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カイゴシノワタシ  作者: 半田南都
第四章 ばかばかしい

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第二話 熱弁、そしてシュウマイ

部屋に帰ろうとする鈴木さんを引き止めようとしたが、やめた──とりあえず付き添って、鈴木さんと一緒に部屋に向かう。


しばらく黙っていた鈴木さんだが、私が「ごめんなさいね」と謝ると、少し不思議そうな顔をした。


それは、「あなたが謝ることではない」という意味なのか、それとも怒ったことをもう忘れてしまったのか…。どちらにせよ、一瞬でも嫌な思いをさせたことには変わりない。


鈴木さんを部屋に送り届けた私は、小さくため息をついてフロアに戻った。



音楽はまだ流れていたが、大迫さんの座るテーブルでは、誰も聴いている様子はなかった──大迫さんが何やら熱心に話している。どうやら鈴木さんのことのようだ。


「なぁに、あの人。戦時中のことを思い出したのかしら。でも、それを不愉快だと感じることなんてないじゃない。あれも歴史の一部よ。決して忘れてはいけない歴史。悲惨な出来事から目をそらすことは、ただ自らの理解や想像力を狭めるだけ」


熱弁は続く──。


「あの時代を知らない人にとっては、想像するしかないのよ。想像力を働かせ、知ろうとすることこそ、未来を生きる知恵になるの。私たちが過去と向き合うことで、同じ過ちを繰り返さず、人として何を大切にすべきか考える力が育つのよ」


熱弁はさらに加速──手を軽く振りながら、言葉ひとつひとつに説得力を込める。


「だから、逃げずに受け止めることが大事なの。過去をちゃんと見つめ、悲しいことも辛いことも含めて理解することで、私たちは今を生きる力を養え、未来をよりよく生きる知恵も手に入れられるのよ」


と、締めくくった──まるで選挙演説だ。周りの人たちはうなずいているけど、絶対わかってないよね。私でさえ、理解できたか怪しいのに。



おやつの時間が近づいた。一度部屋に帰った鈴木さんも、フロアに戻ってテーブル席へ。さっきの出来事を覚えているかどうかはわからないけど、見る限りいつもと変わらない。


おやつ用のお茶を入れながら、山野さんが私に話しかける。


「まあ、つらい思い出なんだろうね」


「ああ、鈴木さん?そうだろうね。ああいう映像を見たらトラウマのように思い出すんだろうね」


そういえば、母にもトラウマがあったな。



地方の中心に近い町で、母の実家は戦前から小さな雑貨店を営んでいた。


母が幼い頃は、まだ戦争の影が色濃く残っていて、物は少なく、売る品物も思うように手に入らなかったという。商売はなかなか成り立たず、8人家族の生活は大変だったらしい。


そんなある日、当時5歳か6歳だった母は、見たくないものを目にしてしまった。父親が、家の裏の小さな庭先で、飼っていた鶏を絞めていたのだ。


遠方から、はるばる一家の様子を見に来てくれた親戚をもてなすためにやむを得なかったらしいが、母のショックは大きかったという。ひよこの頃から可愛がり、“ピヨちゃん”と名付けて大事に育てていた鶏だったのだから。


その日の夕食に鍋として出されたが、母は一口も食べられなかったという。見るのも嫌で、すぐに奥へ引っ込んだそうだ。


それ以来、母は鶏肉を口にしなくなった。食べようとすると、あの光景が浮かんでしまうからだ。


それでも母は、私たち家族の栄養を考えて、鶏肉を使った料理も普通に作ってくれていた。だから私は長い間、母が食べないのは単なる好き嫌いだと思っていた。


大人になって理由を聞き、「そうだったんだ…」としんみりしたことを覚えている。



山野さんに何気なくその話を振ってみた。


すると、「そういうの、ここの人たちにも何人かいるよ」と返ってきた。


「ほら、食事形態の札、あるでしょ?」


食事は一人ひとりに合わせて用意されている。トレイには、札がちょこんと立てられ、名前や“刻み”“粥”などの食事形態、さらに禁止食品も記されている。


「“鶏肉禁”って書いてあるのは、アレルギーじゃなくて、そういう理由の人が多いらしいよ」


そうなんだ──。


この施設では、基本的に“好き嫌い”で禁止食品にすることはない。ニンジンが嫌いだから抜いてほしい、なんてことを認めてしまえば、次はピーマン抜き、玉ねぎ抜き……と、きりがなくなる。


でも、肉や魚の話になると事情は少し違ってくる。鶏肉に限らず、豚肉、牛肉、そして魚も、料理の主役になる食材ばかりだ。どうしても食べられない人には、アレルギーがなくても対応せざるを得ない。だから特別に“禁止”として扱われるのだろう。


その中でも、“鶏肉禁”の人が多いのは、母と似たような経験をした人が少なからずいるからなのかな。


ああいう時代ならではのトラウマを抱えている人って、案外多いのかもしれない。


と、少し真剣に考え込んでいると、話を聞いていたのか舞ちゃんが口を挟んできた。


「その話、わかります!私もシュウマイ、苦手だったんですよ!」


え?シュウマイ?


「私が中学生の時に、高校生だったお兄ちゃんがシュウマイ屋さんでバイトしてて、3日に1度はもらって帰ってきて。最初は美味しい! って、家族全員喜んでたけどそれが結構続いて」


うん。それで?


「でね、さすがに飽きてきたって言ったら週に1度に減ったけど、それが半年も続いたんですよ! 半年ですよ! で、それがトラウマでずっと私、シュウマイが食べられなくなったんです!」


山野さんと顔を見合わす。


「ね、さっきの話に近いですよね?」


いや、全然遠い。海の遥か彼方だよ。


「でも、最近克服したんでまた食べられるようになったんですよ!」


なぜかドヤ顔の舞ちゃんに一言、


「よかったね」


と微笑んで仕事に戻った。


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