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プーリンプロティン王国~通称:プリン王国~

プーリンプロティン王国~王女様(七歳)と聖女ちゃん(十六歳)泥んこ事件~

作者: 尾黒

 プーリンプロティン王国で最も盛大な祭りであるプリン祭り開催まで残り数ヶ月。

 王国の中心であるところの王城内では、御歳七歳の王女様がダッシュで第三練兵場に向かっていた。

 昨夜雨が降ったのを、夜お手洗いに起きた時に気がついた王女様。

 程よく泥んこまみれの広い場所となっているであろう練兵場に思いをはせて眠りについた王女様は、お気に入りの長靴を装備して、朝も早くから時折スキップを織りまぜつつ走ってその場所へ向かっていた。

 長い亜麻色の髪はきれいに三つ編みにしてもらったが、王女様がぴょんぴょん跳ね回るたびに尾の様に一緒に跳ね回っているので、既にぼろぼろである。


 もう少しで外だという所で、通路の端、暗いところにうずくまって震えている塊が見えたものだから、王女様は足を止めた。

 いつも周りにいる大人達よりも、だいぶん小柄で、細いようであると王女様は思った。

 大人ではなくてもしかしたら子供なのかもしれない。

 王女様はもう七歳で、知らない人とは例え城内であっても近寄ってはいけないと言い含められていたけれど、数歩離れているし、近寄ったうちには入るまい。

 そのように判断した王女様は、塊のそばに立って声をかけた。


「どうしたの? お腹空いた? 朝ごはん食べられなかったの? おかしあげようか?」


 王女様の普段着は、いくら汚れてもいいように撥水加工のエプロンが必ずボタンで装着されており、そこには大きめのポケットがいくつかついていた。

 そのひとつに手を突っ込んで、ボロボロになったクッキーを取り出した。

 これはお腹がすいた時に食べようと思い、朝食の後にこっそりポケットに入れたクッキーだ。そこそこの枚数が入っていたはずであるが、これが最後の一枚。

 おかしは別腹というやつだ。

 けれども、待てど暮らせど塊はうずくまったまま顔も上げない。

 声も出さない。

 いや、よくよく耳を済ませれば細く泣いているような声が聞こえたのだったが、王女様は聞いちゃいなかった。


「ねえ、わたし、あなたにおかしあげようかって言ってるんだけど! こっちむいてお話ちゃんと聞いて! お顔見せて!」


 もしかしたなら不審者かもしれないという考えははるか彼方にぶっ飛んで消えていて、申し訳程度に離れていた距離をずんずん詰めた。

 そして、そこでやっと、小さく泣いている声を聴いたのだ。

 王女様はちょっとだけ考えを巡らせてから、クッキーをそっとポケットに戻した。

 手についたクッキーの欠片に気が付かないまま、ぽん、と震える塊の背中のあたりに手を置いた。


「よしよし、なんで泣いてるの? お腹すいたの? ころんじゃった?」


 いいこいいこ、と、いつも両親にしてもらうように背中を撫でた王女様。

 小さな手のひらは、こどもらしく熱いほどに温かくて、塊は泣く声をさらに殺しながら身じろいだ。

 王女様の手に促されるように顔を上げて振り向いたのは、少女だった。

 顔色は青白く、目許は赤く、頬は涙に濡れて、長い黒髪はぼさぼさであった。

 身にまとう衣服が濃紺を主体としていたために、うずくまったところが黒い塊のように見えていたようであった。

 王女様は、少女と目が合うと目を見開いて。

 そして、ちょっと笑った。


「そんなふうに泣いていては、あなたのきれいな目が溶けてしまう」


 突然大人びたような言葉を小さな女の子が口にしたので、少女は恥ずかしさを感じたのか俯いて、ごしごしと袖口で目元をこすった。

 すると、王女様は少女の腕に手を触れて言った。


「そのように俯いていたら涙を拭いてあげられない。ほら、顔をあげてこっちをみて」


 王女様のポケットには、柔らかい布のハンカチが入っている。水分をよく吸い取る素材だ。

 それを片手に、王女様は少女の顔を上げさせて、ぽんぽんと布で涙を拭いてあげた。

 5才の弟によくしているので、手慣れたものである。


 一方、自分よりもだいぶん小さな女の子に、泣き顔を見られ、みっともない姿を見られ、尚且つ大人びた言葉をかけられ涙を拭かれた少女は。

 ぽかん、と目と口を開けて呆けていた。

 そして、じわじわと女の子の言葉がしみ込んできて、だんだんと顔に熱が集まるのを感じた。


「あ、ありがと、う……」


 直前まで、ぎゅっと声を殺して泣いていたものだから、声がかすれてしまった。

 でも、女の子はそんなこと気にも留めないで、涙が止まったのを確認するとハンカチを自分のポケットにねじ込んだ。

 そして、にひ、と笑った。


「わたしの護衛の騎士がね、わたしや弟が泣いていると、こうやって涙をぬぐってくれるのよ」


 ああ、なるほど、だから妙に大人びた口調でイケメンなことを言えたのかと、少女は納得した。

 この女の子がとてつもない女たらしなのではないとわかって、少しほっとしたのだった。


「じゃあ、いこっか」


 かがんでいた女の子……王女様は手を差し出した。

 自然な仕草に、少女はゆっくりと立ち上がってから、その小さな手を取った。

 どこへ、と聞こうにも、王女様はにこにこと笑っているので、少女は口をつぐんだ。





「うわあ、いいかんじの泥んこ! ね! いいかんじだね! さ、おねえちゃんも泥だんごつーくろー」

「そんな雪だるま作ろうって誘うみたいに泥だんご作りに誘うことあるんだ……?」


 お母さまから泥だんごの作り方習ったからおしえてあげるね、と、王女様は黒髪の少女に言いながら、水たまりのある場所へ向かった。

 少女が連れてこられたのは、王女様の目的地、雨の後の練兵場。

 王女様が躊躇なく地面にしゃがみ込むものだから、おねえちゃんと呼ばれた少女は、慌てた。

 長靴を履いた女の子のスカートの裾が盛大に泥に浸かってしまったのだ。

 ああああ、と、何とも言えない声を上げながら、意を決して、女の子に倣って自身もしゃがみこむ。

 既に王女様は水たまりとその周辺の土を手で混ぜて泥を作っていた。

 仕事が早い。


 泥だんごは、水分を抜くかんじで、まるくしたら、かわいた砂でなでなでします。


 そんな風におねえちゃんに教えながら、王女様は自分の手のひらでできる限りの大きさの泥団子を作った。

 おねえちゃんと呼ばれた少女も、言われるがままに、けれども恐る恐るといった風に泥を掴んで、王女様の真似をしながらまあるい団子を作っていく。


 かわいた砂は、あの弓の的がある屋根の下の、雨の当たっていないところにあるのよ。まあるくなったらそこへいくよ。


 真剣なまなざしで手のひらの中の丸いだんごを眺めながら王女様が言えば、黒髪の少女は、急いで泥団子を成形した。なかなか難しい。水分の量によって固まりにくいところが出てしまうので、泥を足したりしているうちに両の手のひらより大きい団子ができていた。なぜこんな大きさに、と途方に暮れていると、王女様がうらやましそうにその手のひらをのぞき込んでくる。

 はじめてなのにとってもじょうずじゃないの、と、ちらちら自分の手もとの団子と見比べて言う女の子に、少女は、そっちの小さい方がいいなぁ、と言ってトレードを申し出た。

 すると、王女様は、「わたしの丸、じょうずだものね」と、もじもじ照れた様子を見せつつ、誇らしげに交換に応じてくれた。


 足も手も泥んこまみれだけれど、颯爽と立ち上がった二人は、乾いた砂のある所までゆっくりと歩いた。

 落として割ってしまっては困るので。


「そうそう、じょうずじょうず! 砂でなでながら、かたちもまあるくするのがコツなのよってお母さまが言っていたのよ」

「そうなんだ。お母さんは泥団子作りのプロの人なのかな」

「プロ、は、わからないけれど、お母さまはとってもピッカピカの泥だんごを作ってくれたの。大事にしてたんだけどね、われちゃったのよ」


 だから、雨の日を待っていたの、と王女様が言う。

 女の子が一生懸命話す声を聴きながら、少女は手のひらの上の玉に砂をかけて、そして、思い出していた。

 幼稚園の頃に、お友達と先生と一緒に泥んこ遊びをしたことを。

 泥んこ濡れになった手や足のまま、皆で水道のところまで走って行って、先生に水で洗ってもらった光景が思い浮かんだ。


 ぼたぼた、と、少女の目からまた涙があふれた。


 あ、また泣いてる! と王女様が声を上げる。


 しかし、二人とも絶賛泥まみれ中で、今度は涙を拭いてあげられない。クッキーも食べさせてあげられない。

 こまった、と王女様はひとつ唸ってから。

 泥だんごを両手に持ったまま、立ち上がった。ばらばら、と、王女様のエプロンから砂が落ちた。


「あーーー、こまっちゃったなー! わたし、とってもこまっちゃったーぁ! だれかわたしのポケットからハンカチをだしておねえちゃんの涙を拭いてくれる人、うっかり来てくれないかなぁあああ!!」


 王女様のわざとらしい声があたりに響き渡る。


 暫くすると、練兵場の外から一人の大柄な、短髪の壮年の頃の男が現れた。二人の子供を驚かせないようにゆっくりと近づいてきて、慣れた様子で王女様のそばに片膝をつき、ポケットからお望みのままにハンカチを取り出し。

 失礼、と一言告げてから、少女の涙に濡れた目元にハンカチを押し当てた。

 ついでにちょっと出ていた鼻水もぬぐった。

 手慣れている。

 こどもの顔を拭き慣れている。

 そして、使用したハンカチは自分の懐にしまって、新しいハンカチを取り出して王女様のポケットに入れた。

 手慣れている上に、手厚い。

 木のお盆のようなものをまた懐から取り出したその男は、汚れてもよさそうな布をお盆の上に敷くと、王女様の手の中から泥団子を受け取りその布の上に置いた。

 男は、びっくりして涙が止まった少女の手から泥団子を受け取り、王女様の団子の隣に置くと、それを持ったまま立ち上がった。

 ちら、と、子供たちへ視線を遣ったあと、練兵場の端、ちょうど建物の陰になるところに向かっていき、そこへお盆を置いた。


「おねえちゃん、とおりすがりのいいひとが泥団子をかわかすのに一番いい場所にもっていってくれたから、あんしんしてね」


 男は、一礼するとその場から静かに立ち去って行った。

 その背を呆然と見送っていると、王女様がにこにこと笑いながら言った。

 ちがう、泥団子の未来を憂いていたわけじゃなくて。

 そう言いたかったけれど、少女は口をつぐんだ。

 なんだか、色々と考えてしまってふさぎ込んでいた気持ちが、少し晴れたように思えたから。

 雨の後の空は、どの世界でも同じく爽やかだった。


「泥団子をピカピカにするには、ちょっとお休みさせないといけないからね。またあとでね。……ところで、おねえちゃんは、どこのなんていうおねえちゃんなのかしら?」


 今聞く? もっと早く気にした方がよかったんじゃない? なんて色々少女は思ったけれど、よく考えたら自分がこのくらいの年の時は、公園で会った知らないお姉さんやお兄さんと、知らないまま遊んだこともあった。

 自分と、この女の子は同じなんだ。違う世界の生き物だって思って怖がっていたのがバカみたいだ。外国に来たと思えばどうってことない。きっと。多分。


 泥だらけの手で、泥だらけの小さい手を握って、少女は笑った。


「異世界から事故でここに来た、『聖女』という役目を持ったおねえちゃんです。あなたは?」


 王女様は、手をにぎられて、ざらざらして、それがちょっとくすぐったくて笑って言った。


「プーリンプロティン王国、第二王女です! わー! 『聖女』ちゃん、しってる! よかった、しらない人じゃなかったー!」


「まって! 王女様!? え!? うそでしょ!! 泥……、不敬罪……!? どうしよう!!」


 泥んこ遊びで仲良くなった二人は、その後揃って怒られて、お風呂に入れられて、ぴかぴかにされて、ごはんをいっぱいたべさせられて。


 元気もりもりの王女様と元気になった『聖女』ちゃんは、お揃いのエプロンを装着してその日の午後には泥団子を完成させるのであった。




「王女様のお母さまって王妃様、だよね」

「うん、そうよ」

「泥団子の作り方を教えてくれたのが、お母さまって言ってたよね」

「うん、そうよ」

「……王妃様、泥団子、作れるの……? なんで……?」

「お母さまはねぇ、なわとびもじょうずよ。三重跳びもできてすごいの」

「王妃様が……!? 三重跳びを……!? 王妃様という存在がわからない……!」


 end




王弟に城に連れてこられた冒険者のその後↓




「俺、確かに仕事あったらするって言ったよ……?」

「ああ、ありがとう。助かってるよ。プリン楽しんでるかい?」

「プリン、マジ美味い。なにあれ、俺の今まで食ってたプリンはプリンじゃねぇ」

「喜んでくれてよかったよ」

「……ちがうんだなー、俺が言いたいこと、そういうことじゃないんだなーーー。俺、ただの冒険者でぇ、ちょっと祭り見学しようと思ってただけなんだけどよぉ」

「まあ、祭りはまだ先だから」

「それはわかってる。泊めてくれてありがとよ。けど、俺が思ってたのと違うんだわ。俺、王城に泊まるなんて思ってなかったんだわ」

「君がそういって駄々をこねるから、客室じゃなくて俺の部屋に簡易ベッド入れたんじゃないか」

「それもホント意味わかんねぇんだけど、今はそっちはいいや。……それはまあ、いいとして、俺、なんであんたの側近みたいになってんの。え、なんで? なにゆえ??」

「それはこっちもよくわからないんだけど、君がいるから帰って来たように思われているみたいで」

「そんなことある……? なんでだよ! あんたが全然帰らないからだろ! もっと帰ってやれよ!」

「しかもプリン祭り終わるまでいるって言ったら理由を聞かれて、君が祭りに参加するからだっていうことを言ったらこんなことに」

「全般的にあんたのせいーーーー!!」

「……あ、知り合いのプリン専門店に顔を出すけど、一緒に行くよね?」

「あんた……、俺のことプリンで何とかなると思ってんだろ。なるけど。行くけど」

「じゃあ、準備が出来たら南の城門裏集合でよろしく」

「仕方ねぇな……。いや、仕方ねえなじゃねえんだよな、どうすんのこれ……」



end

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