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カイゴシノワタシ  作者: 半田南都
第四章 ばかばかしい

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第四話 プライド

頑固だけど、どこか理解できる──ふと、父のことを思い浮かべた。


父は中学を卒業してすぐに、工場用の精密機械を作る会社で働き出した。


最初は工員として働いていたけれど、独学で設計の技術を学び、努力を重ねて社内で設計技師として認定される資格を取得したという。


その後、設計技師として定年までずっと働き続けた。高校にも大学にも行かず、それでも設計技師まで上り詰めたのだから、本当に並大抵の努力ではなかっただろうと思う。


仕事は忙しかったが、残業はあまりせず、自分のペースでこなしていたようだ。


とはいえ、家に帰れば仕事関係の本を読んだり、何やら図面を描いたりしていて、趣味と呼べるものはほとんどなかった。


そんな父だが、私が高校生の頃、近所に住むおじいさんがたまに家に来て、父と囲碁を打っていた。


趣味と言えるかどうかはわからないけれど、仕事以外で父がしていたことといえば、それぐらいだった。


そのおじいさんも、私が大人になる頃には亡くなり、それ以降、父は人と囲碁を打つことはなくなった。


それでも、たまにテレビの囲碁番組を観たり、本を見ながらひとりで打っていたりはしていた。


父は60歳で定年となったが、その後も会社に残り、65歳まで勤め上げた。そして、退職してからは、ほとんど家で過ごすようになった。


そんな父を見て、私はある日、勧めてみた。


「老人会で囲碁クラブがあるから行ってみたら?」


父は苦い顔をしながら言った。


「ばかばかしい。そんな年寄りの集まりに行けるか」


いや、自分も…、という言葉を呑み込む。


「じゃあ、囲碁サロンは? 駅前にあるみたいよ」


父は鼻で笑った。


「素人ばかり相手じゃ面白くないだろう」


いや、自分も…、という言葉を再び呑み込む。


結局、父が外で囲碁を打つことはなかった。



父はプライドが高い。だから、知っているおじいさんと打つくらいなら、気心も知れて気楽に楽しめたのだろうが、まったく知らない人と打って負けるのは、きっと嫌だったに違いない。


当時の私は、そんな父を見て、どうして素直に楽しめないのだろう、と苛立った記憶がある。


でも今、大迫さんがカラオケで歌おうとしない様子を見たり、昔のことを思い返すと、あの頃とは少し違う考え方が浮かんでくる。


歳を重ねた人は、無理に勇気を振り絞って挑戦する必要なんてないんじゃないか──そんなふうに思えてきたのだ。


若い人なら、失敗を恐れずに新しいことに飛び込んでほしい場面もある。けれど、年を重ねた人は、肩の力を抜いて、自分のペースでやるのが一番いいのかもしれない。


まぁ、挑戦しないのに人には辛口のコメントを投げてくる──それは如何なものか、とは思うけどね。



そんなふうに思いを巡らせていると、フロアでは本日最後の歌が始まった。


──え? マイクを握っているのは舞ちゃん? しかも曲は最新のJ-POP……。


そこは、ほら、やっぱり利用者さんファーストでしょ? せめてみんなで口ずさめるような懐かしい歌を選びなさいよ。


歌い終えると、舞ちゃんは私に近づいてきて、


「北原さんと河村さん以外は、誰も歌わないっていうから私が歌っちゃいましたー」


と満足げに、にっこり笑った。


まぁ、みんなそれなりに楽しんだようだから、よしとしよう。


こうして久しぶりのカラオケ大会は無事に──いや、多少荒れたけど──幕を閉じたのだった。



マイクを片づけ、散らかった曲リストを揃えて、私はカラオケの装置を1階のホールへ戻そうとエレベーターへ向かった。


1階に着くと、装置はキャスター付きとはいえ重くて、思った方向にスッと進まない。ヨロヨロと押していると、


「手伝いますよ」


と、救世主登場。前田さんだ。


「カラオケしたんですね。盛り上がりました?」


スムーズに押しながら前田さんが話しかける。


「うん。まあまあかな。いつもと一緒。河村さんと北原さんのカラオケバトルと、あと──大迫さんの辛口コメント」


「ははは。変わらないですね」


「大迫さんは決して人を褒めないからねー」


少し間を置いて、前田さんが口を開く。


「いや、ちゃんと認める時もありますよ、あの人」


「え? そうなの?」


前田さんは3階のフロアリーダーだけど、シフトで2階に入ることもある。だから利用者さんの様子はだいたい把握しているだろうけど、そんなことまでわかるんだ。


「9月にね、全フロアの利用者集めて敬老会したじゃないですか。ここで」


ホールに着き、カラオケの装置を元の位置に戻すと、向き直って話を続けた。


「歌謡ショーもしたでしょ? あの時、三上さんが歌ったじゃないですか。もう、大迫さん、すごく感激してましたよ」


思い出した。三上ナースが歌ったあと、大迫さんが大きな拍手を送っていたことを。

 

三上ナース──通称“女帝”。


なんと彼女は、ここブルースターの“歌姫”でもあったのだ。


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