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カイゴシノワタシ  作者: 半田南都
第四章 ばかばかしい

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第一話 「ばかばかしい」

「よっと!」


「ゴンちゃん、気をつけて!」


大丈夫。椅子に乗って背伸びし、天井のフックに紐をかけて──なんとか取り付け完了。


紐に等間隔にぶら下がった星、雪だるま、トナカイ、もみの木。こうして見ると、やっぱり可愛いなぁ。


フロアの一角には、私の背丈より少し低いクリスマスツリー。壁にも、利用者さんが折り紙で作った星やサンタクロースが貼られている。


昼食を終え、利用者さんたちが部屋で休んでいる間に、スタッフ数人でこの飾り付けを仕上げた。


今日から12月。外に出ることも少なく、窓からの景色も楽しめない利用者さんたちに、せめて雰囲気だけでも季節を味わってもらえたら……。



もうすぐ2時。そろそろみんながフロアに戻ってくる時間だ。


「あらぁ!可愛いわねぇ!」


お、さっそく吉井さん。


「もうすぐクリスマスですからね」


「そうなのね。おうちでもこんな風にしてるの?」


「んー、うちではしてませんねぇ」


「したらいいのに。お子さん、喜ぶわよ。あなた、お子さん何人いるの?」


久しぶりに出た、吉井さんのこのセリフ。


「私、子どもはいないんですよー」


「あらぁ、まだいらっしゃらないのね。これからなのね。ふふふ」


「そうですね」


久しぶりだから、この会話もちょっと新鮮かな。


201号室の吉井澄江さん、88歳。軽い認知症とはいえ、最近ますます物忘れが多くなっている。でも、いつもにこにこしていて、周りにも合わせるタイプだ。


「わー、きれいねー」


吉井さんに続いて、続々とやって来た。


口々に「素敵ねー」「かわいいわねー」と褒め言葉が飛び出す中、稲妻のように割って入ったのは──


「なによ、これ!ばかばかしい!」


212号室の大迫静枝さん。87歳とは思えないほど通る声で、フロアの空気を一瞬にして変えてしまう。


元県議会議員だった大迫さん。筋の通らないことは大嫌い。“知的美人”という言葉がぴったりの雰囲気をまとっている。若いころはきっと、今よりさらに華やかで美しかったのだろう。


身なりもきちんと整え、背筋をすっと伸ばしているせいか、施設の中でもどこか品格のある印象を放っている。


ただ、認知症の影響もあって感情の起伏が激しく、納得いかないことがあると、こうして感情のまま声を荒げてしまう。


大迫さんの一言で、みんなが「可愛い」と喜んでいた雰囲気は、あっという間にかき消され、フロアに微妙な空気が漂った。


それを察して、スタッフの橋本さんが明るく声をかける。


「もうすぐクリスマスですからね!雰囲気を味わってもらおうと、みんなで作ったんですよー」


しかし、大迫さんの怒りは収まるどころか、ますます声を張り上げる。


「もうすぐクリスマスなことぐらいわかってるわよ!この飾り付けよ!こんな幼稚園のお遊戯会みたいなの、私たちを馬鹿にしているにもほどがあるわよ!」


火に油を注いでしまった……。


「みなさんもそう思わなくて?」


周りを見渡して問いかける大迫さん。


「そうですねぇ。子供っぽいですよねぇ、ちょっと」


同意したのは吉井さん。


おいっ!さっき喜んでたじゃないの!ていうか、壁の飾り付けも、楽しそうに一緒に作ったじゃない!すぐ周りに合わせるんだから…。


そこへ高山さんがおずおずと発言。


「いやぁ…私は可愛いと思いますけどねぇ…」


頑張れ、高山さん!


しかし、鋭い視線が大迫さんから飛ぶ。


「あなた、おかしいんじゃない?私たち馬鹿にされてるのよ!」


心の中での私の応援も虚しく、高山さん、あえなく撃沈……。


「音楽でもかけましょうか?みなさん、何が聴きたいですかー?」


舞ちゃんが雰囲気をスルーして声をかける。


「音楽、いいわね」


「何でもいいわよ」


舞ちゃんの声に反応して、みんなそれぞれ自分の席に着く。


ナイス、舞ちゃん!

ナイス、強行突破!



フロアのテレビにはネットが繋がっているので、最近は色んな動画をみんなで即座に共有できる。便利な世の中だ。


でも、問題もある。それぞれ好みが違うので、選曲が難しいのだ。


動画検索で「高齢者」「懐かしい音楽」と打ち込むと、戦前戦後の歌謡曲や唱歌、昔の演歌など、様々な動画が提案される。


「何がいいですかー」


舞ちゃんがもう一度みんなに聞くが、答えはだいたいこうだ。


「何でもいいわよ」


なので、まずは懐メロから。「高齢者施設で流すだけ!懐かしい戦前戦後の流行歌」という動画を選んでみる。


“青い山脈”が映像とともに流れ、続いて“リンゴの唄”。さっきまで憤っていた大迫さんも、一緒に口ずさむ──ここまではよかった。


次に流れたのは“長崎の鐘”。モノクロ映像とともにメロディーが響く。


すると、ガタン、と誰かが立ち上がる音がした。


音がした方向を見ると、202号室の鈴木トメさんだった。険しい顔でシルバーカーを押し、フロアから立ち去ろうとしている。


「鈴木さん、どうかしましたか?」


私が聞くと、鈴木さんは立ち止まらずに進みながら、こちらに顔を向けて言った。


「不愉快だから部屋に帰るの」


そう言って足早に歩き出す。私は慌てて追いかけて声をかけた。


「何がですか?」


「嫌なの!こんなの見せられて。思い出すじゃないの!」


画面には戦後すぐの人々の姿が映っている。悲惨な映像ではないけれど、戦時中のことを思い出さずにはいられないのだろう。


鈴木さんが長崎出身かどうかは知らない。けれど、92歳の彼女にとって、あの時代は、まだ子どもだった頃。


きっと、胸の奥が痛む思い出なのだろう──。


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