表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カイゴシノワタシ  作者: 半田南都
第七章 あの人、こわい

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

47/65

第八話 表と裏

「表向きは……って?」


聞き返すと、山野さんが少し身を乗り出して話し始めた。


「彼ね、介護の仕事始めて3年くらい経つらしいんだけど、その間に5回転職してるんだ」


3年で5回……ちょっと多いな。


「どうもね、どこも半年もたずに辞めてるみたいなんだよ。空白期間もあるから、履歴書に書いてない職歴もあるんじゃないかな。実際はもっと多いと思うよ。今回みたいに1か月で辞めちゃうってのもあるだろうし」


「施設長、履歴書を見て怪しいと思わなかったんですかね?」


理沙ちゃんが聞くと、山野さんはゆっくり頷いた。


「まあ、この業界は転職が多いからね。短期間の勤務だけで“怪しい”とは言い切れない。でもね──」


少し間を置いて、山野さんは続けた。


「さすがに今回の件で、施設長もこの経歴に疑問を持ったみたいだよ。処分を“厳重注意と研修”にしたのも、どうせ辞めるだろうって思ったからじゃないかな」


「そんなの、アリなんですか……」


私も理沙ちゃんも、思わず眉が寄った。


「だから表向きは厳重注意だけど、実際は“辞めてもらう”方向だったんだと思う。結果的にも、そうなったしね」


そう言われても、釈然としない。私だけじゃないはず。山野さんも理沙ちゃんも、きっと同じ気持ち。


何も解決できていない──。


風間くんはまた別の施設で、同じことを繰り返すかもしれない。


これで終わったことにしていいのだろうか──何も終わっていない気がする。


山野さんはふと時計を見て言った。


「あ、そろそろ行くわ」


私と理沙ちゃんも、そろそろフロアに戻らないといけない。


立ち上がった山野さんが、私たちに向き直った。


「……全部が解決したわけじゃないのは、もちろんわかってるよ。風間くんみたいな人が、別の場所で同じことをしないとは言えないしね」


そこまで言って、少しだけ表情をゆるめた。


「でもさ、今回のことは、本来なら起きちゃいけないことだったと思うけど、ただ……これでみんなの意識が変わって、同じことが起きにくくなるなら、それはすごく大事な変化だよ。」


ニコッと微笑みながら、山野さんは続けた。


「施設って一気に良くなるもんじゃないけど……こうやって一つずつやってくしかないんじゃない?」


その言い方で、少しずつ心の中が落ち着いていくのを感じた。


「沈んだままだと、利用者さんに伝わっちゃうしね」


その山野さんの言葉に、


「確かにそうね。沈んでいる暇なんかないよね」


と、返した。


「そうそう。仕事は山ほどあるよ」


笑顔の山野さんに私も自然に笑みを返す。理沙ちゃんの表情も少しずつ明るくなった。


いつまでも気持ちを引きずっているわけにはいかない。あの出来事を教訓に変えて、これからの時間に向かって進んでいかなくちゃ──そう思いながら、私たちはフロアへ歩き出した。



フロアに戻ると、永田さんがコトコトと歩行器の音を鳴らしながら近づいてきた。


「風間さん、最近見ないけど休んでるの?」


風間くんの名前を聞いて、思わずビクッとしてしまった。まだ気持ちは引きずってるな。無理もないか。


「風間さんね……ちょっと都合でしばらく来れないみたいなんですよ」


まったくのウソってわけじゃない。ちょっと苦しい言い方だけど……。


退職というのは山野さんから聞いた話で、まだ正式に伝達があったわけではないから、はっきりとは言えない。


「あら、病気?」


と、心配そうに聞く永田さんに、


「んー、詳しいことはわからなくてごめんなさい」


そう言うと、スッとその場を離れた──正確に言えば、逃げた。


正式に発表されたら、ちゃんと退職したって言おう。もちろん退職理由は言わない。というか、言えない。


風間くんのファンは多いから、きっとみんなロスになるんだろうな。すぐに忘れる人もいるけど……。


なんて、また余計なことを考えてしまった。だめだな。仕事、仕事。



さてと、そろそろ排泄介助に回ろう。そう思ってまずはキクちゃんの部屋へ。ノックをして入ると、先客がいた──理沙ちゃんだ。


「あ、権田さん」


理沙ちゃんはキクちゃんのオムツ交換を終えたばかりのようだ。


私がしてあげたかったな……ちょっとジェラシー。


左腕のギプスが痛々しいキクちゃん。それでも声をかけると、いつもの優しい笑顔を返してくれる。


そんなキクちゃんを見つめながら、私は理沙ちゃんに、気になっていたことを尋ねてみた。


「理沙ちゃん、さっき山野さんとの話しの途中でさ、何か気づいたような顔してたよね?」


突然の問いに、キクちゃんの衣服を整えていた理沙ちゃんは、手を止めて不思議そうな顔を私に向けた。


「え? 何のことですか?」


「えっとね、山野さんが風間くんの退職理由を言った時、何か思い出したような感じだったけど」


山野さんから、風間くんの退職理由が“思っていた職場と違う”と聞いた時、理沙ちゃんがハッとした表情になったのを私は気にしていた。


すると、理沙ちゃんは思い出したように大きく頷いた。


「あー、あれですか! 権田さん、よく見てましたね」


そう言って、少し間を置いてから話し始めた。


「風間さんって、利用者さんからもスタッフからも人気があったじゃないですか?」


「うん。私も、いい人が入ってくれたと思ってたもん」


「私もです。それがね、そう思っていないスタッフもいたんですよ。風間さんが来てまだ間もない頃から、“なんだか裏表ありそう”って」


ほう。男性スタッフかな? 風間くんに嫉妬とか。


「でね、私、言ったんです。風間さんに介護の仕事を選んだきっかけを聞いた時に、“僕はおじいさんやおばあさんが大好きで。世話をして喜んでくれるのを見るのが嬉しくて”って言ってたから、素直にこの仕事が好きって感じがしますけど? って」


「そしたら?」


「その人、それを聞いて、はっきりと、“彼の思っている場所と違うと思うよ、ここは”って」


「え? それって、彼が言った退職理由と一緒よね?」


「そうなんです。だから、私、山野さんから聞いた時に驚いて」


すごいな、その人。でも、なんでそう思ったんだろう。


「その人ね、風間さんは“自分に好意を持ってくれる人には優しく対応するけど、そうでない人には雑に扱ってる”って言うんです。でも、私には風間さんは平等に接しているように見えていたので、“そうですかね?”って返したんです」


そうか。風間くんはフロアとか、ほかのスタッフの目がある時は、磯野さんや伸江さんにも優しい声かけをしていた。


でも、今思えば、それもどこかぎこちなかった気がする。


磯野さんの入浴の声かけの時も、拒否されたら表情が一瞬変わったことを思い出した。


「その人が言うには、“彼の言うおじいさんやおばあさんは、優しくて、弱々しくて、守ってあげたい人たちのことだと思う。でも、ここではそんな人たちばかりでなくて頑固だったり、意思疎通ができなかったり、暴れたりする人もいる。彼はそういう人たちを相手にするのは苦手だと思う”って」


すごい! 短期間でそこまで見抜くとは、その人の洞察力はかなりのもんだ。


理沙ちゃんは、そこまで話してから、少し言いにくそうに下を向いて言った。


「実は──私、風間さんに食事に誘われてて……」


──あらま!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ