表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カイゴシノワタシ  作者: 半田南都
第六章 家族様、来られました

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/68

第一話 「家族様、来られました」

「寒いな〜……」


2月に入って暦の上では春だなんて、誰が信じるだろう。


外はまだ冬の真っ只中で、風が容赦なく頬を刺す。


自転車を施設の駐輪場に停めて中へ。更衣を済ませ、腕をブンブン振って体を温める。


この儀式をしないと、この時期は思うように体が動かない。


さてと、いざ出陣。



今日は日曜日。入浴介助がないから、仕事はぜんぜん楽──てわけでもない。


1月から始めた“趣味の日”は月に一度で、その日はボランティアさんも来てくれるし、スタッフもなるべく揃えるようにしている。


でも、子どもさんがいるパートスタッフは土日を休むことが多いため、そのほかの日曜日はやや手薄になり、意外と忙しいのだ。


それに、日曜日は特に──。


「高山様の家族様、来られましたー」


エレベーターが開くと、事務所スタッフに案内されて男性と女性の2人連れが降りてきた。


そう、日曜日は面会が多いのだ──。


「おはようございます。いつもお世話になります」


と、頭を下げた息子さんと娘さん──この2人は一見夫婦だけど、兄妹だ。


何度か会って話をすると自然と覚える。


「あの、これ、新しい下着を持ってきたんですけど」


と、買ってきたままの袋を差し出す娘さん。


「あ、じゃあ一度お預かりして、名前を書いてからしまっておきますね」


「それと、これ、お菓子なんですけど、少しずつ出してもらっていいですか?」


「わかりました。詰所でお預かりしますね」


「あ、それと、しばらく来れなかったんですけど、何か変わったことはありませんでした?」


「いえ、相変わらず夕方になると家に帰りたがってはおられますけど、前みたいに事故につながるようなことはなく、体調もよく過ごされていますよ」


「そうですか。ありがとうございます。じゃあ、母の部屋に行ってきますね」


──と、まあこんな感じの対応をしなくてはいけないのだが、日曜日は特に数が多く、どうしても時間を取られてしまう。


スッと来て、スッと帰る家族さんもいるけれど、逆に、こちらから声をかけて引き止めることもある。


廊下に目をやると、鈴木さんの娘さんがこちらに歩いてくる。いつの間にか面会に来ていたんだな。


「すみません、シャンプーとリンスなんですけど、予備がなくなったので、次の時に持ってきてもらっていいでしょうか」


ほとんどの利用者さんは、入浴時のシャンプーやボディソープなどは施設のものを使う。でも、本人や家族さんの希望で持ち込みの場合もある。


電話で連絡することもあるけれど、よく来られる家族さんには、急ぎでなければこうして声をかけさせてもらうこともある。


「わかりました。来週持ってきますね」


メモを取る娘さんに一礼したあと、私はカウンター内のファイルを手に取り、依頼した物品を記入する。


そうしないと、ほかのスタッフが重複して頼んでしまうこともあるからだ。


先ほど高山さんの娘さんが持ってきた物品も、同じようにファイルに記入する。受け取ったことを明確にするためだ。


それと、持ってきてくれた下着にはマジックで名前を記入……。


結構やることがあるんだよなー。



面会時間は午前と午後に分かれていて、一応予約制。


とはいえ、1日何組限定というわけではない。なので、予約というより、事前連絡といったところだ。


あらかじめ聞いておけば、事務所側で家族さんの署名が必要な書類を用意できるし、相談や報告も兼ねられる。


ただし、連絡もなしに突然来る家族さんも少なくない。訪問予定リストに載っている以上の面会者が来ることは日常茶飯事だ。


そういえば、今日はまだ予定リストに目を通していなかった。どれどれ──。


うわっ! 南部さんの名前がある! 時間は……10時半。10時半!?


時計を見ると、10分前! やばい!


慌てて舞ちゃんに声をかける。


「舞ちゃん!今日、南部さんの息子さんが来るよ! 爪を──」


すると、舞ちゃんは慌てずに答える。


「あ、昨日、森田さんが切ってくれましたよ」


そうか。さすが森田さん。昨日のうちに確認してくれていたんだ。やっぱりリーダーは違うな。


219号室の南部志乃さん、87歳。息子さんは60歳前後というところか。とにかくチェックが厳しい。


「爪が伸びていますが、ここでは定期的に切ってくれないんですか?」


「トイレの便器が汚れていましたが、掃除はどのくらいの頻度でしているんですか?」


「お茶が入ったコップが置いてありましたが、あれはいつのお茶ですか? 昨日のじゃないんですか?」


等々……。


言いたいことはわかる。わかるんだけど、無表情で淡々と話すその口調と、銀のフレームのメガネの奥の目がキラッと光るたびに、こっちはなぜか謝りたくなってしまうくらいの圧を感じてしまうのだ。


今、フロアには舞ちゃんと私、同じパート職員の広瀬さんがいる。


2人に対応を任せて、私はキクちゃんの排泄介助という名目で身を隠そうかな──と、やましい考えを思いついた瞬間、内線が鳴った。


電話に出ると、事務所スタッフの梶さんの声。


「南部さんの家族様、来られましたー。今、エレベーターで上がられまーす」


おお、逃げるなら今しか──。


そう思った瞬間、エレベーターのドアが開いた。


銀縁メガネが──いや、南部さんの息子さんが、お嫁さんと現れた。


逃げ遅れた……。


心の中で思いっきりうなだれながらも、頭を下げて挨拶する。


「おはようございます」


お嫁さんは軽く頭を下げて挨拶を返す。息子さんは──


「……」


はい、返事なし。想定内。 


ほんのわずか、2センチくらい? 頭下げたかな……気のせいかもしれないけど。


そのまま部屋へ向かう2人の背中を見て、話しかけられなかったことにまずはひと安心。


──と思いきや、戻ってきた!


しかも、銀縁メガネだけ!


私が防御体制に入る前に攻撃が始まった──。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ