4、学園
新学年が始まって早々に、リフィアは学園の階段から転げ落ちた。
正確には突き落とされたのだ。
翌日から教師たちとルナントフが調査を始めると、さほど時間をかけることなく目撃者を捜し出し、犯人を見つけることが出来た。
ルナントフに好意を寄せる、他クラスの子爵令嬢の仕業だった。
婚約者のリフィアが邪魔だったから、という理由での犯行だったが、ルナントフはその子爵令嬢のことを全く知らない。
ルナントフは父親に事情を説明して子爵家に抗議の手紙を出すと、彼女は修道院送りが決まった。
「打ち所が悪かったら、死んでいたかもしれないわ」
犯人が捕まったとはいえ、リフィアは恐怖で身震いする。
小さな怪我と記憶喪失で済んだことに感謝したが、記憶がないのはなかなか不便である。
今後もこのようなことが起こるかもしれない。
リフィアは、気を引き締めなければ、と気合いを入れた。
リフィアは今、学園の門の前に到着したが、不安で若干震えている。
記憶がないため、教室の場所がわからないのだ。
周りの生徒がみな同じ方向に進んでいくので、とりあえずそれに付いて行くことにした。
すると、建物のエントランスでルナントフが壁に背を預け、腕を組んでいた。
目が合うとリフィアに駆け寄って、「おはよ。一緒に行こう」と言ってくれた。
記憶がない自分のために待ってくれていたのか、それとも毎日の習慣なのかわからなかったが、一人での行動を回避できてほっと胸を撫で下ろす。
「おはようございます。よろしくお願いします」
随分、他人行儀な言い方だ。
「もっと砕けた話し方をしてほしいな。俺たち婚約者なんだから」
リフィアは教室に入ると、クラスメイトたちが復帰を祝ってくれた。
みんな記憶喪失だと知っていて、自己紹介大会になっている。
その中でも、親友だという男爵家のアーラ・サンワイアは泣いてリフィアを抱きしめる。
「無事でよかったー!!本当はお見舞いに行きたかったけど、記憶喪失って聞いたから・・・知らない人が来ても困るだろうと思って我慢した!すごく心配したんだから!!」
「ありがとう。あなたのことも覚えてなくて・・・ごめんなさい」
二人とも悲しげな表情を浮かべる。
「・・・いいよ。覚えてなくても私はリフィアの親友だよ」
「うん」
あとでアーラのことを色々教えてほしい、とお願いした。
一通りみんなの名前を聞き終わったあと、リフィアはルナントフと席に着く。
「みんなの名前、覚えられた?」
ルナントフはからかうような笑顔だ。
「一度では無理ですよ・・・」
リフィアは肩を落とす。
記憶力は悪くないように思うが、さすがに覚えきれない。
クラスメイトたちの顔と名前を詰め込み、パンクしそうな頭をコンコンと軽く叩く。
「わからないことは俺になんでも聞いて。教えてあげる」
「ありがとうございます」
リフィアは休んでいた間、見舞いに来たルナントフに尋ねた。
「なぜ私に婚約を申し込んだのですか?」
「君のこと、ずーっと好きだったんだよ」
と、嘘か真かわからない返事だった。
「ずっと、ずっと前からね・・・」
そう言って、ルナントフは遠目をして、少し悲しそうな顔をした。
二人は半年ほど前に婚約した。
お互いの家でお茶をしたり、街に出かけたりとだいぶ仲を深めてきたようだが、記憶がないリフィアにとって、ほぼ知らない人と言っていい。
ルナントフのことが好きなのか、よくわからない。
むしろ怖いというか、不気味というか、少し距離をとりたくなるときがある。
時々、目が怖いと感じるからだ。
普段は優しくて、気さくな人だとは思っているが。
リフィアはそんなことをぼんやり考えていると、授業開始の鐘が鳴った。
そして、教師と共に一人の男子生徒が教室に入ってきた。