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乙女ゲームの攻略対象が全員 ハゲ……


「リリア、君を愛している」


 花の咲き乱れる中庭。初めて出会った噴水の側。真剣な顔をしてそう仰る王太子殿下の言葉に、私は……吹き出すのを我慢するのに必死だった。


「っお、お断りっ、させてっ、ください」


 声が震える。不敬罪で訴えられないか心配。でも無理耐えられない。


「そ、そうか。すまない、私の勘違いだったのだな……」


 本当に王子ルートを終わらせていいのかの確認コマンドで一度断らないと見れないセリフ。イケメンの憂顔。それが見たいがために、大抵のプレイヤーはわざと選ぶ。そして、最終確認コマンドで「ごめんなさい、嘘です」を選択して、王子ルートのハッピーエンドを迎えるはずなのだが……。


「っ本当にごめんなさい!」


 私は断る!

 そもそもタイプじゃないのもあるが、


 ハゲ!!!!!!


 なのである。王子どころか攻略対象全員、ハゲなのだ。自然に抜け落ちた形ではなく、不自然に。


 インディーズの乙女ゲーム、「ときめき学園〜fateful encounter〜」には伝説的なバグが存在する。

 どんなものかと言えば、スタート画面のコスチューム変更ボタンを課金しないで連打すると、攻略対象が全員ハゲになるという致命傷では済まないもの。

 あるプレイヤーがSNSに投稿した結果大バズりした。そしてそれを見て買った馬鹿こそ、この私。いや、弁明させてほしい。

 ……あの時は、ヒロインに転生するなんて思ってなかったんだよぉぉぉぉ。


 別にハゲが悪いわけじゃない。女だって年とりゃハゲるし。何を隠そう前世の父もハゲていた。皆遅かれ早かれハゲる。病気の人だっているわけだし、しょうがないことだし、笑っちゃいけない。うん。

 ただ、”乙女ゲームとの”相性が悪すぎた。


「やぁ、カワイ子ちゃん。偶然だね〜」


 振った後廊下を歩いていれば、声をかけられた。王子ルートをやめたから、今度は軟派な先輩キャラとのフラグですか。

 ……意を決して振り向くと、立ち絵通りの前髪を掻き上げるポーズが目に入る。髪、ないのに。バグで後ろのロン毛だけ残ってて、落ち武者ヘアーなのに。

 勘弁してほしい。ほんと、笑っちゃうから。一発芸か何かだと思っちゃうから。


「ぐ、偶然ですね。ジェフリー先輩……」


 乙女ゲームのキャラって、結局のところ毛量ありきな気がする。毛量でクサいセリフをカバーしてる気がする。無理、ハゲだとかっこよくない。


「これからお茶でもどう?」


 バチコーンと星が飛んできそうなウィンク。デートイベントね。わかってますよ、わかってるんだけども。

 乙女がときめくようなおしゃれカフェで、紅茶を吹けと仰ってるんだろうか、この人は。


「すみません、用事がありますので……」


 そう言って走り去る。早く、この笑ってはいけない乙女ゲーム世界から逃れたい。



「あれぇ、リリアだぁ! そんなに急いでどうしたのぉ?」


 一人断れば矢継ぎ早に、花のエフェクトがついていそうな美少年が駆け寄ってくる。多分インディーズじゃなかったらCV村●歩。つまりは小悪魔系ショタ。

 もうやめてよぉ。本来ならふわふわな髪がつるっぱげだよ。ビジュと声が一番合ってないよ。


「っす、すみましぇん。急いでっ、ますのでぇ!」


 ぬおおおおおお。

 死ぬ。死んじゃう。気を抜いたら、乙女ゲームのヒロインが廊下で腹抱えて笑い転げちゃう。今更だけど世界観が壊れちゃう! 耐えろ。ここがヒロインの正念場!



「おい、廊下を走ったら危ないぞ!」

「うぇ?」


 全力疾走していると、大きな手に腕を掴まれた。怒涛の攻略対象ラッシュ。熱血漢キャラであり騎士団長の……。

 すごい、筋肉とハゲって合う。今までのミスマッチに比べれば、心の余裕が持てる。


「ふぅ……こんにちは。ゴドリック様」

「おう! 今暇か? 体力が有り余ってるのなら、手合わせしたいんだが……」


 キラリと歯を光らせ目を輝かせるゴドリック様。

 前言撤回やっぱり無理。乙女ゲーム以前に、ハゲの筋肉と戦ったら死んじゃう。強キャラすぎる。


「すみません、イライザ様と予定がありまして……」


 もう勘弁してほしい。今まで回避できるイベントは全回避してきたせいだから、自業自得ではあるけれども。

 絶対今度からは、一つのルートが終わったら寮に直帰することにしよう。今までは基本王子、時々ほかのキャラだったからいいけど、こんなに来られるとツボが限界を迎える。そもそも浅い方なんだ、私は!


「そうか、それはしょうがないな!」

「はいっ! では!」


 またもや廊下をダッシュ。ゴドリック様がなんか叫んでいるけれど聞こえない。

 イライザ様……イライザ・スカーレット侯爵令嬢とは、さっき振った王太子殿下の婚約者であり、今作の悪役令嬢。本来なら対立する立場だけれども、


『実は呪いで、殿下たちの頭髪がないように見えるのです!』


 といじめイベント初日でぶっちゃけてからの親友だ。イライザ様の執事のヒューゴとも馬が合って三人で話すのはとても楽しい。攻略対象じゃないから二人とも勿論髪があるし、私の安息地。



「申し訳ありません、遅れました」

「あら、ご苦労様。殿下はどんな間抜け面をなさっていたの?」


 駆け込むように、生徒会役員しか入れないバルコニーの扉をバァンと開けた。対して、優雅に紅茶を嗜んでいるイライザ様。急いで椅子に座った私の分の紅茶も淹れてくれるヒューゴ。相変わらず優しい。好き。


「ああ、ええと、間抜け面というか……傷ついた顔してました」

「まぁ! ますます見たかったわ。殿下のそんな可愛らしいお顔」

「イライザ様……相変わらずですね」



 言い寄られても仲がよかった理由はここにある。イライザ様は殿下にぞっこんなのだ。言い寄られたことを伝えた時は……恐ろしかった。


『あら、でもあなたに殿下を慕う気持ちはないのでしょう?』

『ええ。それよりもハゲの方に目がいきます』

『なら別にどうでもいいわ。殿下も、毎日シャトーブリアンでは飽きるのでしょうから。好きにさせておきましょう』


 浮気をされてもいいほどの愛の深さと自分をシャトーブリアンに例えるような自己肯定感の高さとユーモア。器が大きすぎる。私は王子のような浮気するタイプは絶っ対お断り。イライザ様には、あなたは殿下の黄金の如き御髪が見えないなんて残念ね、と言われたけれど、見えなくてよかったと思う。



「あなたこそ、殿下の良さがわからないなんて……いいえ、殿下の良さは私だけ知っていればいいわね」

「浮気性でも……?」

「自分の身分を忘れ、色恋に走る純粋さも可愛らしいじゃない」


 恍惚とした表情で頬を赤く染めるイライザ様。インディーズだからってここまで頭のおかしいキャラのラインナップにしなくてよかったんじゃなかろうか。恋愛フィルターすげぇー。

 私だったら、もっと誠実で、面倒見がよくて、優しい人がいい。イケメンじゃなくていい、もはやハゲていたっていい。例えばヒューゴみたいな……。まあ、そんな人、乙女ゲーム世界にはいないか。


「はぁ……」


 思わずため息をつくと、イライザ様がふとした様子で尋ねてくる。


「そういえば、卒業後の進路は決まったのかしら?」

「それが……まだ……」


 ハゲフィルターよりも死活問題を思い出させられる。

 貴族の通う学園に、優秀すぎるが故に入った平民の子。そんなありきたりな設定なのに、全然スカウトが来ない。もう二年生も終わりかけなのに。このままじゃ親に合わせる顔が……。


「なら、私に仕えるなんてどう? 好待遇で高給取り、私とパジャマパーティーし放題よ。おまけにヒューゴもついてくるわ」

「ちょっ、イライザお嬢様!」


 慌てているヒューゴは置いておいて、これは渡りに船。就職に悪役令嬢。神様仏様イライザ様……!


「いいんですか!?」

「ええ。あなたの優秀さはよく知っているし、側に置いておけば殿下も変なことは考えないでしょうし。乳母だってあなたがいいもの」


 さすがイライザ様、抜け目がない。それにしても乳母って一体どういう……。


「あら、あなたって案外鈍かったのね」


         *


 卒業後、無事にハゲだらけの乙女ゲームを終え、イライザ様の側近として就職した私は、ヒューゴと結婚していた。どうやら、ヒューゴは私に片想いしていて、私は無意識にヒューゴを慕っていて……イライザ様が言うところの両片想いだったらしい。

 あの殿下に盲目なイライザ様が気づいて、ヒロインたる私が気づかないとは一体……?


「イライザ様、授乳終わりました」

「ご苦労様。私の可愛い坊やは?」

「お腹いっぱいでそのままお休みに……」

「あらそう! じゃあちょっと旦那様のところに行ってくるわね」


 攻略対象が全員ハゲるバグのおかげで、乙女ゲームはシナリオ破壊され、こちら側としてはすべて丸く収まってしまった……。殿下は年々イライザ様に骨抜きにされているし、私は毛量に隠された地雷ではなく、モブだけれども私のタイプな人と可愛い子供を授かった。その上、平民から王子の乳母なんていう超出世ルートを辿っている。


「イライザ様、書類をお届けに……ってああ、またか」

「お疲れ様ヒューゴ。私今から休憩に入るんだけど、一緒にどう?」


 二人で話しながら休憩室へ向かう。何気ない、主君や子供についての会話。そこに甘ったるい空気や歯の浮くようなセリフはない。

 食堂の脇を通った時、料理長のつるっぱげが目に入った。まさか続編とかの攻略対象じゃないよな……とつい気にしてしまう。

 休憩室に入った途端、ヒューゴに顔を向けさせられた。キスしそうなくらい近い。でも、二人きりとはいえ、ヒューゴは職場でいちゃついたりしない。そんなところが好き。

 なあに、どうしたの?


「……リリアは、俺がハゲたら嫌いになる?」


 不安そうな顔で、そう溢すヒューゴ。ん?? 嫌いになる??? 


「っそんなわけない。ハゲだろうとなんだろうと好きだよ」


 ヒューゴは、髪がなかったら言えないような、体を搔きむしりたくなるセリフを言わない。毛量がなきゃ許されないポーズをしない。実直で真面目で、一途で誠実な人だ。


「それに、ハゲになるってことは。それだけ長く一緒にいたって証拠でしょ。途中過程含めて楽しむよ」


 ハゲてもかっこいい、生涯ただ一人、私だけの隠れ攻略対象なんだから。

 読んでいただきありがとうございました。ハゲても愛す純愛です。

 ブクマ、評価などして頂けると作者喜びます。また、コメント(ツッコミ)などお待ちしております。

 作者は昔文化祭で、カキフライで腹を壊して死ぬギャルゲを作りました。割と好評でした。

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― 新着の感想 ―
昔のMMORPGは人口密度が高いとハゲてたなぁと思い出しながら読ませてもらいましたw お話に記載されているように不自然なハゲなんですよねぇ。 スクショ撮ってゲーム内の友達と笑いあってた懐かしい思い出w…
大変楽しく拝読致しました ラストまでの疾走感スゲェ ヒロインちゃんにしかバグが通用しない理由は 神のみぞ知る感じですかね(*^ω^)ハゲーン 牡蠣はマジヤベーので現実ではお気をつけを>< 酢の物でト…
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