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カイゴシノワタシ  作者: 半田南都
終章

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ブルースター

「今年は本格的ですね」


「ふふ、そうでしょう?」


舞ちゃんの言葉に私は少しドヤ顔だ。


二階フロアの目立つ場所に、ドーンと置かれた立派な七夕の笹。本物だ。高さは二メートルを超えている。


ノブくんのツテでなんと、タダで三本もゲット。しかも、わざわざノブくんがここまで運んでくれたのだから感謝しかない。


各フロアに一本ずつ配り、それぞれに飾りつけをする予定だ。


午後になり、さっそく七夕飾り作りが始まった。折り紙や画用紙で折り鶴や星、提灯、輪飾り、網飾り。折ったり、切ったり、貼ったり。利用者さんと一緒に、にぎやかなテーブルを囲む。


いつもはこういうレクリエーションを、“ばかばかしい”と一蹴する大迫静枝さんも今日は一緒だ。隣に大迫さんお気に入りの久世ちゃんがいるせいかもしれない。


乙女で器用な久世ちゃんは、こういう可愛いものを作るのが得意だ。大迫さんに丁寧に作り方を教えながら、手が不自由な松岡澄代さんもしっかり助けている。


「大迫さん、めっちゃセンスいいやん!」


折り紙を細く切って輪にし、つなげていく輪飾り。その配色を褒める久世ちゃん。


久世ちゃんがお世辞を言わないことがわかっている大迫さんは得意げな顔だ。


少し離れたテーブルでは、北原忠男さんの姿がある。結婚を考えていた吉井澄江さんが退去してからはしばらく元気がなかったけれど、最近はどこか吉井さんの雰囲気に似ている大原敬子さんと仲がいい。


今日も隣に座りぴったり寄り添って折り紙を折っている。立ち直り早いな──また“結婚します”なんて言い出して、家族さんが怒鳴り込んで来なければいいけれど、と苦笑い。


安藤千代子さんと高山文子さんは、ふたりして網飾りに挑戦中だ。あーでもない、こーでもないと言いながらハサミで切れ目を入れている。


広げてみれば切りすぎて形は崩れ、まるで穴のあいた網タイツ。顔を見合わせて大笑いしている。


帰宅願望の強いふたりだから、いつまた“帰ります”と言ってエレベーターへ向かうかわからない。


それでも今、この失敗作を見ながら笑っている。それでいい。


そこへ、誘ったものの部屋から出てこなかった本田武蔵さんが杖を片手に現れた。


立ち止まり、ワイワイガヤガヤと集まっている利用者さんたちを不思議そうな顔で見渡している。


──言うかな。


「おい、どうなっとる。飯はまだか?」


──やっぱり、言った。


「すみません。もうすぐ七夕なので、みんなで飾りつけを作っているんです。終わったらすぐに食事の用意をしますから」


今は二時半。昼食はとっくに終わり、夕食にはまだ早い。中途半端な時間だ。


昼食は終わったと言えば、“食べていない”と言うだろうし、夕食までまだ時間があると言えば、“そんなに待てない”と言うだろう。だからここは、ふわっと言っておくに限る。


「……そうか。早く頼むな」


よし。とりあえず切り抜けた。


そう思ってほっとしたところへ、部屋に戻ろうとする本田さんに理沙ちゃんが声をかけた。


「本田さんも一緒に作りましょう」


本田さんの腕にそっと手を添え、笑顔で誘う。


「いや、ワシは……」


そう言いながらもまんざらでもなさそうな顔をして、空いている席に腰を下ろした本田さん。


理沙ちゃんが折り紙を差し出すと、意外にも器用な手つきで折り始める。その表情はいつの間にか楽しそうな顔に変わっていった。


いい感じだな。こうしているあいだは食事のことも忘れるだろうし、何より本人が楽しめるならまた誘ってみよう。私が誘ってダメならその時は理沙ちゃんに頼もう。


そう思いながらにんまりしていると、


「星、できたー!」


舞ちゃんの大きな声が響いた。


いや、星ってわりと簡単に折れるんだけど──と思いながら舞ちゃんを見ると、手にした折り紙の星をひらひらと振り、自慢げな顔をしている。


……ん? 青色?


「何よ、それ。星は黄色で作るものでしょ!」


大迫さんのツッコミにも、舞ちゃんはまったく動じない。


「ふふふ。みなさーん! ここはどこですかー?」


──はい?


「ここはー、“ブルースター”! だから、“青い星”を作りましたー」


なるほどね。おもしろい。


でも利用者さんのほとんどは、“ブルースター”と“青い星”が結びつかないようで、ポカンとしている。


と、そこへ──


「それはちょっと違うわよ」


出た。永田佐登子さん。この言葉のあとには、たいてい長いウンチクが始まる。


「あなた、この施設の名前の由来、知らないの? ここの職員なのに」


──え? 恥ずかしながら、私も知らない。


「ここの名前はね、ブルースターっていう花の名前から取っているのよ。パンフレットに書いてあるじゃない。読んでないの?」


──そうなんだ。存じませんでした。


「小さくてかわいい星形の花。薄い青でね。パンフレットに写真も載っているわよ」


──あとで見てみます。


「その花言葉が、“信じあう心”や“幸せな愛”なの。そこから来てるのよ、ここの名前は」


得意げな永田さん。


排泄の失敗が続き、認知症状も出て少し落ち込んでいたように見えたこともあったけれど、こういうところは変わらない。


いや、むしろ入居前に読んだであろうパンフレットの内容をしっかり覚えているところなんてさすがだ。


以前は少しイラついたウンチクも、今では永田さんは健在だと思えてなんだか安心する。


「そうなんですねー! 教えてくれてありがとうございます!」


舞ちゃんが素直にお礼を言った。


「じゃあ、私が作ったこの青い星も、縁起がいいってことですよね!」


──何でそうなる。


永田さんは何やら複雑な顔をしてたけど、舞ちゃんの返しにスタッフは大ウケ。


「じゃあそろそろ短冊作りに入りましょうか」


理沙ちゃんがあらかじめ用意してくれた短冊を配ると、みんな一生懸命考えながら書き始めた。


書くのが難しそうな人には、隣に座って手を添えたり、代わりに書いてあげたりする。


出来上がった飾りと短冊を笹に飾りつけて──完成!


「ちょっとー、これ書いたん誰?」


短冊には、“健康でいられますように”や“楽しく過ごせますように”といった願いが多い中、目に入った言葉は、


“世界平和”


誰が書いたか、だいたい想像はつくけど。


「私でーす!」


やっぱり舞ちゃん。ブレないなぁ。


「ゴンちゃん、なんて書いたん?」


そう聞かれて、私はそっと指をさした。


“みんなが笑顔で、これからも元気でいてくれますように”


それを見て久世ちゃんは、


「真面目かっ!」


と笑いながら私の背中を叩いた。


「えーっ? いいじゃないのー」


なんだか恥ずかしくなって照れ笑いを返す。みんなで笑っているとそこへ──


「ちょっと! あなたたち!」


と、怒声が。


振り向くと、女帝三上がいつのまにか出没していた。


カウンター前のテーブルに座る磯野崇子さんの横で、鬼の形相をして立っている。


「口に入れようとしていたのよ! 飲み込んだら大変でしょう!」


女帝の手には、クシャクシャになった“青い星”。


「ああっ! 私の星が!」


──いや、気にするのそこじゃないよ、舞ちゃん。


私は慌てて駆け寄り、平謝り。


「すみませんでした!」


「浮かれているからこんなこと起こるのよ! ヒヤリハット書いといて!」


ひえ〜……。


女帝が去ったあと、久世ちゃんと顔を見合わせ苦笑い。


「……やっちゃったね」


「最後はいつもこれやな」


「うん。バタバタだね」


「でも、楽しかったよな」


「そうだね」


楽しいこともあれば、ハラハラすることもある。これが“ブルースター”の日常だ。


永田さんから聞いたブルースターの花言葉──“信じあう心”と“幸せな愛”。


誰かを思いやる気持ちや優しさが、ちゃんと毎日の中にある場所。


そういう思いで名付けられた、有料老人ホーム“ブルースター”。


そしてここで日々奮闘する、介護士の私──。


笑ったり、落ち込んだり、ひやっとしたり、ほっとしたり、時には泣いたり。


いろんな思いを抱えながらも、みんなの一日を見守り、支えて、一緒に歩む。


今日も、明日も、これからも──。




『カイゴシノワタシ』 完



半年にわたり連載してきました『カイゴシノワタシ』はこれで完結となります。


最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。


初めて書いた小説なので、読み返すと拙い文章や数字の表記、漢字の統一など、気になる点もたくさんあります。内容はそのままに、これから少しずつ整えて改稿していこうと思っています。


また、この物語は私の経験を織り交ぜてはいますが、フィクションです。作中の対応や描写についても、施設によってさまざまな形があることをご理解いただければと思います。


最後になりましたが、ここまで書き続けてこられたのは皆さんのおかげです。


本当にありがとうございました。


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