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カイゴシノワタシ  作者: 半田南都
第七章 あの人、こわい

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第五話 伝わる、ということ

キクちゃんの骨折が判明してから4日目の朝。


「……おはよう、ゴンちゃん」


「あ、久世ちゃん。おはよう」


あれ? 久世ちゃん、なんだか元気ない? いつもより声が小さい。


「おなかでも痛めてる?」


「いや。なんで?」


「元気ないじゃない」


「ああ、んー、昨日ね……施設長の呼び出しくらって」


そうか。例の聴き取りか。


私はキクちゃんの骨折があった日にすでに呼び出された。久世ちゃんは昨日だったんだ。


ほとんどの人が聴き取りを終えたけれど、まだ原因ははっきりしていないらしい。


「なんかさ、聴き取りっていうより、尋問やったわ」


「あ、わかる。私の時もそうだったよ」


施設長は、事故前の数日間の介護記録を見ながら、誰がいつ、どんな介助に入ったのかを一つひとつ聞いてきた。まるで取り調べみたいに。


すると、久世ちゃんがぽつりと言った。


「なんかさ、私の時は、キクちゃんの話もやけど、言葉遣いの注意を延々とされてん」


私は「それはきついね」とか、「気にしなくていいよ」とか、同情の言葉を言いかけて、口をつぐんだ──。


久世ちゃんは、関西弁で勢いよく話すし、利用者さんへの対応も少し強引に見えることがあって、怖がる利用者さんもいる。


でも、本当は利用者さん思いで、仕事もきっちりする人だ。それがうまく伝わっていない。


私も彼女の言動を今までやんわり注意してきたけど、関係を悪くしたくなくて、本気では言えなかった。


だけど、今ここで、施設長に注意されたことを「気にしないで」なんて言うのは、やっぱり違う。


本当は、私も直してほしいと思ってる──この際だから、覚悟を決めた。


「私もね、久世ちゃんの話し方、直した方がいいと思ってた」


久世ちゃんは少し驚いた顔をして私を見つめ、


「だってしゃあないやん。関西弁は直らんし、直す気もないもん」


と、少し怒った口調で返してきた。


「違うよ、久世ちゃん。関西弁が悪いって言ってるんじゃないの」


私は慌てて首を振る。


「むしろ、久世ちゃんの言葉は親しみやすいと思ってるよ。それに、はっきりしてて、嘘がない。利用者さんの中にも、久世ちゃんの話し方を好いてる人、けっこういるし」


大迫さんとか、久世ちゃんのこと気に入ってるしね。


「ただね……利用者さんに対しての言葉って、ちょっとした言い回しで印象が全然変わっちゃうことがあると思うの。声のトーンとか、語尾ひとつで、“冷たい”とか“怒ってる”って思われちゃうこともあるんじゃないかな」


──伝え方ひとつで、印象が変わることもあるんだよ。


「それに、接し方も強引に見えるところがあるけど、それって、せっかく利用者さんのためにしていることも、そうは見えないなんてもったいないよ」


私は、なるべく柔らかく言葉を選んだ。責めるようにはしたくなかった──久世ちゃんが優しい人なのを、よく知っているから。


「だから、“関西弁を直せ”って意味じゃなくて、“伝わり方を少し気にしてほしい”って言いたいの」


久世ちゃんはうつむいたまま、しばらく黙っていた。


「……同じようなこと、森田さんにも言われたわ」


少し笑うような、でも泣き出しそうな声。


「施設長や森田さんに言われても、“直らんもんは直らん”て思ってたけど、ゴンちゃんにまで言われたら……なんかショックやわ」


少しの間、沈黙が流れた。お互いに視線を落としたまま、その空気だけが間に残る。


「……ショックやけど、逆にゴンちゃんにまで言われたら、考えなあかんのやろな。ゴンちゃんの性格で、私にそこまで言うってことは、よほどやろから」


そして、ふっと口もとをゆるめ、少しだけ笑顔を見せた。


「まあ、これからは、ちょっと気ぃつけるわ……」


そう言ってから、胸を張るようにして言い足した。


「でも、関西弁は直らんで」


思わずクスッと笑ってしまう。


「久世ちゃんから関西弁取ったら、久世ちゃんじゃなくなるしね」


「ほんま、そうやで」


久世ちゃんに、ようやくいつもの笑顔が戻った。


よかった。私の気持ちが久世ちゃんに伝わったみたい。思い切って言ってよかった……。


と、ホッと胸を下ろしたその時、後ろから声がした。


風間くんだ。



「おはようございます! 権田さん!」


いつも通りの爽やかな声……いや、“爽やかっぽい”声。


「おはよう。今日もよろしく」


私がそう言うと、彼は“爽やかっぽい”笑顔を残して、私と久世ちゃんの横を通り過ぎていった。


彼の姿が遠ざかると、久世ちゃんが小声で言った。


「彼さぁ、私のこと嫌ってるよな」


うん。そう思う。でも、


「そうかな?」


と、とぼけてみせる。


「最近、話しかけてもまともに返事せえへん。今だって目ぇ合わさへんし」


……確かに、露骨だな。


「何かあったの? 彼と」


すると久世ちゃんが、少し考えるように言った。


「んー、思い当たることといえば、こないだ注意してから、彼の態度変わったような。でも、注意やで。怒ったんちゃうで」


……久世ちゃんの“注意”は、もしかすると、風間くんには、大声で言われた“怒声”に聞こえたのかも。


特に久世ちゃんに慣れていない風間くんにとっては。


「こないだな、たまたま見てしまったんやけど、伸江ちゃんをベッドに移乗する時に、彼、お姫様抱っこして寝かしてたんよ。だから、それはしたらあかん、て注意した。それだけやで」


そう言ってから、久世ちゃんは時計を見た。


「あ、もうこんな時間や。やることまだ残ってるから、早よ済まさな」


久世ちゃんは夜勤明けだ。私がいろいろ話してしまったせいで手を止めさせてしまったし、私もそろそろ動かないと。


「ゴンちゃん、ありがとな。またゆっくり話そう」


「うん。こっちこそ、ありがとう」


そう言って、2人ともそれぞれの仕事に戻った。


久世ちゃんとはわかり合えて気持ちは軽くなった──はずなのに、ほんの少しだけ、何か別のことが引っかかっている気がした。


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