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カイゴシノワタシ  作者: 半田南都
第四章 ばかばかしい

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第三話 至福と忍耐

地球温暖化が加速しているとはいえ、さすがに12月の朝は寒い。


スタッフ専用口から施設に入ると、暖房がよく効いていてほっとする。でも、仕事中は走り回ることが多いから、そのうち暑く感じる。じっとしていることが多い利用者さんに合わせると、そうなるんだよな。


出勤の打刻をするために事務所へ向かうと、ロビーには大きなクリスマスツリー。2階フロアのツリーより立派で、2メートル、いやもっと高いかな。オーナメントも華やかで、電飾も付いている。これなら大迫さんも馬鹿にはしないだろう。


朝の申し送りを終え、2階フロアへ──さて、今日も頑張るか。



午前中は慌ただしく仕事をこなしていたが、思いのほか順調に終わったので午後は少し落ち着けそうだ。


昼休憩を終えて時計を見るとまだ2時になっていない。入浴も午前中に済んでいるし、この時間は少し余裕がある。


よし、今日のレクは久しぶりにカラオケでもやるか。


施設では基本、毎日午後からレクリエーションの時間を取ることになっているが、忙しい時はなかなか難しい。せいぜい昨日のように動画を流すのが精一杯の時もある。


1階のホールには、本格的なカラオケ機器が置いてある。今日はそれを借りて、みんなでカラオケ大会を楽しもう。


歌やカラオケ動画を流すだけとは違い、マイクを渡して一人ひとりに歌ってもらうので、主役になった気分が味わえる。そのぶん雰囲気も違ってくる。


ただ、喜ぶ人もいれば、そうでもない人もいるので、ややこしい場面になることもある。さて、今日はどうなるかな……。



フロアの大画面テレビにカラオケを繋げ、準備完了。


集まったのは20人弱かな。その中でも積極的にマイクを要求するのは決まっている──河村さんと北原さんだ。


222号室の河村宗一さんは77歳で、ここブルースターではかなり若い利用者さん。一方、228号室の北原忠雄さんは87歳で、河村さんより10歳年上。2人とも軽い認知症はあるが、会話は普通にできる。しかし、この2人はほとんど話をしない。


どうやらお互いをライバル視しているらしい……でも何のライバルなのかは謎。


舞ちゃんがリモコンを持ち、1人ずつ歌いたい曲を聞いて回る。


端から順に回っているのに、ど真ん中に座る北原さんが手を挙げ、大声で曲名を叫ぶ。


「順番に聞いているだろう!」


真ん中に座りたかったが、北原さんがいるため少し間を空けて座っていた河村さんが怒鳴る。もう、バトルの始まりだ。


まずは当たり障りのない人から歌ってもらうが、北原さんと河村さんは、人の歌など耳に入らない様子で、必死に曲リストをめくっている。希望はすでに聞いてあるのに、2人とも次の、いやその次の曲まで考えているのだろう。


北原さんがリクエストした曲のイントロが流れると、河村さんは眉をひそめ視線を落とす。


マイクを握り、気持ちよさそうに歌い出す北原さん。だが──


眉をひそめているのは河村さんだけではない。ほぼ全員が同じ顔をしている──舞ちゃんまで渋い顔だ。おいおい……。


そう、北原さんはいわゆる“音痴”。本人にとっては至福の時間でも、周りにとってはまるで苦行。


「下手くそ!」


声の方向を見ると、大迫さん。それほど大きな声ではなかったので、北原さんの耳には届いていないだろう。本人は歌に没頭しているし。


「よくもまあ、人前で歌えるわね。聞いてるほうは拷問よ」


椅子の背にもたれ、腕を組んで言い放つ大迫さん。まるで審査員だ。


そのコメントは河村さんには届いたらしく、振り返ってニヤリとうなずいた。


北原さんが歌い終わり、次は河村さんの番。満を持して歌います、その曲名は──「イエスタデイ」


……えっ、ビートルズ!? 英語で? 攻めるなぁ。大丈夫か?


イントロが流れると河村さんはすっと立ち上がる。大抵の人は座ったままその場で歌うのだが、彼はいつも立って歌う。その方が声が出る、と本人談。


マイクを指先で水平に持ち、口元へ。歌い出した──


て、声ちっさ!


立つ意味あったのかな。普段からあまり声は出ないのに、今日はさらに弱々しい。しかもキーが合わず、裏声気味。


歌詞も問題。英語は苦手らしく、画面の英語ではなく、上にふられたカタカナのルビを必死で追う。画面の切り替えに追いつけず、文字を追うに精一杯。リズムも乗れない……まるでお経。


聴衆を見渡すと、ポカンとしている人、下を向いて耐えている人──楽しそうな人は一人もいない。


舞ちゃんは、というと──フロアの端で利用者さんの爪を切っている……。


ちらっと大迫さんを見ると、想像通りの表情。そして一言。


「こんなビートルズ、初めて聴いたわ!」


同感だ。珍しく意見が一致。それにしても、ビートルズがわかるなんて、さすがだな。


歌い終わった河村さんは、“やってしまった…”という顔をして、曲が終わる前に座った。背中が小さく見える。


そのあと何人かが歌い、北原さんと河村さんもあと2曲ずつそれぞれ歌った。北原さんのメモには10曲以上書かれていたが、時間的にも我々の忍耐的にも無理だ。


河村さんは選曲ミスから立ち直り、70年代の歌謡曲を熱唱。不思議なことに、あの“イエスタデイ”のあとだからか、いつもより上手に思えた。聴覚マジックだな。



そろそろ3時になる。あと1曲で終わりにしよう。


「大迫さん、歌いませんか?」


と、聞いてみた。


突然言われた大迫さんはハッとした表情で、


「私?いやよ。ばかばかしい」


と顔を背ける。


大迫さんは決して歌が嫌いではない。動画を流すと口ずさむこともあるし、飛び抜けて上手いわけでも下手でもない。


でも、カラオケでは決して歌わない。県議会議員として演説や講演もしてきた人だから、人前が苦手というわけではないだろう。


恐らく、自信のないことはしたくないのだ。


プライドかな。少なくとも“音痴”や“弱声”の仲間入りは、断じてごめんだろう。


歌うことを拒む姿は、少し頑固にも見える。でも、きっと本人なりの譲れない思いがあるのだろう。


そういうところ、少し、父に似ているな──



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