新たな出会いと決意を胸に≪side 光希≫
≪光希視点≫
「あぁ、透くんと柘榴ちゃん、もう来てたの?…………君が新しく来るって聞いてた、菱谷光希くん?遊撃部隊からの出向って珍しいね。どうしてこっちに?」
声の方を向くと、制服姿の一人の女性が立っていた。羊毛のようにふわふわした髪と、眠たげな瞳が印象的だった。まるで今にも夢に落ちそうな顔つきだ。
「ど、どうも……。今日から大隊に復帰したんですが、大隊長から代理で出向してほしいと頼まれて……。ねえ、透。この人……先輩だよね?眠そうだけど、ほんとに大丈夫?」
「言っていなかったな。彼女はこの班の班長の村雲美琴さんだ。眠たそうにしているけど、あれが普通だからあまり気にするな。」
今にもとろけそうな蜂蜜色の瞳が、僕を吟味するように細められる。頭からつま先まで見ることで、僕のことをじっくりと見定めているようだ。
見定めたあと、血豆の浮いた鍛えられた手が、そっと僕の肩に置かれた。
「あぁ、そういうことか。……ふーん、キミも面倒なことになったねぇ。まぁ、しばらくの間よろしく。」
彼女はそのままソファの上に寝転がると、眠ってしまった。あまりに自然すぎて、驚く間もなかった。
透と柘榴は美琴の様子にまったく動じず、話を続けている。……これが、この班の“普通”らしい。
僕も二人に交じって話を再開しようとしたとき、廊下から走る音が聞こえた。しかも段々音が大きくなる。……こっちに向かってきてる?
「美琴さん!」
足音と共に、困ったような、焦っているような声が耳に入る。
「……置いて行かないでくださいよ。飲み物を買っていたらいなくなっていたって誰が思うんです?」
先ほどの柘榴ちゃんとは対照的に、掠れるような弱々しい声を絞り出しながら、今度は一人の青年が入ってきた。息を整える暇もないほど急いだのか、肩を大きく上下させている。
「うぅん?……あぁ、忘れてた。……ごめん。」
「ちょっとどころじゃないですよ!!本当に、困ったんですからね!!」
その叫びを聞いた瞬間、美琴先輩は……気だるげなままではあったけど、どこか申し訳なさそうにソファに腰を下ろした。ただ、あまりにも表情が変わらないから勘違いかもしれないが。
それにしても、ただ走ってきただけとは思えないほど服がボロボロだ。所々かすり傷が見える。
「あの、大丈夫ですか?……これ、ハンカチ使ってください。」
「ありがとうね。君、初めて見る顔…………あ、あぁ~!!君……君だよ!!」
「ちょ、なんで肩を掴むんですか⁈……いきなり何なんです!」
青年は僕を目視したかと思うと、急接近して僕の肩を激しく揺らす。やけくそ気味な勢いで、やり場のない気持ちを発散しようとしているのか。いや、何で僕なんだ。
彼に会うのは間違いなく初めてだ。もし以前に出会っていたなら、これほど強烈な印象を忘れるはずがない。
何しろ、出会って早々、他人の肩を掴んで揺さぶるような真似をするのだから――印象に残らない方がおかしい。
「隆志、彼を離しなさい。初めて会う人に理由も言わないで掴みかかるなんて失礼よ。」
「あ、すみません。……いきなりこんなことをしてしまって。」
ようやく我に返ったのだろう。僕の顔をじっくり見つめたかと思ったら、その幸薄そうな顔はさらに青ざめる。気絶してもおかしくないくらいふらふらとしているのを見ると、混乱よりも心配の方が勝るのだ。
「だ、大丈夫ですよ。……自己紹介していませんでしたよね。僕は【遊撃部隊】から一時的に出向してきた菱谷光希です。しばらくの間よろしくお願いします。」
「あんなに失礼なことをしてしまったのに、心配してくれるなんて……!君はいい人だ。……そうだ、自己紹介だったね。僕は添田隆志。この班の副班長だよ。」
今度は僕と握手をしながら腕を激しく上下に動かす。あの木の枝のような細腕からどうやってこの勢いを出しているのかはなはだ疑問だ。それでも、彼が僕を歓迎しているのがよくわかり、胸が温まる。
「それで、どうして菱谷くんに突っかかってしまったの?」
「それはさっき、廊下で朧里と竜岡が……」
刹那と涼介?まさか、あの二人まだ喧嘩をしていたのか。さっき樹に止められたばっかりだろ。
その時、機を見計らったかのように端末のサイレンがけたたましく鳴り響く。その音と共に部屋の中の空気ががらりと変わる。
「出動要請が来たみたい。今日はどのあたり……?チッ、またあそこなのね。」
いつの間にか起き上がっていた美琴先輩が端末を確認し、思い切り顔を顰めた。そこにいたのは、強者の気配を纏う一人の陰陽師だった。
「第1隊5班出動するよ。今回は『例の変なクルイモノが出たエリア』だから、油断しないで。……分かったね?」
彼女の一言に班員たちは気を引き締める。いくら学生だとは言え、これから行くのは一種の戦場だ。通常の訓練とは大きく異なり、予想外なことが起きるのも珍しくない。
僕自身も得物である弓をしっかりと握り、彼らに続いた。
――
「やっぱり、ここは禍々しいな。」
地面から空に向かって黒色のインクが垂らされるように邪気が昇っている。元から邪気が立ち込める場所ではあったが3年前の大災害からよりひどくなっているようだ。
「あの今昇っている邪気の原因も分かっていないようだからな。雲雀がいろんな方法で解析しているみたいだが、手がかりすらないみたいだ。」
透が不満な気持ちを隠そうとせずに、邪気に嫌悪を示す。雲雀ですらも解析が不可だと考えると、もしかしたら、この世界の由来じゃないのかもしれない。
鏡幻の力って霊力由来じゃなかったよな?帰ったら、あいつを問い詰めてみるか……。
「今日の戦闘はいつもよりも気を引き締めなさい。前にもここで戦ったけど、ここのクルイモノ達は……」
その瞬間、地面が大きく揺れ大きな影が僕らを覆った。その影は僕らを飲み込もうとしたが、覆い尽くされる前に班員は動いた。
「やっぱり、異常種か!本当に面倒な奴らね。柘榴、もう少し突っ込んでいくことはできない?」
「ちょっと、厳しいです。腕が本当に多くて……これをどうにかしないと。」
美琴先輩と柘榴ちゃんが相手しているクルイモノは蛸のように弾力性のある腕をたくさん持っている。その腕を盾のようにすることで彼女たちの攻撃を防いでいるみたいだ。
僕は弓を持ち、クルイモノの腕に焦点を定める。まずは1本。腕を封じるより、動きを鈍らせるのが目的だ。水の矢を放った。
「よし、上手くいったみたいだ。この調子であと3本。」
4本の水の矢を打ち込み終わるころには、最初に放った一矢の効果はすでに回復され、触手は再び縦横無尽に動いていた。しかし、その腕にはほのかに光る印が淡く光り続けている。
弓に、先ほどより濃密な水流を凝縮させる。ただの直線ではなく、渦巻く水流が一点に鋭く集まり、矢として絞り出される――
「――今だ。全力で打ち込む!」
狙うは一点。先ほどのつけた印に渦巻く水の矢を命中させる。深く突き刺さるように確実な一矢をクルイモノに。
4本の腕に付けられた印が共鳴し、腕が一斉に切り落とされた。水の刃で抉り取られたように。そのせいか、クルイモノの再生も追いついていない。
その怯んだ様子を見計らい、柘榴ちゃんと美琴先輩はクルイモノに核心を突く一撃を与える。一瞬うめいたのもつかの間、そのまま動かなくなった。
安心したのも束の間、後ろから感じたことのある気配が迫る。ここにはいないはずなのに、どうして。
……脚を絡め取るような重さが背後から忍び寄り、気づけば水底へと意識が引きずり込まれていく。
どろりとした濁りのような、粘りつく瘴気が全身にまとわりついてくる。嫌悪感で吐き気すら催しそうだ。それが気持ち悪くてたまらない。今すぐ振り払おうとしても、振り払うほど体を縛り付ける。
背筋が、ぞわりと凍る。 聞き慣れたはずの声なのに、全身が本能的に拒絶する。
「お姉様がいなくなってもあなたが戦えるだなんて意外でした。あなたのような弱者なら諦めてしまうと思っていたのですが……」
敬語の仮面を被りながら、底知れない軽蔑と愉悦が滲むその声は、脳の奥に直接囁いてくるようだった。今にも掴みかかってしまいたい気分だがそれをぐっと堪え、拳を握るだけにとどめる。
「おや、煽りに乗ると思っていたのですが、あなたへの評価を少し変えなければならないみたいですね。」
あの歪んだ笑みが脳裏をかすめた、その直後――意識は現実へと強引に引き戻された。
「カイエン……お前だけは、僕の手で終わらせる。――絶対に。」
ここまで読んでいただき本当にありがとうございます。これからも、精進していきたいと思います。




