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カイゴシノワタシ  作者: 半田南都
第六章 家族様、来られました

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第八話 プロとして

作業が終わり、用意していたケーキとコーヒーを出して、私はノブくんの向かいに座った。


初めて会った時、無愛想でどこかとっつきにくい印象だった、茶髪でピアスの若いお兄さん。


その姿を思い出しながら、今こうして向かい合っているノブくんを見ると、しみじみと年月の流れを感じた。


「でも、ノブくん、立派になったよね。本当によく頑張ったね」


そう言うと、ノブくんは少し照れくさそうにしながら口を開いた。


「僕ね、仕事を続けてこられたのは、親父さんのおかげだと思ってるんです」


「……え?」


「あの頃、親の店を手伝いながらバンドもやってたんです。将来はプロになりたいって思ってたけど、うまくいかなくて……。親父さんの家に初めて行った時って、ちょうどバンドをやめた頃だったんですよ」


「そうだったんだ」


「でも、まだあきらめきれない自分がいて、中途半端な気持ちのまま仕事をしてた時に、親父さんにガツンと言われて」


「キツイからねー、うちのお父さんは」


「でも、“プロだろう”って言葉を聞いた時にね、ハッとしたんです」


「私もその言葉、よく覚えているよ」


「それまではね、作業を終えても、その家の人が僕の仕事に満足してくれたのか、それとも不満だったのか、正直わからなかったんです。僕も、知ろうとしなかったし」


ノブくんはコーヒーカップの中に視線を落とした。


「作業終わって帰る時に、たいてい“ご苦労さま”って言われて終わりで、特にクレームもなければ、褒められるわけでもなくて。だから、自分でも“まあこんなもんか”って思ってたんですよ」


私は小さく頷いた。


「淡々と、マニュアル通りにやってれば問題ないだろうって。……今思えば、バンドへの未練もあったし、仕事はちょっと舐めてかかってたところもあったかも。若造の自分に甘えてたんでしょうね、きっと」


私は身を乗り出して言った。


「ところが、うちのお父さんに“プロだろう”ってガツンと言われて──」


ノブくんは笑った。


「そうなんですよ。あれには参りました」


「嫌味言われて奮起したってことね」


そう言うと、ノブくんは目を丸くして首を振った。


「あ、違います、違います!」


ん? どういうこと?


「親父さんが言う“プロ”って、“できて当たり前”って意味じゃないんですよね。その人の仕事に“期待してる”ってことだと思うんです」


ほう……。


「この人は僕をただの若造じゃなくて、ちゃんとプロとして見てくれた。でも、その期待に応えられるほどの仕事ができなかったと思ったら、なんだか気まずくなって……」


あの時、父にきつく言われてムッとしているように見えたけれど、実はそんな思いがあったんだね。


そんな思いも知らず、怒ってると思って“うちに火をつけるんじゃ”なんて怯えていた私を許してね、ノブくん。


「で、それからは、バンドではプロになれなかったけど、この仕事でプロになろうって思うようになって。親父さんの一言でやっと吹っ切れたんですよ」


ノブくんは顔を上げてまっすぐ私を見た。


「でも、親父さんからはもう二度と依頼はないと思ってたので、また頼まれた時はびっくりして。“今度こそは”と気合いを入れて臨みましたよ」


クスッと笑いながら話すノブくん。


「なので、“さすがプロだな”って言われた時は、思わず心の中で“やった!”って、叫びました」


「その時のこと、私も覚えてるよ。ノブくん、すごく嬉しそうだったもんね」


「だからね、恩人なんです。親父さんは」


しばらくの静寂が流れる。


ノブくんと私、それぞれ父に対する想いは違っている。でも、どこかで確かに繋がっている──そんな気がした。


「そろそろ帰りますね」


ノブくんが立ち上がり、少し名残惜しそうに言った。


「今日は本当にありがとう。来月でも、ノブくんの都合のいい日に一緒に父のところに行ってくれる? 連絡待ってるね」


「はい、ぜひ。楽しみにしています」


ノブくんが帰ったあと、部屋には父への想いの余韻だけが静かに残った。



ノブくんがきれいにしてくれたレンジ周りを眺める。


小さな汚れひとつなく、ほんの小さなチリすら落ちていない。


浴室もそうだ。あの時と同じ、作業前よりきれいになっている気がする。


「プロなんだな……」


そう口にしたあと、ふと、銀縁メガネ──南部さんの息子さんの言葉を思い出した。


──「プロですよね?」


あの時は嫌味にしか聞こえなかった言葉が、今は素直に受け止められる気がした。


ノブくんの言葉を思い出す。


──「“プロ”って、“できて当たり前”って意味じゃないんですよね。その人の仕事に“期待してる”ってことだと思うんです」


息子さんは、大事な母親を、私たちスタッフに託している。それは、私たちを信じているからだ。


私たちスタッフが若造だろうが、経験不足だろうが、そういうことは関係ないんだと思う。


仕事ができるかどうかなんて、外見だけじゃわからないんだし。


息子さんは、ただ、期待しているんだ。


確かに、言い方にはトゲがあり、聞く方はいい気持ちがしない。過剰な要望も考えものだ。


でも、それも含めて期待を裏切らないためには、どう対応するか考えることが大切なんだ。きっと。


説明の仕方を工夫して、こちらのやり方もきちんと伝え、必要なところは素直に変えていく。


そうして最善を尽くすことが大事なんじゃないかな、と思った。


──私たちは、プロだから。


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