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カイゴシノワタシ  作者: 半田南都
第三章 入りません

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第四話 決戦と余韻

機械浴は大きく分けて三種類ある── チェアー浴、リフト浴、そしてストレッチャー浴。


この施設で使っているのはストレッチャータイプだ。ストレッチャーにクッション性のあるシートが取り付けられていて、利用者さんは横になったまま浴槽に滑り込むことができる。



浴室に入ると、車椅子に座った林田さんと前田さんが待っていた。林田さんは、なんとなく雰囲気を察してか、すでに機嫌が悪そうにブツブツ言っている。


「さあ、林田さん、お願いしますね」


車椅子に座ったまま、上半身を脱がせるところから始める。


しかし林田さんは容赦ない。両手を振り回し、体をねじらせて、脱衣も一筋縄ではいかない。


「林田さん、大丈夫ですよー」


前田さんと私は両脇を抱えて体勢を安定させる。


「いやだ!やだー!」


腕を大きく振り上げ、私の肩に顔を近づけて噛みつこうとする。前田さんが素早く林田さんの体を支えた。


「おっと、ダメですよ、噛んじゃ」


──林田安彦さんは92歳。もともとは静かで寡黙な人だった。それが、昨年転倒して大腿骨──太ももの骨を骨折してからは、立つことも歩くこともできなくなってしまった。それに伴ってか、認知症も重度化し、不穏な様子が増えている。


なんとか上半身を脱がせると、次はストレッチャーへの移動だ。


「はい、横になろうか。ゆっくりね」


「やーだー、いやー!」


シートに乗せた途端、林田さんは必死にもがいて体を起こそうとする。落ちないように、前田さんと私は両脇をしっかり支え、背中や腰に手を添える。


ストレッチャー上で下衣を脱がせると、次は体を洗う。


「うわっ、待って待って!」


叫びながら、泡をつける手を払いのけようとしたり、身をよじって起き上がろうとしたり……林田さんを押さえながら、声をかけ続ける。


「大丈夫、大丈夫だからね、ゆっくりするからねー」


シャワーで泡を流し、洗髪と洗身がようやく完了。


ストレッチャーを浴槽に横付けし、シートを滑らせて入浴させると、私は一瞬ほっとした。


しかし林田さんは「熱い!熱い!」と叫びながら、まだ暴れている。


「わかった、わかった、ぬるめにするね」


と私が低めの温度でシャワーをかけようとすると、林田さんの視線がこちらに向き、私の手からシャワーを奪い取り──


「あーりゃまーーー!!!」


思わず声が出た。私に浴びせ返してきたのだ。


ずぶ濡れの私を見て前田さんは心配してる──いや、完全に笑ってる。気づけば私まで大笑い。


浴室の中には、笑いと叫び声が響いていた。



浴槽から出てストレッチャーに戻った林田さん。まだ少し体を動かして抵抗するものの、さすがに疲れたのか勢いは弱まっている。


手早く体を拭き、服を着せる。車椅子への移乗の時に一瞬叫び声を上げたが、それもすぐに収まった。脱衣所でドライヤーを当てながら髪を乾かしている間も、時々「あー、あー…」と声を出す程度だった。


あれだけ大騒ぎしたあとでおとなしくなったから、ぐったりしているように見えたけれど、


「さ、林田さん、おいしいジュースを飲みに行きましょう」


と声をかけると、手を叩いて笑顔を見せた。



林田さんを3階に送ったあと、前田さんと私は浴室に戻り、掃除を始めた。今日の機械浴は林田さんで終わりだ。


「権田さん、着替えなくて大丈夫?」


「うん、このあとすぐ着替える。もうだいぶ乾いてきたけど」


掃除をしながら前田さんが聞く。


「下着の予備、持ってます?」


「前に個浴で浴槽洗ってる時に、シャワーと蛇口の切り替え間違えて頭からお湯かぶったことがあってね。それ以来、持ってきてる」


「ははは。その時は濡れたままだったの?」


「ううん。施設の予備のリハパンを借りて履いた」


「へー」


リハパン──リハビリパンツ。パンツタイプの介護用オムツだ。


「その時に思ったの。なんかゴワゴワしてて、履き心地悪くて。みんなこんなの履いてるんだなーって」


前田さんは少し黙り、静かに口を開いた。


「俺ね、林田さんの気持ち、少しわかる気がするんですよ」


林田さん?急に名前が出て、ん?て思った。


「権田さん、あれ、乗ったことあります?」


ストレッチャーを指しながら聞く前田さん。


「え?ないけど」


「俺ね、乗ってみたことあるけど、結構怖いんですよ。特に高さが上がると、横の手すりがあっても少し不安で。横になってるとどのくらい高いかわかりづらいし」


そうか。頭ではわかっていても、実際に自分が体験すると感覚は全然違うんだろう。私がリハパンを初めて履いた時みたいに。林田さんだけでなく、ストレッチャーに乗る時は、他の人も差はあるけど不安な表情をするよな…。


「それにね、認知症の人からすると、“これからお風呂に入る”ってことが理解できていない時に、寄ってたかって服を脱がされたら“何をされるんだ”って、不安に思うと思うんですよね」


なるほど、ただの“嫌がり”ではなく、恐怖も混じっていたんだ。個浴で暴れた長谷さんもきっとそうなんだろう。


「まあ、こんなこと俺が偉そうに言うのも何なんですけどね」


少しはにかんで、前田さんはそう言うと黙々とモップで床を磨き始めた。



掃除を続けながら前田さんの言葉を思い返していると、母の姿が思い浮かんだ。


母もホスピスにいた時に機械浴を使っていたな──あの時も、不安そうに目を大きく見開き、手すりにしがみついていた。


体は動かさなかったけど、心は必死に抵抗しているようだった。そんな母の表情を鮮明に思い出す。


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