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カイゴシノワタシ  作者: 半田南都
第十章 「ありがとう」

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第五話 選んだ理由

山野さんと話したあの日、家族の考え方はいろいろなんだってわかったはずだったのに。私はまた感情で長谷さんの息子さんを責めてしまっていた──ダメだなぁ。


すると前田さんは、ハッとしたように私に向き直った。


「あっ……偉そうに言ってすみません」


どうやら私がしゅんとしているのを見て、自分の言葉のせいだと思ったみたいだ。


「ああ、違うの、違うの。前にも同じようなことがあってね」


慌てて手を横に振り、以前にも長谷さんの息子さんの態度に感情的になってしまったことを伝えた。


「そうだったんですね。でも……わからないこともないですよ」


前田さんはそう言って、少し考えるように視線を上に向けた。


「外から見ていると、つい“自分だったら”とか“一般的には”とか思ってしまいますもんね」


大きく頷く。そうそう。私はいつもそうだ。


「……権田さん、3階にいた吉見さんって覚えてます? 去年亡くなった男の人」


「吉見さん? うん、覚えてるけど……おとなしい感じの人だったよね?」


「その吉見さん、前の晩から容態が悪くて今晩がヤマかもしれないって状況だったのに、家族さん近くに住んでいるのに来なかったんですよ。結局、朝早くにスタッフだけで看取って……」


「そうだったんだ……寂しいね」


「そのあと息子さん夫婦が来たんですけど、葬儀屋さんが来るまでのあいだ2人で部屋の片付けを始めたんです。吉見さんはまだそこにいるのに、その周りでバタバタと……正直、驚きました」


思わず眉間にしわが寄る。また感情が先に立ちそうだ。


「この施設、室料が日割りじゃないですか。たぶんできるだけ早く引き上げたかったんだと思います。その時は俺も、さすがにそれは非情じゃないかって思ったんですけど……」


何も言えず続きを待った。


「……でも看取りの場面で、いろんな家族を見ているうちに当事者にしか分からない事情をそれぞれ抱えているんだって、だんだんわかってきて。金銭的な事情があったり、長谷さんのところみたいに親子関係に問題があったり。だから一概に“非情だ”とは言い切れないのかなって、思うようになりました」


そう。そうなんだ──。


最期の時は家族がそばにいるものだと勝手に思ってしまうけれど、それがすべてじゃない。別れ方にも、正解はひとつじゃない。


「でもね、なにが正しいとかはなくても、周りで見ていて非情だなとかかわいそうだなって思ってしまうのは、別に悪いことじゃないと思いますよ。それこそ人それぞれ受け止め方が違うんですから」


そう言って前田さんは優しく笑った。



休憩を終えてフロアに戻ると、カウンターでは舞ちゃんが難しい顔をしてタブレットを睨んでいた。


「どうしたの?」


「あ、権田さん。長谷さんの記録読んでるんですけど……施設長が書いたやつ。これって、次に何かあっても救急車は呼ばない、で合ってるんですよね?」


「うん。そういうことだね」


舞ちゃんが難しい顔をしていた理由はこれか、と一瞬思った。


「もうね、施設長の文章、主語ないし誤字多いし解読するのに大変なんですよ!」


……あ、そっちね。


「たしかにわかりにくい時あるよね」


「想像で読んでしまって勘違いしちゃった時もありましたよ。ほんともう少しちゃんとわかるように書いてほしいです! 仮にも施設長なんだから!」


「いや、“仮にも”って」


クスッと笑ってしまった。


「その点、権田さんの文章ってわかりやすいですよね」


あら。お褒めいただいて光栄。


「ありがとう。……昔、文章を書く仕事をしてたからかな」


「え! そうなんですか? 作家?」


「はは、まさか。出版社で編集アシスタントをしてたんだ」


「へーーー! なんだかかっこいいなぁ。権田さんパソコンにも強いし、そっち系の仕事向いてそう。どうして介護の仕事を選んだんですか?」


「ああ……本当はね、事務職を探していたんだけどパートで家の近くでっていうのがなかなかなくてね」


5年前、母が亡くなり父もすでに施設に入って少しずつ落ち着いてきた頃の話だ。


「でも介護職の募集は多かったし、資格も取ってたから、やってみようかなって感じで始めたんだ」


「そうだったんですかー。でも介護の仕事も合ってますよね。権田さんはできるオンナだからなんでも合いますよね」


「そんなに持ち上げても、なんにも出ないよー」


「あー、じゃあ取り消しますー」


二人でクスクス笑っていると、そこへ落雷が──。


「あなたたち! 楽しそうなのはいいけど、ちゃんと仕事してるの!」


わわ〜。女帝、いつの間に……。


「すみませんでしたー!」


私と舞ちゃんは同時に声を出して、その場から逃げたのであった。



仕事モードに切り替えたものの、ふとさっきの舞ちゃんとの会話が頭に浮かぶ。


実は私が介護職を選んだ理由はほかにもある。だけど話せば長くなるから、あえて言わなかったのだ。


母ががんだとわかってから、私は将来必要になるかもしれないと思い、介護職員初任者研修という資格を取った。


それはあくまでも知識を身につけるためで、その頃の私は介護職に就くつもりはまったくなかった。人の命に関わる大変な仕事だとわかっていたし、自分には到底無理だと思っていたからだ。


母がホスピスに入ってからは、世話をしてくれる看護師さんや介護士さんたちの献身的な働きを目の当たりにし、感謝や時には感動を覚えた。それでも私にはこういう仕事は無理だという思いは変わらなかった。


ホスピスに入所する人のほとんどは余命数か月。そんな人たちの世話なんて、とても私にはできる気がしなかった。


実際、母のそばで働く看護師さんたちは看取りの経験を積み、専門資格を持つ人ばかり。尊敬の念はあったが、憧れとは少し違っていた。


母が入所して3か月目のある晩、泊まり込みで母のそばで寝ていた私は夜中に看護師さんの声で目を覚ました。


「美加さん、お母さんの血圧が下がっているの。今のうちに連絡すべき人には伝えておいた方がいいと思う」


その言葉に全身が震えた。手も足も、口も──覚悟はしていたはずなのに、頭が真っ白になった。


「えっ?……それって……え……?」


嫌だ嫌だ、嘘だ!


すると看護師さんは私の両肩に手を置き、大きな声で言った。


「美加さん! ちゃんとしましょう! お母さんのために!」


叱るような声。いつも笑顔の優しい看護師さんが真剣な顔で私を見つめ、叱った。


その声で私は我に返った。夫と叔母に連絡し、父の施設にも事情を伝える。夫はその足で父を迎えに向かうことになった。


父は、母がホスピスに入った時期とほぼ同時に老人ホームに入所した。それ以降、二人は一度も会っていない。


入所したばかりの頃、父は混乱が強く母に会わせられる状況ではなかった。それでも母は何度も父に会いたいと口にしていた。


しばらくして父の様子も落ち着き、母に会わせられる状態になった。なのに父は母に会うことを拒み、その後も会おうとはしなかった。


理由はわからない。弱っている自分を見せたくなかったのか、弱っていく母を見たくなかったのか──それも、もうわからない。


もっと早く強引にでも父を連れてきたらよかった。このまま二人を引き離したまま別れることになるなんて、悲しすぎる。


父に会わせたい──母の細い呼吸を聞きながら、ただそれだけを考えていた。


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