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カイゴシノワタシ  作者: 半田南都
第四章 ばかばかしい

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第五話 褒め言葉

“女帝三上”は普段、理屈っぽくて面倒くさい相手だ。でも、“歌姫三上”の歌声だけは認めざるを得ない。


仕事中は、ギャーギャーと高音で叫ぶかと思えば、ドスの利いた低音で相手を威圧する。それと同じってわけではもちろんないけれど、三上ナースの歌は音域の幅が半端ない。


高い声は澄んでいて、聞く人の胸にすっと届く。低い声はしっかり響き、心に染みる。


歌謡曲から演歌、シャンソン、ブルースまで、レパートリーは豊富で、どの曲でも声の魅力が活かされ、聴く者の心を一瞬で掴んで離さない。


普段は目の敵にしてしまう相手だが、この歌声だけは本当に脱帽だ──。


「大迫さん、歌い終わった三上さんに駆け寄ってね。素晴らしい! 以前どこかで歌ってたのか? なぜプロにならなかったのか? もったいない! って三上さんの手を取って興奮気味に話してたんですよ」


と、前田さん。


そうなんだ…そこまでは知らなかったな。


大迫さんって、人がやることなすことにただ文句を言うだけでなく、きちんと相手を認めることもする人なんだな──。あ!


「思い出した!」


私が急に大声を出したので、前田さんは驚いた顔をした。


「もう1人いる! 大迫さんが認める人!」


「え? 誰?」


「久世ちゃん! 久世ちゃん!」


「久世さん?」


「そう。前にね、スタッフの1人が大迫さんに“いつもきれいですねー、女優さんみたいー”て、言ったんだけど、その言い方が軽くて、お世辞まるわかりな感じだったのよ。だから、“そんなこと言われて喜ぶと思ってるの?ばかばかしい”ってへそ曲げてね」


「わかるな。あの人、そういうの嫌いそうですよね」


「でもね、別の日に久世ちゃんが大迫さんの赤いポーチ見て、“あ! そのブランド、私も好き!”って言ったの」


私は身振りを交えて話す。


「大迫さんは黒のブラウス着ててね。久世ちゃん、目をキラキラさせながら、“赤のポーチが映える! そのブラウスもいいなぁ! レースが可愛い! それ、どこのブランド? 私も同じのほしい!”って、次から次へと立て続けに言い出して、とにかく止まらなかったのよ」


「ははは。なんか、想像できる」


「そしたらね、大迫さん、ニコって笑って、“ありがとう、嬉しいわ”って言ったの」


「へー、そうなんだ。ちゃんとわかるんですね。お世辞なのか、本心から言ってるのか」


そう、久世ちゃんはいい意味でも悪い意味でも本心をストレートで話すことが多い。話し方も荒いから、ほとんどの人にはきつく感じるだろう。


それでも、たまに心に響くことを言う。……たまーにだけど。


「めったに人を褒めない人から認められるなんて、さすが久世さんですね」


お! 久世ちゃん、聞いた? 前田さん褒めてるよ! ポイント上げといたよ! 感謝してよ!


「あの乱暴な口調は直してほしいですけどね」


oh……


前田さんの前では乙女口調だけど、しっかりバレてるな。久世ちゃん、気をつけないとね。



めったに人を褒めない大迫さんに認められた三上ナースと久世ちゃん。


そういえば、私も、あの父から褒められたことがあったな──。


小学3年生の時、“夏休みの思い出”という作文を書いた。先生にすごく褒められ、県主催の作文コンクールに推薦され、銅賞をもらったのだ。


学校の成績も、運動も、何もかもパッとしなかった私が初めて取った賞。


別に父は興味を持たないだろうと思い、私はそのことを話さなかったが、喜んでくれた母が、


「美加ちゃん、賞をいただいたんですよ」


と、父に作文を見せた。


私はてっきり、「なんだ、金賞じゃないのか」と、辛口コメントを聞かされると思っていたが、


「ほぅ……」


と言いながら父は手にして読み進め、


「いい文章だな。特に“ビニールのように海が光っていた”という表現は大人ではなかなか表せない。うん。大したもんだ」


と褒めてくれたのだ。


父の言葉を聞いて、私は嬉しくて照れ笑いを浮かべていただけだった気がする。


家族で遠出することはほとんどなかったけれど、その夏は日帰りで海水浴に連れて行ってもらった。その思い出を作文にしたのだ。


あの時の海の景色が、ふわりと思い出される。子ども心に見たままの海──太陽に光って、ビニールみたいにツヤツヤしていた色──。



あれ、前田さんと話していたら、もうこんな時間。


やばい、早くフロアに戻らないと。廊下を小走りで階段に向かうと、背後から怒声が飛んできた。


「廊下は走らない! 学校で習ったでしょ!」


……学校って。


その声の主は──歌姫、いや、女帝。噂をすれば、だな。


「まったく! 利用者さんにぶつかったらどうするの!」


……おっしゃる通りです。


私を睨みながら通り過ぎる女帝に声をかけた。


「三上さん! クリスマス会で歌ってくれるんですよね? 楽しみにしています!」


振り向き、目を丸くする女帝。私は一礼してその場を去った。


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