3、記憶喪失
「頭の怪我は良くなってきていますが、記憶が失われておりますな」
医師はリフィアを診察し、細かな質問をし終えたあと、そう告げた。
リフィアは医師が到着するまでの間、母親から色んなことを教えてもらった。
名前はリフィア・オルドリーで、十七歳。
王族や貴族、平民も通う学園の三年生になったばかりだ。
オルドリー伯爵夫妻の一人娘で、人見知りなところはあるが、貴族令嬢という立場に相応しい品と聡明さを持ち合わせているという。
その他にも、好きな食べ物や趣味のこと、子供の頃の思い出話も聞いた。
アニメという言葉は聞いたことがない、と言われた。
頭の怪我は学園の階段から転げ落ち、そのときに出来たのものだ。
そして気を失ってしまったらしい。
二日経ち、やっと目を覚ました。
「全く覚えてないわ・・・」
ここはリフィアの自室で、部屋には医師のほか、先程入ってきた女性二人が母親と侍女、連絡を受けて帰ってきたリフィアの父親、そしてリフィアの婚約者・ルナントフが呆然と立っている。
この顔ぶれを見ても、やっぱり何も思い出せない。
「そんな・・・記憶喪失だと!?」
父親は声を荒げて言い、母親と侍女は俯いて泣いている。
ルナントフは真顔で少し俯き、胸の前で腕を組んでいる。
婚約者のルナントフは、学園のクラスメイトで侯爵家の次男だ。
土色の少しクセのある髪と瞳を持ち、整った顔立ちだ。
父親が医師に尋ねる。
「記憶は戻るのだろうか?」
医師は首を横に振る。
「記憶喪失には、薬や治療法がありません。突然思い出すこともあれば、一生思い出さないかもしれません」
部屋は静まり返ってしまった。
ルナントフはこの重たい雰囲気を変えようと、リフィアに歩みながら口を開く。
「記憶がないのはつらいことだが、リフィアは目を覚ましたんです。僕はそれが何よりも嬉しい」
そう言ってリフィアの横に腰を下ろすと、「そうね、その通りだわ!」と、母親は笑顔を浮かべ、他のみんなも頷いている。
「リフィア、これからたくさん思い出を作ろう。そうだ、以前デートした場所にも行ってみようか」
ルナントフは、カフェと公園と・・・とブツブツ言っている。
他にも一緒にこんなことした、こんな会話をした、などと思い出を語ってくれた。
そして頭の包帯に手を伸ばす。
「君が階段から落ちたと聞いて、心臓が止まるかと思ったよ。結構出血したみたいだけど、大きな怪我じゃなくてよかった」
頭の怪我は、小さな切り傷である。
それとたんこぶが出来ている。
「本音は、君に記憶を思い出してほしい。でも無理に思い出す必要はないからね」
包帯から手を離し、リフィアの頬を撫でる。
「ゆっくりお休み。元気になったら学園においで。クラスのみんなも待ってるよ」
「はい・・・」
リフィアはクラスメイトの名前も顔も誰一人思い出せない。
これからどうなるのだろう、と不安が募る。