秘めた心を、吐き出して ≪光希視点≫
≪光希視点≫
あれから、二人に連れられてやって来たのは校舎の三階にある壁の前だ。その壁には扉が一つもなく、部屋などないように感じられる。
刹那が目をつぶりながら考え込むように壁のある一点の前に立つ。その場所をよく見るとそこだけ壁の模様がほんの少しだけ異なり、星の模様となっている。
彼はその模様に手をかざす。彼の手からは鍵らしきものがぶら下がっていた。
《隠された安寧の部屋よ、わが声に応え、禍を弾く扉を開け》
彼が呪文を唱えると、星の模様が光り、それが形を変えたかと思うと、やがて扉へと形を変える。現れた扉はステンドグラスが一部使われており、クリアな輝きを放っている。
「光希君?ぼーっとしてないで入りますよ」
「まぁまぁ、こうちゃんは初めて来たんだし、見惚れちゃうのも仕方がないよ。とりあえず、中に入ろ?きっと、もっと驚くからさ♪」
「あ、あぁ……分かった。」
刹那と幻に部屋へ入るように促され、彼らに続いて僕も部屋に入ると、そこはレトロな喫茶店の一部を再現したような景観をした教室ぐらいの大きさの部屋だった。
入り口の近くには喫茶店のカウンターのような場所があり、そこから微かにコーヒーの香りを感じる。全体的に落ち着いた色調で、今どきのカフェとは違う温かみがこの部屋にはあるのだ。
「学校にこんな部屋があっただなんて……。」
「そうですよね、僕も最初に来たときは驚きました。」
「え、お前も知らなかったのか?それにしてはよく慣れているように感じたんだが。」
「最初にこの部屋を見つけたのは幻です。僕も学校内に隠し部屋があることは知っていましたがこんなところにあるなんて誰が予想できます?」
「あいつはどうやって見つけたんだ?」
刹那が開けたもんだから、彼がこの場所を見つけたのだと思っていたがそうではないらしい。幻が見つけたと言われてどこかすごく納得できた。彼は時折こういう秘密基地のような場所を見つけては僕らに案内するからだ。
僕も隠し部屋の話はよく知っている。まだ初等部だったころに友人とともに学校探検と称して学校中を探し回った記憶があるからだ。その時は、見つからなかったけど。まさか、こんなところにあって特殊な開け方をしないと入れないとか罠でしかない。
「そういえば、コーヒーの香りがするんだが他にも誰か使っているのか?」
「あぁ、それはですね……」
「それはね、先生が仕事の終わらない時に使っているからだよ‼」
幻がそう言いながらカウンターからひょこっと頭を出した。彼が手に持っていたのは同じ柄のいくつかのコーヒーカップと一つのコーヒーメーカーだ。
「まぁ、とりあえずコーヒー淹れながらでも話そう。なんてったって時間はたっぷりあるからさ♪」
「そうですね……この部屋は外との時間がずれていますから多少長居しても大丈夫でしょう。」
そういう二人の目は鋭くて、蛇に睨まれた蛙のような心地がする。正直、この空間にずっといるのは耐えられない。でも、それはそれでわざわざ用意してくれた彼らに失礼だと思ったので、自分の前に置かれたコーヒーを飲む。
コーヒーのほろ苦さが体に染みる。どうやら、彼らもコーヒーを堪能しているようで、二人とも時間なんて気にしていないようだ。お願いだから、このまま時間が過ぎてほしい。
久しぶりに購買でご飯を買ったが、少し濃い目の味のおかずで箸がよく進む。
余りにも誰も喋らないものだから二人の様子を見るために顔を上げる。二人はご飯を黙々と食べている僕を見ているのだ。心なしか二人とも嬉しそうで、なにやら堅苦しい口調で話していたが単にご飯を一緒に食べたかっただけなのかもしれない。
「こうちゃん、怖いの?」
ふと、普通の会話をするように幻が言う。唐突に、なにかのついでのように言うものだから、思わずポカーンとしてしまい箸を落としてしまった。
怖い、か。幻がどんな真意で僕に聞いたのかは分からない。
ただ単純な興味か、それともお節介なのか。そのどちらかを僕に判断するのは不可能だ。でも、これだけは分かる。
彼がこの話題に真剣に向き合っているということ。そして、普通の会話をするにしては僕に向ける目が余りにも凛々しいものなのだ。彼は『覚悟』しているのだろう。
でも、僕は知られたくない。この胸に秘めた恐怖を知られてしまったら、軽蔑されるかもしれない。それは嫌だ。
まさか、彼が最初っからこの話題を口にするとは思っていなかった。どうにかして、平常心を装わなければ。
「怖いって、何が?……別に、僕怖いものなんてないよ。」
「本当にそう?手……こんなに震えているのに、本当に怖いものなんてないのか?」
「……‼」
どうにか取り繕って口から出た言い訳も、震えた手のせいで僕の虚勢が見抜かれる。幻のいつもの元気な声とは違ってあまりにも淡々とした口調だから、余計に動揺が収まらない。
早く、調子を整えないと、僕の弱いところが全部ばれてしまう。ばれてしまったら、僕は彼らと対等にはいられない。
汗がだらだらと流れていくのが止まらない。こんな状態じゃ、彼らが分かってしまう。それが酷く恐ろしい。
彼らには悪気なんてないのだ。むしろ、僕を心配しそれを気遣っている。ただ、それだけだと頭では正しく認識している。でも、今何か喋ったら、あの日涼介に言ったみたいに、彼らを傷つけてしまうかもしれない。
呼吸がうまくできない。声が出ない。怖い、怖い、怖い、怖い……。恐怖が僕を支配し、縛りつけるのを感じる。また、戻ってしまうのだろうか?
「光希君」
誰かの手が僕に重なったかと思うと、それは刹那の手だった。僕の手よりも一回り小さいけど、がっちりとした手だ。よく見ると、彼の手も少し震えている。彼にも抗いがたい恐怖があるのだろうか。
「僕は、怖いのです。……手遅れになってしまうことが、できたはずなのに何もやれないことが酷く、恐ろしい。」
「刹那、……」
「僕らはそこまで無力ですか。僕らじゃ頼りにならないですか。」
「そ、そんなことない。無力なのは、むしろ僕の方だ。」
あぁ、ダメだ。そんなことを言われてしまったら、依存したくなってしまう。このまま一人で抱えていくと決意したのにそれが揺らいでいく。
「なら、頼ってくださいよ!僕らは『家族』ではありません。でも、友人なのです。共に支えあい、ダメなところは補い合う仲間なのです。……友人というのはそういうものでしょう。」
「でも、今の俺は何もできない。……無価値なんだよ。補い合うって言っても、やってもらってばっかになって、依存して傷つける。そう言うのはもう嫌なんだよ‼だから、頼れない。……頼っちゃいけないんだ」
自分のことは自分が一番分かってる。ダメなところも分かっているから、これ以上優しくしないでほしい。肯定しないでほしい。確かにそう思っているのに、心のどこかでまだ依存していたい自分がいる。
「あのさぁ、それって何がダメなわけ?」
今まで傍観していた幻が酷く穏やかな笑顔を浮かべながら僕らに問う。さっき淡々と話していた時とは違って、うっすらとした怒りを感じる。彼は僕らを一瞥しては呆れているようだ。
「いやさ、こうちゃんの言いたいことは分かるよ。『何かを与えてもらってばっかりで、自分は何も返せてない』か……確かにそれを『依存』って言うのかもしれないね。でも、こうちゃん、君はそうじゃないよ。もし、仮に君がそうだったとしたら、俺らはどうなる?……よほど、俺らの方がお前に依存していると思うよ。」
「そ、それは違う‼」
「なら、君のそれは『依存』じゃなくて、『甘え』だよ。……まぁ、本当はもう少し甘えてもいいと思うけど。この際だから言わせてもらうけど、君たち二人とも甘えるのも依存するのもど下手くそだからな‼二人が抱え込み過ぎるのを心配した人に相談される俺の身にもなれ‼」
「なぜ、僕にまで飛び火するのですか……。」
今、こんなことを思うのは非常に失礼だというのは分かっているが、幻はこんなにしっかりしていたことに普通に驚いている。そんな彼の気迫に押されて、僕も刹那も床に正座する。なぜだかこうしなければいけないような気がしたからだ。
幻の言い方はすごく鋭いものだが、なぜだろう、嫌なものに感じない。むしろ、彼に感謝の意を抱いている。そうか、僕は心の中で誰かに自分の意見を否定してほしかったのだ。
「……いいか、君たちは何もかもを自分ですべて解決しようとする節がある。自分で努力をすることは悪いことじゃないし、重要だ。だけどね、正直見ていていつもひやひやする。いつか二人が壊れてしまうかもしれない。それがずっと、ずっと怖い。
俺はね、いつかこんな風に誰かが大怪我をして言い争いになるのがね目に見えていたのさ。だから、先生にこの部屋の使用権を借りた。……やっぱり借りて正解だったみたいだね。」
幻はほぼノンブレスで僕らに話しきったと思うと、カップに入ったコーヒーを一気飲みする。当然慌てて飲んだことによって幻は思いっきりむせてしまった。
「ゴホッ、ゴホッ……あぁ、ごめん。くそぉ、せっかくよく締められたと思ったのに、思い切りむせたせいで台無しだ。」
「台無しじゃないよ、少なくとも僕の心には響いた。」
「そうですよ。今まで僕、かなりしっかりしている方だと思っていたのですが『それは絶対にない』……、まぁ、とりあえず肝に銘じますよ。」
「それならよかった。お前らはさ、いろいろ難しく考えすぎなんだよ。確かに俺はガキ臭いってよく言われるけどさ、こうちゃんもせっつんもまだガキなんだ。……俺、すっごいバカなんだよ。だから、言われないと困ったときに何もできない。」
自分が難しく考えているだなんて盲点だと思った。だって、これが当たり前のことだと思っていたし、そうしなければ自分らしく生きていくことなんてできなかったからだ。
だからこそ、幻はいつもこんな僕たちのことを歯がゆく思っていた。刹那だって恐らくそうだ。でも、それでも彼が今日僕たちに言葉をぶつけたのは、僕らのことを本当に大事に思っているから。あの言葉たちはそんな彼の叫びなのかもしれない。
それならば、僕も彼らの叫びに応えないといけない。僕は彼らと本当の意味で友達になりたいから。少しだけ、勇気を出してみてもいいのかもしれない。
「僕が、『これからどうすればいいのか分からない』って言ったとしたら、二人は相談に乗ってくれる?」
二人が目くばせをする。もしかして、ダメなのかもしれない。でも、決めたんだ。二人が真摯に僕と向き合っているのに、僕が彼らの想いを勝手に決めつけてはだめだ。
「もちろん。乗るに決まってるじゃないですか。僕たちにできることは気休め程度にしかならないかもしれません。それでも、あなたが前に進もうというのなら、それを支えるのも友人として支えますよ。」
「俺も同じだよ。……いやぁ、こんなにこうちゃんがデレてくれるだなんて感涙ものですなぁ。」
彼らも、僕も間違うことがある。だけど、それをちゃんと指摘してくれる人がいる。それだけでも、僕は安心できるのだ。
「あの日、……僕が調査に行った日、何が起こったのかを話させてくれ。これ以上、一人で抱えたくない。」




