別つ旧縁、紡がれる新たな繋がり ≪side 光希≫
≪光希視点≫
「……お前の異動先は、ここじゃない。支援部隊のはずだ。」
その言葉が耳に届いた瞬間、思考が吹き飛んだ。あまりにも唐突で、口を開けたまま言葉が出てこない。
樹はあのときはっきりと【一般部隊】へ一時的に移動してほしいと言った。でも、急に決まったと言っていたから行き違いがあってもおかしくない。
透が手元の端末を見つめ、涼介を睨みつけるように低く呟いた。
「……今、配置リスト、見たけど……」
透は操作しながら、鋭く涼介を追い詰めるように言葉を続けた。一歩ずつ、ゆっくりと、獲物を逃がしはしないと言わんばかりの足取りで、近づいていく。その軽蔑の色を宿した瞳は彼を責め立てるように貫く。
「菱谷光希、第1隊5班所属とちゃんと記載されていたが……大隊長が伝達ミスをしたのか?……あの大隊長が”ミス”ね、ふぅん。」
二人の間に本能的に逃げ出したくなるような重苦しい空気が伝播する。透は涼介のことを訝しげに見つめる。一方で涼介は目論見がばれてしまった罪人みたいに肩をすくませる。
「……後で変更があったんだ。」
「……変更があった、って?へぇ。……じゃあ、それ本部に確認してもいいんだよね?最悪、大隊長本人に聞くしかないけど?」
涼介は黙って透を見ないように首を傾げる。それは彼が言っていたことが嘘であるということを示す。一体なぜ、どんな意図で彼はそうしたのか。理解が追いつかない。
――どうして、こんなことになったんだろう。
友達なのに。信じてたのに。胸の奥に、静かに何かが広がる。それは疑いと呼ぶには痛すぎて、確信とするにはまだ早すぎた。
「……もういい。」
涼介は顔を背けたまま、逃げるように背を向けた。そして、そのまま捨て台詞を吐くようにそう言い残して去る。
目にはうっすらと涙を浮かべ、その背中はどこか疲れ切っていた。まるで、今にも泣きだしてしまいそうなのを我慢する子供のように。
胸の奥が、冷たい手でそっと掴まれるような感覚だった。僕が何かをしたわけでもないのに罪悪感が襲い掛かる。
涼介が嘘をついたことは紛れもない。でも、もっと他に、言い方とか、向き合い方とか、何かできたんじゃないか——そんな思いが、僕の中から離れなかった。
「また……ちゃんと話せなかったな」
透には聞こえないくらい小さな声で苦笑する。それは嘘をついた涼介に対するものじゃない。黙って二人の様子を見ていただけの自分が、本当に情けない。
「何か、あったのか?」
「……まぁ、ちょっとね。」
透がこちらを心配そうにのぞき込む。そこには、さっきまで涼介に見せていたような威圧的で厳格な姿はなかった。
少年らしいあどけなさが残りながらも大人に見えるよう背伸びをしているいつもの彼だ。
本当はちょっとじゃない。涼介と仲直りできなくて焦燥感に、今も苛まれている。だけど、今はそれを気にしていられない。
「そうか……。まぁ、これからよろしく。ただ、困ったことがあったら言葉にしろ。頼ることは難しくても、言葉にする努力をしろ。俺から言いたいことはこれくらいだ。」
「あぁ、分かった。努力する。」
「なんだよ、それ。……まぁ、笑えているなら大丈夫か。」
透はくしゃりと笑いながら、こちらに手を差し伸べる。その手をしっかりと握ると、彼はさらに微笑んだ。僕たちの間にはそれ以上の言葉は不要だと言わんばかりで、しばらくの間見つめあう。
「わー!!透兄さん、もう来てたんだ。その人は……刹那兄さんの友人さん⁉どうもこんにちは!!」
沈黙を破るように、豪快なドアを開ける音と快活な少女の声が響き渡る。その少女の強い瞳は、刹那の揺るがぬ意志と、透の持つ威圧感を思わせた。
「こんにちは、僕は菱谷光希だよ。しばらくこの班へ出向することになったから、よろしくね……えっと、」
「あぁ、自己紹介するの忘れてた。コホン……、私は中等部3年の朧里柘榴です。柘榴とお呼びください。あなたと同い年の朧里刹那の従妹にあたります。ちなみに、透さんとも従兄です。」
彼女は先ほどの活発な少女の動きからは一変して、一つの名家のご令嬢に相応しい落ち着いた気品のある礼をした。
こうして丁寧な口調で話したり、優雅な所作は刹那と重なる。同じ家で生まれ育っていたからだろうか。だから、より重なって見えるのだろう。
「ザクちゃん」
「あっ、透兄さん。オホホホ……今日はお日柄も良く。すいません、本日は先生と面談がありまして……」
彼女の視線は宙を舞う。やましいことをしてしまってお母さんに叱られる子供みたいだ。それを透はじりじりと距離を詰める。
「ドアを開けるときには丁寧に開けなさいって言ったでしょうが!!何回言えばわかる。君は刹那以上にパワータイプなんだ。もう少しドアに優しくしてくれ!!」
それはもう、懇願に近かった。床に突っ伏して、その腕で床を悔しそうに叩く。そして、改めてドアを見る。
「うん、これは……修理に出した方がいいんじゃないか」
「聞いて驚け。もう3回は修理に出している。一回目はかなり前だが、直近の2回の原因はザクちゃんだ。」
ドアは歪み、開閉もうまくいかない。床にはねじが一本落ちていた。体当たりの傷も残っている。
「まぁ、この班のものは俺を含めても1回はドアを故障させてしまっている。だから、お前はできればやらないでくれ。」
――ちょっと待て、お前もドアを故障させたのか。
そう心の中で突っ込みを入れるが、僕にも、心当たりがあった。かつて、同じように壊してしまったことがある。
誰もが一度はやってしまうものかもしれない。その程度で済ませていいのか分からないが、気にしたら負けだ。
少女の視線が真っ直ぐに僕を射抜く。その目線の高さに、彼女自身も戸惑っているようだった。
「柘榴ちゃん?どうしたの、僕を見上げて……。」
「うわ……聞いてたけど、本当に高いんですね。刹那兄さんから聞いてはいましたけど……本当に高い。そして、その目……まるで、透き通った海みたいで。」
彼女は僕の瞳をよく注視する。しばらくうっとりとしながら見ていたが、不意に彼女は顔を顰める。そして、理解できないと言わんばかりに首を傾げた。
「光希さんって、何か神様とかの加護持ちだったりします?」
「あ、あぁ、故郷の水神の加護ならあるよ。……それがどうしたの?」
僕の言葉にさらに顔を顰める。一体何が彼女の琴線に触れてしまったのだろう。もう一度彼女は僕の瞳を注視する。今度は何かを見定めるように、その柘榴のように赤い瞳を光らせる。
「うーん、水のように清らかな霊力……多分、水神さんの加護。でも、それだけじゃない。これ……あのときの“何か”に似てる。……どうして、彼の中に?」
「ザクちゃん、あれっていったい何だい?」
彼女は酷く焦っているようだった。僕の中に何かを見て、それに戸惑ってしまう。混乱は隠しようもなく、その瞳が揺れていた。彼女は僕の中になにを見たんだ。
「……思い出さない?一週間前、戦ったクルイモノが何かに操られるような動きをしていたこと。……そして今、光希さんの中から、それとよく似た霊力の破片を感じるんです。」
――あのときの、変なクルイモノ……。
それを聞くとあの施設での戦いがはっきりと思い出される。あの戦いからしばらく経っているのにも関わらず、その話題が出ると肌が粟立つのだ。
「光希、大丈夫か?顔色が悪いぞ。本当はまだ出動できないんじゃ……」
「体調が悪いんじゃない。ただ、あの日の戦いを思い出してしまっただけだ。」
透の声に記憶の彼方へ行っていた意識が引き戻される。透と柘榴は僕を心配そうにのぞき込む。
そうだ、僕は一人じゃない。せせらぎがいなくなっても、涼介と離れてしまっても……まだ、僕のそばには誰かがいる。
「そうか……。でも、さっきも言ったように無理だと思ったら遠慮なく俺たちを頼れ、良いな?」
「そうですよ、私たちは一人で戦っているわけじゃありませんよ。頼りないかもしれませんけど、ちゃんと支えますから!」
彼らは、頼られることを受け止められる強さを持っている。それはまだ、今の僕に足りないものだ。ここで、その強さをつかむことができるのなら、胸を張って二人と仲直りできるのかもしれない。
「あぁ、ありがとう。……じゃあ、その時は甘えさせてもらうよ、まだ慣れてないけどさ。」
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