第四話 二度の決断
「たまにね──」
わっ! びっくりした!
舞ちゃんが急に近寄って話しかけてきた。
「たまに思うんですけど、南部さんみたいに、文句や要望を色々言ってくる家族さん、いますよね」
「いるね。確かに」
「そんなにヤイヤイ言うなら、自分で面倒見たらいいのに! って思っちゃいますよ」
「いや、できないからここに入ってるんだしね」
「じゃあ、黙ってればいいのに」
「そういうわけにはいかないでしょ。自分の親だから、やっぱり心配だと思うよ」
「じゃあ、自分で面倒見たらいいのに」
……おいおい、無限ループに入ってるよ、舞ちゃん。
──舞ちゃんは20代。親の介護にはまだ遠い。
介護施設に勤めているとはいえ、自分の親と状況を重ねて現実として捉えるのは難しいだろう。
自分の親を介護施設に入れる──それは、苦渋の決断になる場合が多いことを、私は知っている。
私がそうだったから──。
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あの頃のことは、決して忘れられない。
母の病気がわかったのは、ホスピスに入所する3年前のことだった。
最初は抗がん剤治療を受けていたが、進行はゆっくりで、しばらくは普段通りの生活ができていた。
料理も掃除も洗濯も、すべて母がやっていた──父はそれまで家事をまったくせず、何をどう手伝えばいいのかもわからなかったのだろう。
私はまだ介護職に就いていなかったが、母の病気を知ってすぐに介護の資格だけは取っておいた──いずれ必要になるかもしれないと思ったからだ。
母が抗がん剤治療や入院を繰り返す中、父は外食や出来合いのもので何とかしのいでいた。
入退院は2年続き、回復の見込みがなくなったあとは在宅療養となった。
母は体力を徐々に落としつつも家事を続けたが、酸素チューブを使う生活が始まる頃には、料理もままならず、買い物も困難になっていた。
私はそれまで週末だけ様子を見に行っていたが、母の状態が悪化してからはパートの仕事を辞め、1日おきに家事を手伝いに行くようになった。
実家までは電車でほぼ1時間。行きは少し早く感じても、帰りはいつも果てしなく長かった──それでも行かないわけにはいかなかった。
父も少しずつ家事に関わるようになったが、最初は「まあ、しょうがない」と思っていたものの、徐々に疲れや愚痴が増えていった。
そんな日々が続くうちに、少しずつ、父の様子に変化が見え始めた。
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それがはっきりしたのは、母のホスピス入所の3ヶ月ほど前だった。
ある日の夕方、母から電話がかかってきた。
「美加ちゃん、お父さんが帰ってこないの。スーパーに行くと言ってもう2時間も……」
「え? お父さんの携帯には……あ、そうか」
父は携帯電話を持たない人。「こんな、縛られる物はいらん!」というのが理由である。
「とにかく、すぐそっちに行くから」
私は慌てて実家に向かった。
父に連絡の取りようがなく、近所を歩き回って探すが、いない。
辺りが暗くなり、もう警察に頼もうと派出所に向かうと、前から父が歩いてきた。
どことなく足を引きずっているようにも見える。長い距離を歩いたのだろうか。
「お父さん!どこに行ってたの!」
「買い物に行ったら遅くなってしまった」
そう言う父の目は、どこか遠くを見ていた気がする。
手には近所のスーパーの袋。中には、出来合いのコロッケが2つ──すっかり冷めていた。
買い物に出たのが午後3時。帰ってきたのが7時前。
4時間近くも、一体どこにいたのか。父はまったく覚えていなかった。
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その後も、異変は続いた。
冷蔵庫を開ければ卵が3ケースも入っていたり、洗っていない茶碗や皿をそのまま戸棚に片付けていたり、買ったばかりのセーターを「もう古いから」と捨てていたり……。
これは、おかしい──認知症かもしれない。
母がお世話になっているケアマネジャーと相談し、父を説得しようとしたが、父は介護認定の調査を頑なに拒み、病院で診てもらうことも断固として拒否した。
自分が認知症であるはずがないと思い込んでいるのだ。
母の介護のためヘルパーを頼もうと考えたこともあったが、他人が家に入ることを嫌がる父に反対され、結局サービスは使えない。
仕方なく、私はほとんど毎日、時には泊まり込みで実家に通い、2人の面倒を見る日々が続いた。
そんな状態が2か月近くも続き、私は疲れ果てていた──。
母もベッドから起き上がれなくなったある日、以前申し込んでいたホスピスから空きが出たと連絡が入った。
──私は決断した。
母はホスピスへ。父はとりあえず介護施設へ。
父は嫌がるだろう。母は悲しむだろう。でも、このままでは誰もがもっと不幸になってしまう──。
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1週間後に母のホスピス入所が決まり、遠方の叔母に頼んで泊まり込みで来てもらい、父の様子を見てもらいながら、私は準備を進めた。
まずは、父に黙って介護申請を行った。ほとんどの施設が、介護認定が下りないと受け入れてくれないからだ。
……仕方ない。認定調査の日が決まれば、父が嫌がっても受けてもらおう。
そして、なんとか2週間だけ受け入れてくれる施設を見つけ、母のホスピス入所の数日後、父をそこへ連れて行った。
当然、嫌がったが、叔母はいつまでもいられないし、私はホスピスで母の世話をしなくてはいけない。落ち着くまで2週間だけ、と何度も説得すると、渋々首を縦に振った。
父を施設に預けた日の晩、私は叔母と話し合った。
「まさか、兄さんがここまで認知症が進んでいるとは思わなかったわ」
と、叔母がため息混じりに言った。
「実は半年……もう少し前かな? 会ったじゃない? その時にね、ちょっと様子がおかしいな、とは思ったの」
そうなんだ。私にとっては急な出来事のように思えた。
「美加ちゃんはね、そばにいたから気がつかなかったと思うんだけど、話していても人の名前を何度も間違えたり、急にボーッとしたかと思ったらソワソワしたりしてたのを見てね」
……気づけなかったんだ、私。
「ほら、お母さんの病気で生活変わったからストレスもあっただろうし、それが原因かもしれないわね」
確かに、今まで母に任せっきりだったから、体も、心も負担は大きかっただろう。
お茶を一口飲んで、ふーっと大きく息をついてから、叔母が本題に入る。
「美加ちゃん、兄さんね、このあとも施設に入所させた方がいいと思うの」
「いきなり施設に? ……さすがにお父さん1人ではもう無理だとは思うから、私たちが一緒に暮らすことも考えているんだけど……」
そう言うと、叔母は珍しく強い口調で言った。
「何言ってるの! そんなの無理よ。美加ちゃんにも生活があるでしょ?」
「夫に話したら、協力してくれるって……」
叔母は、ため息をつきながら首を振った。
「あのね、美加ちゃん。家で面倒を見るって、思っているほど甘くないのよ」
わかっているつもりだけど……。
「ましてや兄さんのあの性格で、しかも認知症でしょ? 美加ちゃん、兄さんと旦那さんの間でしんどい思いして、体壊すわよ」
「……でも、かわいそうで」
「かわいそうなのは、美加ちゃんが倒れた時よ」
叔母の声が少し柔らかくなった。
「あなたが罪悪感を感じることはないの。施設に入ってもらうのも、兄さんの安全を守るためなのよ。決して悪いことじゃないの」
叔母は、お姑さんの介護を在宅で長いあいだ経験してきただけあって、説得力があった。
「とりあえず、少し落ち着いてから……もう一度考えます」
……この状況がいつ落ち着くのかわからなかったけど、そう答えるのが精一杯だった。
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その1週間後、父の様子を見に行くと、かなり苛立っていた。
「いつまでこんなところにいないといけないんだ! 早く家に返せ!」
怒鳴る父に、納得してもらおうと説明する。
「お母さんも家にいないし、お父さん1人じゃ無理でしょう。もうしばらくここに……」
「母さんはもういい」
一瞬、耳を疑った。
「お前が父さんの面倒見てくれたらいいだろう」
息が止まった。
……何それ。
「もういい」って、どういう意味?
お母さんは今も、病室で毎日お父さんに会いたがってるのに──。
「お父さん、大丈夫かなぁ……会いたいなぁ……」
頭に浮かんだ母の声が心に刺さって痛い。
──私は、もう一度決断した。
父には、施設で暮らしてもらうしかない。
まだ迷いはあったけれど──これがいちばん現実的な形だと、自分に言い聞かせた。




