表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カイゴシノワタシ  作者: 半田南都
第六章 家族様、来られました

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/66

第四話 二度の決断

「たまにね──」


わっ! びっくりした!

舞ちゃんが急に近寄って話しかけてきた。


「たまに思うんですけど、南部さんみたいに、文句や要望を色々言ってくる家族さん、いますよね」


「いるね。確かに」


「そんなにヤイヤイ言うなら、自分で面倒見たらいいのに! って思っちゃいますよ」


「いや、できないからここに入ってるんだしね」


「じゃあ、黙ってればいいのに」


「そういうわけにはいかないでしょ。自分の親だから、やっぱり心配だと思うよ」


「じゃあ、自分で面倒見たらいいのに」


……おいおい、無限ループに入ってるよ、舞ちゃん。


──舞ちゃんは20代。親の介護にはまだ遠い。


介護施設に勤めているとはいえ、自分の親と状況を重ねて現実として捉えるのは難しいだろう。


自分の親を介護施設に入れる──それは、苦渋の決断になる場合が多いことを、私は知っている。


私がそうだったから──。



あの頃のことは、決して忘れられない。


母の病気がわかったのは、ホスピスに入所する3年前のことだった。


最初は抗がん剤治療を受けていたが、進行はゆっくりで、しばらくは普段通りの生活ができていた。


料理も掃除も洗濯も、すべて母がやっていた──父はそれまで家事をまったくせず、何をどう手伝えばいいのかもわからなかったのだろう。


私はまだ介護職に就いていなかったが、母の病気を知ってすぐに介護の資格だけは取っておいた──いずれ必要になるかもしれないと思ったからだ。


母が抗がん剤治療や入院を繰り返す中、父は外食や出来合いのもので何とかしのいでいた。


入退院は2年続き、回復の見込みがなくなったあとは在宅療養となった。


母は体力を徐々に落としつつも家事を続けたが、酸素チューブを使う生活が始まる頃には、料理もままならず、買い物も困難になっていた。


私はそれまで週末だけ様子を見に行っていたが、母の状態が悪化してからはパートの仕事を辞め、1日おきに家事を手伝いに行くようになった。


実家までは電車でほぼ1時間。行きは少し早く感じても、帰りはいつも果てしなく長かった──それでも行かないわけにはいかなかった。


父も少しずつ家事に関わるようになったが、最初は「まあ、しょうがない」と思っていたものの、徐々に疲れや愚痴が増えていった。


そんな日々が続くうちに、少しずつ、父の様子に変化が見え始めた。



それがはっきりしたのは、母のホスピス入所の3ヶ月ほど前だった。


ある日の夕方、母から電話がかかってきた。


「美加ちゃん、お父さんが帰ってこないの。スーパーに行くと言ってもう2時間も……」


「え? お父さんの携帯には……あ、そうか」


父は携帯電話を持たない人。「こんな、縛られる物はいらん!」というのが理由である。


「とにかく、すぐそっちに行くから」


私は慌てて実家に向かった。


父に連絡の取りようがなく、近所を歩き回って探すが、いない。


辺りが暗くなり、もう警察に頼もうと派出所に向かうと、前から父が歩いてきた。


どことなく足を引きずっているようにも見える。長い距離を歩いたのだろうか。


「お父さん!どこに行ってたの!」


「買い物に行ったら遅くなってしまった」


そう言う父の目は、どこか遠くを見ていた気がする。


手には近所のスーパーの袋。中には、出来合いのコロッケが2つ──すっかり冷めていた。


買い物に出たのが午後3時。帰ってきたのが7時前。


4時間近くも、一体どこにいたのか。父はまったく覚えていなかった。



その後も、異変は続いた。


冷蔵庫を開ければ卵が3ケースも入っていたり、洗っていない茶碗や皿をそのまま戸棚に片付けていたり、買ったばかりのセーターを「もう古いから」と捨てていたり……。


これは、おかしい──認知症かもしれない。


母がお世話になっているケアマネジャーと相談し、父を説得しようとしたが、父は介護認定の調査を頑なに拒み、病院で診てもらうことも断固として拒否した。


自分が認知症であるはずがないと思い込んでいるのだ。


母の介護のためヘルパーを頼もうと考えたこともあったが、他人が家に入ることを嫌がる父に反対され、結局サービスは使えない。


仕方なく、私はほとんど毎日、時には泊まり込みで実家に通い、2人の面倒を見る日々が続いた。


そんな状態が2か月近くも続き、私は疲れ果てていた──。


母もベッドから起き上がれなくなったある日、以前申し込んでいたホスピスから空きが出たと連絡が入った。


──私は決断した。


母はホスピスへ。父はとりあえず介護施設へ。


父は嫌がるだろう。母は悲しむだろう。でも、このままでは誰もがもっと不幸になってしまう──。



1週間後に母のホスピス入所が決まり、遠方の叔母に頼んで泊まり込みで来てもらい、父の様子を見てもらいながら、私は準備を進めた。


まずは、父に黙って介護申請を行った。ほとんどの施設が、介護認定が下りないと受け入れてくれないからだ。


……仕方ない。認定調査の日が決まれば、父が嫌がっても受けてもらおう。


そして、なんとか2週間だけ受け入れてくれる施設を見つけ、母のホスピス入所の数日後、父をそこへ連れて行った。


当然、嫌がったが、叔母はいつまでもいられないし、私はホスピスで母の世話をしなくてはいけない。落ち着くまで2週間だけ、と何度も説得すると、渋々首を縦に振った。


父を施設に預けた日の晩、私は叔母と話し合った。


「まさか、兄さんがここまで認知症が進んでいるとは思わなかったわ」


と、叔母がため息混じりに言った。


「実は半年……もう少し前かな? 会ったじゃない? その時にね、ちょっと様子がおかしいな、とは思ったの」


そうなんだ。私にとっては急な出来事のように思えた。


「美加ちゃんはね、そばにいたから気がつかなかったと思うんだけど、話していても人の名前を何度も間違えたり、急にボーッとしたかと思ったらソワソワしたりしてたのを見てね」


……気づけなかったんだ、私。


「ほら、お母さんの病気で生活変わったからストレスもあっただろうし、それが原因かもしれないわね」


確かに、今まで母に任せっきりだったから、体も、心も負担は大きかっただろう。


お茶を一口飲んで、ふーっと大きく息をついてから、叔母が本題に入る。


「美加ちゃん、兄さんね、このあとも施設に入所させた方がいいと思うの」


「いきなり施設に? ……さすがにお父さん1人ではもう無理だとは思うから、私たちが一緒に暮らすことも考えているんだけど……」


そう言うと、叔母は珍しく強い口調で言った。


「何言ってるの! そんなの無理よ。美加ちゃんにも生活があるでしょ?」


「夫に話したら、協力してくれるって……」


叔母は、ため息をつきながら首を振った。


「あのね、美加ちゃん。家で面倒を見るって、思っているほど甘くないのよ」


わかっているつもりだけど……。


「ましてや兄さんのあの性格で、しかも認知症でしょ? 美加ちゃん、兄さんと旦那さんの間でしんどい思いして、体壊すわよ」


「……でも、かわいそうで」


「かわいそうなのは、美加ちゃんが倒れた時よ」


叔母の声が少し柔らかくなった。


「あなたが罪悪感を感じることはないの。施設に入ってもらうのも、兄さんの安全を守るためなのよ。決して悪いことじゃないの」


叔母は、お姑さんの介護を在宅で長いあいだ経験してきただけあって、説得力があった。


「とりあえず、少し落ち着いてから……もう一度考えます」


……この状況がいつ落ち着くのかわからなかったけど、そう答えるのが精一杯だった。



その1週間後、父の様子を見に行くと、かなり苛立っていた。


「いつまでこんなところにいないといけないんだ! 早く家に返せ!」


怒鳴る父に、納得してもらおうと説明する。


「お母さんも家にいないし、お父さん1人じゃ無理でしょう。もうしばらくここに……」


「母さんはもういい」


一瞬、耳を疑った。


「お前が父さんの面倒見てくれたらいいだろう」


息が止まった。


……何それ。


「もういい」って、どういう意味?


お母さんは今も、病室で毎日お父さんに会いたがってるのに──。


「お父さん、大丈夫かなぁ……会いたいなぁ……」


頭に浮かんだ母の声が心に刺さって痛い。


──私は、もう一度決断した。


父には、施設で暮らしてもらうしかない。


まだ迷いはあったけれど──これがいちばん現実的な形だと、自分に言い聞かせた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ