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自室に戻った私は、フリルとレースがふんだんにあしらわれた、袖の長い真っ赤な豪華なドレスを脱ぎ捨てベットの上に放り投げた。
予め用意しておいた、冒険者用の動きやすい服装に着替える。
シワのないフリルの付いた真っ白なブラウス。胸元には紺色のシックなリボン。
コルセットスカートは、王族・貴族からははしたないと怒られそうな紺色のミニスカート。
黒のニーハイソックスは落ちないようにガーターベルトでしっかりと留める。
紺色のリボンがあしらわれた可愛らしいショートブーツを履いて、鏡の前に立ち身だしなみを整える。
ソードベルトを腰に巻き右側に師匠から貰った美しい装飾の剣を差す。
腰下まである長い髪は纏めて上の方で括りポニーテールにしてリボンで結う。
最後に、上からペリースを掛れば、私はもう王女ではなく冒険者にしか見えない。
私は逸る気持ちを抑えながら、自室の扉を開けた。
お世話になった私の専属メイド達や専属護衛達に挨拶をしながら、階段の手すりを滑り、長い廊下も駆け抜けていく。
お城の出入り口。
いつもは見張りの兵がいるが、今はその兵の姿が見当たらない。
その代わりに、城の大きなドアの横で壁に背を預け腕組をしてお兄様が立っていた。
食事会で最後まで何も言わなかった一番上のお兄様が。
私は悪戯っ子のような笑みを浮かべお兄様に話しかける。
「私のことを止めに来たのですか?」
お兄様は私が冗談で言っていると分かったのだろう。
フッと笑みを零し、腰に付けるタイプの可愛らしいバックを差し出した。
「これは……?」
お兄様のことだからきっとこのバックにも意味があるのだろう。
しかし、バック以外の何物でもないため全く見当がつかず首を傾げる。
「それは、マジックバック。
モンスターから落ちたアイテムや傷薬なんかを無限に入れておける便利な道具だ。
普通なら、アイテムボックスという誰でも使えるスキルを使ってアイテムを保管するが、お前は魔力が無いから使えないだろう。」
「要するに、魔力無しの私でもアイテムボックスのスキルを補うことが出来るのが、このマジックバックということなのね。」
「そうだ。」
私はマジックバックをぎゅっと抱きしめた。
「お花の刺繍が施されたとても可愛らしいバックをありがとうございます。誰かに頂いたのですか?」
お兄様がこんなに可愛らしいバックを買うはずがないと、問いかける。
「それは、お前に用意したものだ。
お前がいつか旅に出ると言った時に渡そうと特注で作った。」
「私のために……ありがとうございます。」
私のために作ってくれたことも嬉しかったが、私が旅に出るという前提で作っていてくれたことが何より嬉しい。
だらしなく頬が緩んでしまうが、ここにはお兄様と私しかいない。
お兄様は一件冷たそうに見えるが、時期国王として常に冷静沈着なだけで、とても優しい人ということを私は知っている。
お父様にもお義母様にも二番目と三番目のお兄様達にも、いつも魔力無しの能無しだと言われてきた。
でも、フォルテお兄様だけは違った。
私を私として見てくれる。
こうして魔力無しの私でも使えるアイテムを幾度となくくれたのも、冒険者になりたいという夢を否定せずに剣の稽古をつけてくれたのも、私という存在を否定しなかったのも、フォルテお兄様。
今こうして、私が冒険者になろうと旅立てるのはフォルテお兄様のおかげだ。
私は少しでもたくさんの感謝が伝わるようにとフォルテお兄様に突進するような形で抱きつく。
私のことを難なく受け止めたお兄様は、少しぎこちないけれど優しい手つきで頭を撫でてくれた。
それが嬉しくて私はさらにお兄様を抱きしめる。
「フォルテお兄様。ありがとうございます。
お兄様のお陰で私はこうして旅立つことが出来ます。」
「俺は少し手助けをしただけに過ぎない。
ここまで来れたのはお前の努力あってこそだろう。」
お兄様が私の頭から手を離す。
私の肩に手を載せるのを合図にお兄様から離れた。
少し寂しく思うが、これから旅立つのだ。
感傷になど浸っている暇はないと自分を律する。
しかし、お兄様は私の寂しさに気づいていたのだろう。
「これから先も、魔力無しと馬鹿にされるようなことがあるだろう。
だが、お前は強い。馬鹿にされても常に胸を張れ。堂々としていろ。お前が卑屈になる必要は一切ないのだからな。
もしも、この先辛いことがあったらいつでも帰って来い。」
「その時は、お兄様が慰めてくれるのですか?」
「ああ。お前は俺の妹なのだから、当然だ。」
妹という言葉に心が暖かくなる。
私はフォルテお兄様の妹で良かった。
どちらともなく微笑み、私は扉の外へと足を向けた。
「行ってこい。ダリア。
お前が世界に平和をもたらせ。」
お兄様の力強い声に背中を押される。
だから私もありったけの力の籠った声で言う。
「はい!!行ってきます!お兄様!!」
旅たちの日の空は雲一つない。青くて、青い空が広がり、どこまでも澄み渡っていた。
世界を明るく照らす太陽は、いつもの何倍もキラキラと輝いている。
まるで、私の晴れやかなる門出をお祝いするように。
これが、これから紡ぐ物語の、最初の一ページ目である。