創作論7:女性の家事描写はあるべからず
原案:蒼風 雨静 作;碧 銀魚
翌日。
細かい設定が決まったので、いよいよ漫画自体を描き始めた。
ただ、今日に至るまで、クリオリに何度も表現規制を指摘されているので、ラフの段階で1ページずつチェックを入れてもらうことにした。
早速、1ページ目が出来上がったので、ゆり子はパソコンを立ち上げた。
『こんにちは、田中ゆり子さん。』
「こんにちは。漫画の1ページ目が出来たんだけど、チェックしてもらっていい?」
『はい、お任せ下さい。』
ゆり子は1ページ目ラフの画像データを、クリオリのアプリに放り込んだ。
待つこと、3秒。
『残念ながら、このページは規制に引っかかる危険性が高いです。修正を推奨します。』
「え~?そんなにヤバい描写あった?」
この1ページ目は、主人公の佐倉井美園の日常シーンから始まっており、朝起きて、出勤準備をして、母親が用意してくれた朝食を食べて、家を出るというだけだ。
無論、母親はグラマラスではないし、罵詈雑言も誰も言っていない。
『6コマ目に、主人公の母親が朝食を作っているシーンがあります。母親が料理をするシーンは不適当と見做される危険性が高いです。』
「え?普通じゃない?」
ゆり子の母親も、よく料理をしている。
『女性が家事をしている描写は、家庭内での家事分担を母親に全て押し付けていると見做され、規制の対象になります。修正することを推奨します。』
「え?母親が家事やってたら、ダメなの?」
これまた意外な返答だ。
『そういうわけではありませんが、現代では家事は夫婦で分担するのが良しとされており、母親のみが家事をしている状態はよくないとされています。』
「じゃあ、このシーンは、たまたま母親が料理をしてたってだけで、問題ないじゃん。」
『しかしながら、創作界隈では女性の家事描写は嫌われる傾向にあり、例え男性女性両方の家事シーンがあったとしても、女性の家事シーンのみが批判されることが多々あります。その為、近年では出版社やテレビ局などでは、自主規制の対象となっています。』
「マジで?そんなに母親って、家事やったらダメなの?」
『はい。そもそも、戦前から日本では、女性は結婚したら家庭に入って家事全般をするのが当然とされていました。それは戦後や高度経済成長時代になっても変わらず、2000年前後からようやく問題視されるようになってきました。これは、バブル崩壊以降、経済環境の悪化により、夫婦共働きが増えた為、女性に仕事と家事の両方の負担がかかるようになったことが原因とされています。以降、男性の家事負担が推奨されるようになりましたが、旧来然とした価値観が残ったこともあり、なかなか男性の家事参加は促進せず、2050年代になっても、男性の家事参加率は僅か20パーセントとされています。その為、機運醸成の為に、創作物では家事負担は男性と女性は平等にするよう、政府から通達があったと言われています。』
「ところがそれが行き過ぎて、母親が家事をしているシーンそのものが、規制されるようになった……と。」
ゆり子はバカにしたようにつぶやいた。
『はい。本来は男性女性両方の描写があれば問題はありませんが、出版や公表を目指すのであれば、女性が家事を行う描写は避けた方が賢明と考えられます。』
「それはそれで、男性差別のような気もするけど……」
どうにも、規制を避ける為に、逆に差別的な表現にならざるを得ないことが多い気がする。
これを本末転倒と言うのではないだろうか。
「まぁ、いいや。取り敢えず、このシーンはお父さんが朝食を作るシーンに描き替えて、今後もお母さんや主人公本人が料理をするシーンは描かないように、気を付ければいいわけね。」
『いいえ、先日指摘した通り、男性キャラクターの描写は、それ自体が規制対象となっています。』
「あっ、忘れてた!」
全てのお父さんは、創作物において暴力的で卑猥な存在なのだ。
「じゃあ、結局家事の描写自体ができないじゃん!何よそれ……」
『はい。それだけでなく、“親”という存在自体、あまり描写をお勧めしません。子供が成人していれば、既に猥褻な行為から足を洗っている久しいと考えられますが、』
「猥褻な行為から足を洗ってる、とか言うな。」
『はい。それでも、そういう猥褻な過去を持っている人物ということになっているので、規制の対象になっていませんが、あまり出版社等から歓迎はされません。』
「子供が成人してるからって、“猥褻な行為”をしてないとは、限らないと思うけどね。」
ゆり子は自分の両親を思い浮かべた。
「まぁ、多くは語らないけど、案外子供は、親のことをよく見ている、とだけは言っておきたいところね。」
『どういうことでしょうか。』
「AIには、1億年早い話よ。」
ゆり子はタブレットを取り出した。
「とにかく、家事の描写は、そのものをカットするわ。どうやっても、上手くいかなさそうだし。」
『はい。それで問題ありません。』
そこでふと、ゆり子はあることに気付いた。
「ねぇ、クリオリ。この家のお母さんは専業主婦っていう設定なんだけど、これだとお父さんは仕事に行きながら、家事を半分負担して、お母さんは残り半分の家事負担だけをしてる形になっちゃうんだよね。これだと、家庭における負担が、お父さんに偏ってるってことになるんだけど……それって、問題ないの?」
『問題ありません。』
クリオリはあっさり言い切った。
「そうなの?」
『男性側の負担が大きく表現されることは、規制の対象となることはありません。』
「……マジで言ってんの?」
ゆり子は血の気が引くのを感じた。
男にとっては、本当に恐ろしい世の中になったものだ。
女に生まれてよかったと、ゆり子は心底思った。
『創作物の表現では、女性の家事描写への配慮が求められますが、現実世界で求められるのは、飽くまで男女両方の家事分担です。家庭生活において、男性のみが家事が出来ればいいというわけではありませんので、女性にも等しく家事能力が求められます。』
クリオリが、若干ズレたことを言い出した。
まぁ、この手のAIでは多少仕方がない。
「その通りではあるけど。」
『ところで、田中ゆり子さんは、家事能力がありますか?』
「うるさい。」
ゆり子はパソコンの電源を落とした。




