて、社会の各層にいる人々の葛藤や決断を描いてきました。総理や官僚、政治家だけでなく、ジャーナリストや市民、そして家族まで、立場の違いを越えて同じ不安を共有している姿が浮かび上がったはずです。


事件そのものはフィクションですが、「1億3千万件」という数字が象徴するのは、データの問題だけではなく、私たち一人ひとりの生活や尊厳です。

もし読後に少しでも現実の社会や日常を考えるきっかけになったのなら、この作品は役目を果たせたと思います。


今後も新しい物語を通して、人と社会の関わりを描いていきたいと思います。感想やブックマークをいただけると、次の創作への大きな励みになります。


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