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影から目を逸らすのは誰? ≪side 光希≫

≪光希視点≫

 「光希、今日からしばらく【一般部隊】の方で活動してね。」


 大隊への復帰初日、僕は突然、学生大隊の大隊長・樹に呼び出された。


 執務室に入り、大隊長に開口一番そう告げられる。そこには僕に対するこれからへの期待が込められているようだ。……正直、失望されていてもおかしくないと思ったんだけどな。


 「分かった。それじゃ、今日からどの隊で活動すればいいんだ?」

 「理由は尋ねないの? 急に異動だなんて言われたのよ。それに、ちょっとも引っかからないの?」


 彼女は僕の発言に少し戸惑う。いつもの余裕のある優雅な笑みは崩れ、眉尻を下げ僕を見る。『本当に大丈夫なのか』と僕を案じるかのように。

 

 「まぁ、なんとなく予感はしてたから。……正直、今のままじゃ【遊撃部隊】じゃ足を引っ張るだろうし。」


 一か月以上、戦闘から離れていた。どれだけリハビリや実戦訓練を積んでも、そのブランクは小さくない。


 【遊撃部隊】は臨機応変に動き、敵を倒したりすること以外に味方への援護に回る。今の僕にそれを十分に全うできる自信がない。今の実力がどのようなものかも分からない中で行動するのは危険だ。

 

 彼女がこう指示してくれなければ、僕は直談判しに行っていたと思う。そう思うほどありがたい話だった。


 「確かに、復帰したてで【遊撃部隊】はきついね。体力も、技術も使わないと落ちてしまうもの。仕方がないわ。」


 特に茶化すこともなく、深入りするわけでもない。彼女の美徳と言うものはここに現れているのだと思う。友人として誇らしい限りだ。


 「今日からは第1隊5班で活動してね。第1隊の遠距離系の子が最近怪我をして休養しているの。だから、彼が復帰するまでの間はお願い。あなたの【遊撃部隊】に戻るかどうかを判断するのは戦績次第ってところかしら。」


 第1隊か……。刹那の従兄弟と従妹が所属している隊だったはずだ。顔見知りと友人がいるのは安心できる。少しだけあった不安が消えていくようだ。


 「うん、大丈夫。むしろ、ここまで配慮してくれてありがとう。」

 「そう、ならよかったわ。……本当にごめんなさい。入院中、お見舞いに行けなくて。」


 咲いた花のような美しさも、今は曇りがかっているように見えた。その両脇には、彼女の背丈を優に超える書類の山がそびえ立っている。

 

 彼女は仕事ができないわけではない。いつもなら書類が来たら丁寧に仕分けし、業務を黙々と遂行してさっさと帰っている。


 「気にしなくていい。それよりもちゃんと眠れているのか?書類の量がすごいことになっているけど……」

 「気にかけてくれてありがとう。大丈夫よ、もう大半は片づいているから。……それよりも、自分のことを気にしなさい。」


 逆に、彼女に気を使われてしまった。でも、先ほどまでの暗い顔はもうなく、僕に再度微笑みかける。大隊長としての形式的なものではなく、一介の友人として接する。


 「まだ出動要請が出ていないから、今のうちに挨拶にでも行ってきたらどう?これは急に決まってしまったものだから、もしかしたら把握できていないかもしれないし。」

 「そうなのか。……分かった。班長に何か言われたらお前の名前を出すけどいいか?」

 「えぇ、もとよりそのつもりだったから、遠慮せずに使っていいわ。」


 急に決まった?一体どういうことだ。配属関係の仕事を真っ先に片づける彼女がこうなのは珍しい。しかし、彼女も忙しい。そういうこともあるだろう。


 「ありがとう、じゃあ行ってくるよ。」


 穏やかに手を振る彼女に応えて、ドアノブに手をかけた――その瞬間。酷く慌てた様子の涼介と、それを必死に引き留める刹那が、まるでぶつかるように部屋へ飛び込んできた。


 しかも、二人の間は今にも殴り合いを始めそうな程険悪な雰囲気を放っている。


 「涼介、刹那。」


 後ろから身のすくむような恐ろしい気配を感じる。恐る恐る振り向くとそこには般若がいた。正確に言えばいつもと変わらない笑みを浮かべる大隊長がいた。


 しかし、その纏う気配は口論をしていた二人を黙らせるほどのもので、彼らは借りてきた猫のようにおとなしくなる。

 

 「そこに直りなさい。ちょうど、二人に言いたいことがあったの。……逃げ出そうだなんて考えちゃだめよ?」


 ――これは相当長くなりそうだ。それと、外に出るタイミングを見失った。

 

 ただひたすら気配を消していると、ふと視界に細い指がゆらりと舞う。まるで、『今よ』とでも言いたげに。扉が音もなく開き、目が合った彼女は僕に小さく微笑む。


 心の中でお礼を言いながら、気づかれないように部屋を出る。部屋を出るとき、一瞬だけ涼介と目が合った。怒り、憐れみ、そして焦り――相容れない感情が混ざり合い、その瞳はまるで濁った水底のように揺れていた。

 

 「あ、……また、話せなかったな。きっと、怒ってる。」


 浮かびかけた期待は、風に吹かれる火のように消えた。心に落ちる影を見ないふりをしたまま、振り返らず去った。

 ――

 「5班、5班は……あった。ここで合っているみたいだな。」


【遊撃部隊】の待機室とほぼ真逆の位置にある。だから、少し迷子になったが何とかなってよかった。


 「すみません。誰もいないのか。ドアノブは……開いてる。でも、勝手に入るのはちょっと……。」


 ノックをしても帰ってくる返事はない。静寂な廊下にはただ僕が尋ねる声のみが響く。もしかして、この待機室以外にも、誰もいないのかもしれない。まさか、もう出動してしまっている、とか?


「光希か。どうしてこの部屋の前にいる。お前は【遊撃部隊】所属じゃなかったのか?」

「あ、透。……それは、樹にしばらく【一般部隊】の第1隊5班で活動してって指示が来たから。」


 10分ほどが経ち、部屋にやってきたのは刹那の従兄弟の透だった。彼は急いできたのだろうか?いつもきちんと整えている髪が、今日は少し乱れている。


 「つまり、俺たちの班の遠距離攻撃者の代理と言うことか。樹、見つけてくれたのか。……よかった。」


 いつもの氷のような鋭さを持った瞳は緩められ、歓喜の色を隠せないようだ。歓迎されてる……なんか、うれしいな。


 「とりあえず、ここで話してもなんだ。……中で話そう。」


 感情の高ぶりに気づいたのか、透は目を逸らし、口元をわずかに引き結んだ。しかし、その顔は嬉しいという感情を抑えきれていない。


 彼の言葉に甘えて、待機室に入る。広くもなく狭くもないが、机やラックは整然と並び、設備はしっかりしているようだ。


 ふと目をやると、部屋の隅にファンシーなものが置かれている。……あれは、一体何なんだろう?

 

 「あれ……ウサギのぬいぐるみ? お前のか?」

「っ……! あれは雲雀と旅行に行った時に買ったものだ。」


 ……つまり、これって彼の趣味ってことか。確かに鞄を見ると、ぬいぐるみに似たウサギのキーホルダーがつけられている。


 刹那もスマホカバーにウサギの意匠をこらしたものを使っていることを思い出す。血がつながっていれば趣味も似るということか。


 それから、しばらく彼との会話を続けた。冗談交じりのたわいない会話に心が躍る。他の班員は授業の補習があるとのことで、二人きりだった。

 

 「ちょっとこっちに来るのは不安だったけど、お前がいて安心した。」


 その言葉は昔なじみとの会話の中で自然と漏れ出す。表向きはどうなっても大丈夫だと思っていたけど、実際はそうじゃないらしい。


 「それはお互い様だ。これから慣れていけばいい。」


 彼の言葉に安堵していると、誰かがドアをノックする。もしかして、班員か?緊張と期待を胸にドアが開くのを待つ。


 「おい、光希。」


 ドアが静かに開き、そこに立っていたのは――涼介だった。一瞬、時の止まったような感覚が僕を襲う。


「……お前の異動先は、ここじゃない。支援部隊のはずだ。」

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