この残酷で尊い世界で
「――‼」
たくさんの異形の獣が少女を囲んでいた。周りの風景もこの世のものとは思えないまがまがしい色をしていた。それらはおぞましい叫び声をあげていた。それらの目には少女は完全に獲物としてしか映ってなかった。
「あなたたちだぁれ?お母さん......助けてぇ、こわいよぉ。やぁだぁああ。離してぇ、お願い」
少女は涙目だった。自分より何倍も大きく、目は獰猛に光り、少女をじっと見つめる獣が彼女を見下ろしていたからだ。そして、それらは少女の足をつかみ少女を持ち上げた、まるで食事をするかのように。獣たちは嗤っていた。
「ママぁ......死にたくないよぉ、」
少女は悟った。自分はこの獣たちに食われるのだと。大好きな家族に会えなくなることも。彼女は抵抗していたが、それが無駄だと気付き抗うことを放棄した。
ザシュッッ――
少女を食らおうとしていた獣のうち1頭が突然崩れ落ちた。少女は地面に叩きつけられると身構えたが、想像した衝撃は来なかった。一人の青年が彼女を受け止めたのだ。
青年はただやさしく穏やかに、その海のような青い瞳を少女に向けていた。
「よかった、本当にぎりぎりだったけど間に合った。助けるのが遅くなってごめんな。でも、もう大丈夫だ。」
「ほんとぉ?」
「あぁ、本当だ。だってお兄さんは強いからあんな奴ら一瞬でぶっ倒してやる。だから、安心して俺の後ろに隠れるんだよ。いいね?」
「……ちょっぴり不安だけど。うん、わかった。お兄ちゃん、頑張って……」
青年は緊迫した状況には似合わないひどく穏やかな声でそう言った。それを聞いた少女は寂しさや死ぬことの絶望感から解放され、安心してしまったのか眠ってしまった。しかし、獣たちにとってはそんなことは関係ないのだ。
「――‼」
「小さい子が寝ているんだ、静かにしてくれないかな‼」
青年たちの周りには先ほど少女を食らおうとしていた獣たちがじりじりと詰めよってきた。少女を食らおうとしていた時とは違い、青年に刃を飛ばし青年と少女もろとも殺そうとしていた。あるいは、まがまがしい力を放ち青年たちを貫こうとしていた。
パァン‼
青年は弓を携え、その水の矢は渦巻きながら獣を抉るように穿った。その矢はすべて急所に命中し、獣たちは淡い光を放ちながらボロボロと崩れ落ちた。
青年はその様子を見て、大きな音だったからなのかいつの間にか起きた少女を抱きかかえてその場をあとにした。
「お兄さん……あれは何だったの?」
「あれはね、クルイモノっていう人を食べちゃう化け物なんだ。でも彼らだって食べたくて食べてようとしているわけじゃないんだよ。」
「そうなんだ。じゃあ、ここはどこなの?」
「曲野って言って、本来ならクルイモノしかいない場所なんだけど、君みたいに迷い込んじゃう人がときどきいるんだ。」
「お兄さんは、クルイ、モノだっけ?を一瞬で倒していたよね?どうして、お兄さんはそんなに強いの?」
「うーん、それはね……絶対に守り抜きたいものがあるからさ」
「私も、強くなれる?」
「あぁ、なれる。俺も一人なら無理だと思う。でも、俺には相棒がいるからな。」
「私にも、相棒できる?」
「できるとも、君が誰かに手を差し伸べることができるなら。」
青年は少女を抱え、曲野を後にした。
「――、――どこにいるの?お願いだから答えて‼」
一人の女性が叫びながら街を駆けていた。彼女は最悪の想像をしていた。自分の娘がクルイモノに攫われて、曲野に連れていかれたのではないのか?ということが頭に浮かんでしまった。女性は愕然とした。クルイモノが少女を無残に食い散らかしているのではないかと想像して。
「あの、すみません。この子をお探しですか?」
その時、後ろから誰かが声をかけた。少女を抱えたままの青年だ。少女は疲れてしまったのか、命の危機に脅かされることがないと思ったのか、青年の胸で眠ってしまっていた。女性は少女に駆け寄って、涙を流した。
「あぁ、無事で本当に良かった。本当に、本当に娘を助けていただきありがとうございます。」
「これが、僕らの仕事ですから。では、これで。」
「あ、待ってください。なにかお礼をさせてください。」
「お礼なんていいですよ、あなたたちの日常を守ることが僕らの役目ですから。それに、笑顔で過ごせているところを見れるだけでもうれしいですから」
少女の母親は少女を抱きしめて、自宅へと帰っていった。青年は母親たちに手を振り、日の沈む方へと去っていった。
この世界にはクルイモノという化け物が蔓延っている。それらは人々を食らい生きている。そして、人間が存在する限り消えることはない。しかし、人口爆発の現代でそれと比例するようにクルイモノたちも増えている。それに伴い、彼らは本来曲野に存在しており、そこに迷い込んだ人間しか襲わなかったが、3年前の大災害を機に地上にも出現するようになったのだ。
そこで彼らに対抗するため、青年たち陰陽師が存在している。陰陽師たちは陰陽術というクルイモノに対抗する手段を持っている。青年は本来学生であるが、クルイモノと日々戦っている。
「さて、今日も頑張りますか。なぁ、せせらぎ?」
青年がそういうと、青年の背後に一人の少女が浮かんでいた。艶やかな黒い髪をゆったりと結んでいて、なにより、青年と同じ瞳を持っている。フヨフヨと浮かんでいるさまは少女を人ならざる者の存在感を引き立たせている。
「そうね、頑張ろう。でも、無理しすぎないでね。まぁ、さっきの戦闘もそうだけど、あなたは私と違って強いしぃ、大丈夫だと思うけど……」
「せせらぎも強いよ。それに、君がいなかったら僕もここまで強くなれなかった。あと、そもそも、君は下級とはいえ神様でしょ?」
「まぁ、そうだけど。でもありがとう、光希。よし、行こう。今日も戦える。だって、私ひとりじゃないもの。」
青年は水神とともに夜の街を駆けていく。二人は今日もクルイモノたちと戦いながらこの残酷で尊い世界を生きている。




