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カイゴシノワタシ  作者: 半田南都
第六章 家族様、来られました

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第七話 大切な人

父との面会を終えて駅へ向かう途中、ふと思った。


──泣きながらこの道を歩いた日があったな。


今は、父の顔を思い浮かべながら、寂しいような、それでいてどこか温かいような気持ちで同じ道を歩いている。


「また、来週ね」


ぽつりとつぶやいて、足早に歩く。


今日はノブくんがうちに来る日だ。寄り道せずにまっすぐ帰らなきゃ。



ピンポーン──。


約束の時間、1時半ちょうどにチャイムが鳴った。


「はーい」


ドアを開けると、そこには40代後半の作業服姿の男性が。そばには工具や作業用マットを載せた台車がある。


「ノブくん、いらっしゃい」


「ご無沙汰してます」


2年ぶりかな──背はそれほど高くないが、がっしりとした体型に、日に焼けた照れくさそうな笑顔。


今も茶髪だけど、少し薄くなってきたかな。ピアスはしていない。


ふふ。あの頃とずいぶん風貌が変わったなぁ。


もう30年近く経つのかな──実家のエアコンの洗浄に来て、父にこっぴどく注意されてから。



実家のエアコンの洗浄をしたあと、浴室の後始末がきちんとできていなくて、父に注意されたお兄さん──それがノブくんだ。


父は二度と同じ業者には頼まないだろうと思っていたし、たとえ頼まれたとしても、あの作業員がもう来ることはないだろうと、私は思っていた。


──けれど、1年後。


父は別の部屋のエアコンの洗浄を、また同じ業者に依頼した。


そして、やって来たのは、あのノブくんだった。


茶髪にピアスはそのまま。


同じ人が来たー!と驚いて、ハラハラしながら遠目に作業の様子を見ていた。


父は近くで作業の様子を見守って──いや、まるで監視するようにじっと見ていた。


独特の張り詰めた空気の中、ノブくんは手を止めることなく、黙々と作業を進めていた。


「お風呂場、借りますね」


そう言って浴室に入っていくノブくんを見送りながら、私はまた嫌な予感を覚えた。


すべての作業を終えたあと、父が口を開いた。


「君ね──」


おお、またダメ出しか!? ハラハラが増幅する。


「今、風呂場を見たら、君が使う前よりきれいになってたよ」


……え?


「作業もね、必要な工具だけを段取りよく出してたね。よく考えて動いてたよ。無駄がない」


そして、珍しく笑顔を見せて一言。


「さすが、プロだね」


ノブくんは顔を赤らめ、小さく頷いた。


「ありがとうございます」


私は心の中で、思わずノブくんに拍手を送った。


あとで知ったことだけど、彼は小さな電器店の息子で、お父さんが始めたエアコンや洗濯機の洗浄の仕事を手伝うようになったのだという。


それ以降、父は家電を買うときはノブくんに頼み、ドアホンの設置や配線の増設などの小さな工事もお願いするようになった。


ノブくんの本名は“漆原信彦”。でも父は“ウルシバラ”って言いにくい、と言い、いつの間にか“ノブくん”と呼ぶようになった。


人付き合いのよくない父が気に入った、数少ない人間のひとりだ。


もしかしたら、息子のように思っていたのかもしれない。



「ごめんね、ノブくん。遠いのに来てもらって」


ノブくんのお父さんの電器店は、もともと家電販売やちょっとした電気工事を引き受けるような、こぢんまりしたお店だった。


そのうち、エアコンや洗濯機の洗浄なんかも請け負うようになり、少しずつ仕事の幅が広がっていった。


やがてノブくんが店を継いでからは、ハウスクリーニングも本格的に手掛けるようになり、今では小さいながらも従業員を抱える会社の社長さんになっている。


「しかも、わざわざ社長さんに来てもらっちゃって」


そう言うと、ノブくんは手を振り、


「社長はやめてくださいよ。嫌だなぁ、美加さん」


と笑った。


今日は、うちのレンジフードと換気ダクトの掃除をお願いしている。


「ダクトの汚れ、ずっと気になってて。年末にしたかったんだけど、頼み損ねちゃってね」


ノブくんの店は実家からそう遠くないけれど、うちからはそれなりに距離がある。


ハウスクリーニングの業者なら近くにもいくつかあるけれど、私はいつもノブくんにお願いしている。


「車なら30分かからないですし、対応エリア内ですよ。こっちこそ、いつも声かけてくれてありがたいです」


「信頼できるところに頼みたいからね」


そう言うと、ノブくんは照れくさそうに笑った。



作業が始まり、私は少し離れたところに椅子を置いて座り、話しかけた。


「お父さんみたいにダメ出ししないから、安心してね」


そう言うと、ノブくんは少し笑ってから口を開いた。


「……親父さん、どうですか? 元気ですか?」


「うん。今日会ってきた。元気っていうか、穏やか」


「そうですか……会いたいな」


「よかったら、今度一緒に行く?」


「いいんですか? でも、僕のこと覚えてますかね?」


私は申し訳ない顔でノブくんを見た。


「多分、誰かわからないと思う──もうね、私のことも娘ってわかってないと思うの」


「……え?」


ノブくんが作業の手を止め、私を見つめた。


「でもね、私が会いに行くと嬉しそうなの。すごく」


父の顔を思い出しながら言う。


「きっと、心の奥では覚えていて、誰かはわからないけど、“大切な人”だってことは忘れていないと思うの」


ノブくんが下を向いた──まさか泣いてる?


「だからね、きっとノブくんに会ったら、お父さん、喜ぶと思うんだ」


顔を上げたノブくんは泣いてはいなかったけれど、まるで涙をこらえるように一度上を向き、そして大きく頷いた。


「そうなら……行かなきゃ、ですよね」


私も大きく頷いた。


──父の笑顔が、目に浮かんだ。


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