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カイゴシノワタシ  作者: 半田南都
第六章 家族様、来られました

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第二話 KO負け

カーン!


攻撃開始のゴングが鳴った。


銀縁メガネが一歩前に出る──心の中で身構える。


「母のピンクのセーターがなくなった件、あれ、どうなりました?」


「……あ、あれ、見つかりました。洗濯物をお返しする時に、ほかの利用者さんの部屋に間違えて持っていってしまったみたいで。申し訳ありませんでした」


そうだ。そんなことがあった。

私は直接知らなかったけど、申し送りで聞いておいてよかった。


──と思ったけど、これだけでは済まなかった。


「見つかったら見つかったで、電話してくれてもいいでしょう? なくなったままだったら弁償してもらわないといけないし」


うわ。


「前も、ほかの人のシャツが母のタンスに入ってましたよね? ここの管理、一体どうなってるんですか?」


うわうわ。


「それと、見つかったセーター、そのあと洗ってくれたんでしょうね? 間違って持っていったのだったら、その部屋の人が着たかもしれないでしょう?」


うわわー……。


「すみません、確認して──」


「いや、わからないのなら洗って下さい。あとで持ってきます」


「……わかりました。申し訳ありませんでした」


敗北──。


ダメージを負った私に背を向け、息子さんはやっと南部さんの部屋へ。


私は大きく息を吐く。


「ふー……」


と、カウンターの奥から、ひょこっと舞ちゃんが顔をのぞかせた。


いてたんかい! というか、隠れてたんかい!


──まあ、私も逃亡を目論んでたから責められないけど。


「いや〜、今日も全開でしたね、南部さんとこ。でも権田さん、今日けっこう頑張ってましたよ。ちゃんと落ち着いて対応してました。さすがです」


「いや、評価はいいから。そこにいたなら援護に出てきてよねー。心の中では“うわうわうわわー”って叫んでたんだから」 


すると舞ちゃん、


「声に出してなかったなら、合格です!」


と、なぜか上から目線。


私は苦笑いしながら、次の銀縁メガネの攻撃は舞ちゃんに受けてもらおうと心に決めた。



「ありがとうございました」


声がしたので振り向くと、面会を終えた高山さん兄妹と高山さんの姿が。


「お帰りですか?」


息子さんと娘さんの間で高山さんはニコニコ顔。


「よかったですね。息子さんと娘さんが来てくれて」


そう声をかけると、


「まあ、いやだわ〜、息子と娘なんて。私の弟と妹ですよ〜」


と、口元を手で押さえながら笑う高山さん。


時が止まっている高山さんの中では、きっとそうなんだろう。息子さんたちはまだ塾に通っている子どもなんだから──。


息子さんと娘さんは否定も肯定もせずに私の顔を見ながら微笑む。


心得ているな。さすがだ。


──こういう笑顔のかたちも、家族の優しさなんだろうな。


エレベーターが開き、息子さんたちに続いて高山さんもお辞儀をしながら中に入ろうとする。


「あ、高山さん、もうすぐご飯ですよ」


と声をかけて引き止めた。


扉が閉まると、高山さんは少し不思議そうな顔をする。


そのままテーブル席へ案内し、しばらく他愛もない話をした──そうしないと、また“帰りますモード”のスイッチが入ってしまうから。


時間が経つと、高山さんは家族さんが来ていたことをすっかり忘れてしまうだろう。


でも、息子さんたちと笑いながらおしゃべりした楽しい時間は、きっと心の奥に残っている。


それで、十分なんじゃないかな。



昼食の時間が近づき、テーブルを拭いていると、そばにいた舞ちゃんがスーッと廊下の奥へ歩き出した。


利用者さんを迎えに行ったのかな、と思ったその瞬間──背後に不穏な気配。


振り向くと……出た!銀縁メガネ!


うわ! 舞ちゃんめ、知ってて逃げたな! 次は舞ちゃんの番って決めてたのに、また私かい!


カーン!──第2ラウンド開始。


「これね、お願いしますよ」


手渡されたのは例のセーター。


「はい、洗わせてもらいます」


丁重に預かる。


「二度と間違えないでくださいよ。……いや、もう二度どころじゃないですけど」


はい、嫌味ありがとうございます。


「それとね、風呂のことなんですけどね。先週来た日に嫌がって入らなかったって聞きましたけど、結局あれから入りました?」


タブレットを手に記録を確認する。


「えっと……。あの日はやっぱり拒否が強くて見送りました。翌日に振り替えましたが、その日もダメだったので、清拭で対応しています」


メガネの奥がキラリ──攻撃モード全開。


「ここは、風呂は週2回ですよね? じゃあ先週は1回しか入れてもらってないってことですか?」


“入れてもらってない”って……いや、本人が嫌がったんだから。


「では、今週は3回入れたんですか?」


「いえ、先週入れなかった分は清拭で対応させていただいたので──」


「清拭って、ちゃちゃーっと体拭くだけでしょう? それで1回って数えるんですか。ふーん……」


あーーー、逃げ出したい……。


「とにかく、あなたたちはプロなんだから、本人が嫌がっても上手に風呂に入れるようにしてほしいんです」


さすがにカチンときた私はささやかな反撃を試みる。


「南部様は、以前から入浴はあまり好きではなかったようですが、最近は特に気持ちの波が大きくて、スタッフが交代で声かけしても拒否されることが多いんです」


それが悪かった──。


「母は風呂好きでしたよ!あなたたちのやり方が悪いんじゃないですか? プロですよね? 介護の。母の気持ちをわかって接してくれたら、気持ちの波も立たないんじゃないですか?」


と、連続攻撃を浴びせてきた……。


南部志乃さんは歩行不安定で車椅子。立ち上がりが見られるので目が離せない。息子さんと同じく理屈っぽいタイプで、自論を長々と話す。しかも認知症が進んで扱いにくい──。


理解してる?ここ、大事。


「まあ、とにかく、これからはちゃんと週2回入れてください。プロなんだから」


何回“プロ”って言うのよ。嫌味にしか聞こえない。


「わかりました」


──“申し訳ありませんでした”て言おうと思ったけど、やめた。考えたらそこまで申し訳なくない。


攻撃を終えて、やっとお嫁さんと連れ立ってエレベーターへ向かう息子さん。


ドアが開いて乗り込む2人を見送り、ホッとした瞬間──ドアを開放したまま、銀縁メガネの口が開く。


「あ、あと、シャンプーとリンスなんですけど、減り方が大きく違うのはどうしてですか?」


知るかーーーい!!


叫びたいのをぐっとこらえる。返す言葉に詰まって黙っていると、


「ま、いいんですけどね」


とドアが閉まった。


いいなら言うなーーー!!


──どっと疲れた。もう立ち上がれない……KO負けだ。


ふと振り向くと、舞ちゃん。いつの間にかシレッと戻ってきて立っている──。


「いやー、今回も参りましたねー」


……いや、舞ちゃん、参ったのは私だよ。


心の中でつぶやく——もうツッコミを入れる元気もない。


「あー、そろそろ昼食の準備しようか……」


「はい!」


舞ちゃんの笑顔が妙に眩しい。


「……よし、頑張ろ」


と、小さく口に出して自分を奮い立たせ、昼食準備に戻った。


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