表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カイゴシノワタシ  作者: 半田南都
第七章 あの人、こわい

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

40/65

第一話 「あの人、こわい」

「なんだか寂しいですね……」


「うん。また来年だね」


理沙ちゃんとそんな会話を交わしながら、手にしているのは──雛人形。


ここ、有料老人ホーム「ブルースター」の玄関には、毎年この五段飾りの雛人形を飾っている。


以前働いていたスタッフが寄贈してくれたもので、とても立派だ。


利用者さんたちにも毎年好評だけど、3月3日も過ぎて、今日は仕事終わりに片付けをしているところだ。


段ボールの中に、一つひとつ丁寧にしまいながら、理沙ちゃんが尋ねてきた。


「今日は4日ですけど、私、行き遅れませんかね?」


「理沙ちゃんのじゃないから大丈夫でしょ」


「まあ、そうなんですけど」


理沙ちゃんは22歳。そろそろ結婚を意識し始める年頃なのかな。


私は笑いながら言った。


「それにね、“3日を過ぎたらお嫁に行き遅れる”というのは、本当は、“後回しにせず、きちんと片付けて、身の回りを整えられる大人になってほしい”っていう、しつけの意味なんだって」


「へえ、そうなんですか。初めて知りました」


ちなみに私は──おばあちゃんに買ってもらった、お内裏(だいり)様とお雛様だけのガラスケース入りの雛人形を、30年間ずっと出しっぱなしで飾っていた。


結婚したのは30代半ばだったけど……もしかして、それが影響してたりして。


多様化の時代だから、“行き遅れる”なんて言葉はもう聞かないと思っていたけれど、若い理沙ちゃんでも気になるんだな。



「よし、終わったー」


全部で段ボール5箱。台車に載せようとして手をかけたその時──。


「手伝いましょう」


背後から声がして振り向くと、風間(そう)太くんが立っていた。


先月入社したばかりの23歳。名前も爽やかだけど、見た目もまさにその通りだ。


身長は170センチに届くかどうか。髪は柔らかそうな茶色がかった黒。前髪が軽く額にかかり、清潔感がある。声は少し高めで、話すたびに空気がふっと和らぐ──そんな青年だ。


「女の人だけで運ぶの大変でしょう? しまう場所を教えてもらえたら僕がやりますよ」


気が利くなあ。いつも笑顔で感じがいいし。


「ありがとう、助かる」


風間くんはひょいひょいと段ボールを台車に載せ、倉庫まで運んでくれて、ほんの数分で片付けはすっかり終わってしまった。


「ありがとうございました。やっぱり男性は頼りになりますね」


理沙ちゃんが声をかけると、


「こういう時はいつでも呼んでくださいね」


と、爽やかな笑顔を残して去っていった。


「イケメンで優しくて、いい人が入ってくれたね」


私の言葉に、理沙ちゃんも頷く。


「そうですね。利用者さんにも人気がありますしね」


男性スタッフが少ないこの職場では貴重な逸材。


まだここに来て1か月だけど、早く仕事を覚えて定着してくれたらいいな。


さて、お雛様も片付けたし、今日のミッション終了。


いつもより帰る時間は少し遅くなってしまったけれど、大切な仕事を終えた充実感を胸に、施設をあとにした。



「おはようございます! 権田さん!」


朝の申し送りを終えてフロアに上がると、風間くんが元気に声をかけてきた。


入社して1か月は、ほとんど山野さんと同行で仕事を覚えてもらい、今月からいわゆる独り立ちだ。


今日もよく通る、はっきりした声。その爽やかさに、思わずこっちも笑顔になる。


その時、突然──


「ちょっと! 何してんの! もう!」


大きな声が響き、肩がびくっとした。


「あかんて! そんなことしたら!」


久世ちゃんだ。


声のする方向を見ると、伸江さんがテーブルにこぼしたお茶を、手のひらでペタペタと広げている。


伸江さんは久世ちゃんの声にも手を止めず、つぶやくように言った。


「もー、こわいなぁ……。これしないとダメでしょ?」


言っている意味がわからない。また自分の世界に入っているようだ。


「ハイハイ、歯磨き行くで」


食べるのが遅い伸江さん。ようやく朝食が終わったところで、久世ちゃんは口腔ケアのため部屋へ連れて行こうとしている。


テーブルに手を伸ばしたままの伸江さんの車椅子をグイッと引いて、テーブルから引き離すと、そのまま部屋へ向かっていった。


それを見ていた風間くんが、ぽそっと言った。


「強引ですね」


確かに。そこは直さないとね、と私も常々思っている。


「言葉も悪いし。悪いけど、苦手だなぁ、ああいう人」


と、顔を曇らせて言う風間くん。


「でもね、ああ見えて真面目で、結構利用者さん想いなのよ」


私がフォローすると、


「そうは思えませんけどね」


低くつぶやく声。その響きにいつもの爽やかさはなく、ほんの少し冷たい空気が混じっていた。



「あの……」


と、声がして振り向くと石嶺さんが立っていた。


少し前には、“知らない人が夜中に部屋に入ってくる”と訴え、幻を見ていたこともあった。


けれど、専門医にしっかり診てもらい、薬を変更してからは、以前のように食事もフロアでとるようになり、最近はすっかり落ち着いてきたようだ。


でも、今日の石嶺さんは、また不安そうな表情で私を見ている。


「どうしました?」


と、優しく声をかけると、聞こえないくらいの小さな声で、


「……さっきの人、いるでしょ?」


と、聞いてきた。


さっきの人──久世ちゃんかな?


「あの人、こわいのよ。昨晩、寝ながらテレビ観ていたんだけど、腰が痛くて立てなくて。消してもらおうとコールして呼んだら、“リモコンをそばに置いておけ”って、ベッドに放り投げて」


ああ、やっぱり久世ちゃんだ。昨日夜勤だったし。


「もう、私こわくて。今度から何かあっても呼べないと思うの」


「ごめんなさいね。悪気はなかったと思うんですけど、ちゃんと言っておきますね」


と言うと、石嶺さんは全力で首を振った。


「いやいや、言わないで。逆恨みされそうでこわくて」


落ち着いてきたとはいえ、神経質なところは変わらない。


「……わかりました。石嶺さんが言ったってわからないようにして、今度からそういうことのないよう、みんなが気をつけるようにしますね」


と、安心させるような言葉をかける。


「私が我慢したらいいだけのことなのに、ごめんなさいね」


以前から散々不満を訴えては、最後にこのセリフで締めくくる人だ。


それでも気持ちはわからないでもないし、こちらの対応に不備があるなら、改善していかなくてはいけない。


「こちらこそ、嫌な思いをさせてごめんなさいね」


と声をかけると、石嶺さんは一礼して部屋へ戻っていった。


その背中を見送りながら、そばにいた風間くんが口を開く。


「乱暴だな。リモコン投げるなんて」


「いや、ちょっと大げさに言ってると思うけどね。実際は枕元に置いただけだと思う」


と、また久世ちゃんをフォローすると、


「あの人なら、やりかねませんよ」


と、言い残してその場を離れた。


──その声に、やっぱりいつもの爽やかさはなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ