29、報告
時計の針はもうすぐ、十一時を指そうとしていた。
ジャックは足を組んでソファーに座っている。
ガウン姿で、右手にはワインが注がれたグラスを持ち、ムスッとしている。
ジャックの斜め前には、二人が来たことを聞きつけた第一王子のハンシュと第二王子のランドホークが、トリガー親子と向かい合って座っている。
ヴァイスがハンシュに会うのは子供の頃以来だ。
真面目で聡明、人望も厚く次期国王に相応しい人物である。
ジャックにそっくりな顔立ちだが性格は母親似だ。
ここはジャックのプライベートルームである。
「君たちさ、今何時だと思ってるの?」
「このような時間に、誠に申し訳ございません」
トリガー親子は頭を下げる。
こんな時間にやって来ても追い返されないのは、タリダルがジャックの親友だからだ。
「まったくだよ。これから王妃とイチャイチャしようと思ってたのにさー」
「父上、息子の前でそういうことを言わないでください」
「そうですよ、父上!」
「お前たちは自分の部屋にお戻り」
「タリダルとは時々顔を合わせますが、ヴァイスに会うのは久しいので同席させてください」
「僕も!だって楽しそうな話になる予感がします!」
ジャックはランドホークを見ながらため息をつく。
「お前のそういうところ、誰に似たのかねぇ」
誰も口にはしなかったが、どう考えてもジャックに決まっている。
三人のやり取りが終わるのを待っていたタリダルは口を開く。
「至急、お伝えしたい出来事が起こりまして」
「二人で来たってことは、ハイルトン絡みかな?」
「あ、もしかして昼間のこと?」
どうやら、ランドホークも食堂での噂を耳にしたらしい。
タリダルはヴァイスを見る。
ヴァイスは、先程父親に話したことをジャックたちにも説明する。
ジャックはムスッとしていたわりに、真面目に聞いている。
王子たちは、ヴァイスが命を狙われていることを初めて知ったため、目を見開いて話を聞いていた。
「ティアーノウッドの毒ねぇ···確かあの国は、十年ほど前からキブエラ毒の製造を禁止している。猛毒だからね」
(そんな前に禁止されてたのか···メブリード先生の言う通り、どうやって入手したんだ?)
ハンシュが何か思い出しながら言う。
「ルナントフとは学園で数回しか話をしたことはないが、殺人を依頼するような凶悪な印象は受けなかった···恋は盲目だな」
「今の彼に会ったら、印象が変わりますよ」
「それにしても、瞬時に毒を判別するとは、さすが叔父上だ」
「メブリード先生は陛下の叔父上なんですか!?」
「そうそう、母の弟でね。叔父上は生粋の毒マニアで研究者だ。今では学園で医師を勤めているが、若い頃には各国を歩き渡り、毒の研究をしていたんだよ」
(そしてあの解毒薬を作り出したのか。やっぱりすごい人なんだな)
「ティアーノウッドとハイルトンの関係を調べているところに、キブエラ毒か···とりあえずシャッテンに毒のことを伝えて調査させるよ」
「よろしくお願いします」
トリガー親子は頭を下げた。
「ヴァイス、今日泊まっていくか!?」
ランドホークが瞳をキラキラさせて聞いてきたが、即答で拒否する。
「泊まりません」
「えー!?」
ハンシュがランドホークの肩に手を置いて宥める。
「ランドホーク、彼は心身共に疲れているように見える。別の日にしなさい。ヴァイス、この件が片付いたら遊びに来てくれるか?」
「はい、勿論です」
と、笑顔で答えた。
「お前、兄上と僕では扱いが違わないか!?」
息子たちの平和な会話を聞いていたジャックは、ワインを一口飲み、ヴァイスを見る。
「それにしても、ヴァイスはまだまだ未熟だねぇ。愛する人を危険に晒すなんて」
猛省中のヴァイスは痛いところを突かれた。
「···不徳の致すところです」
「ふふ、若いねぇ」
王宮からの帰りの馬車で、親子は疲れた表情だ。
日付はすでに変わっている。
「ランドホーク殿下は、相変わらず賑やかなお方だな」
「ふふ、そうですね」
タリダルは真面目な顔で話題を変える。
「毒殺を警戒してはいたが、まさか本当に毒を盛られていたとはな」
「はい。解毒薬を飲んでいて正解でした」
「お前は厄介な相手を敵に回しているな」
ヴァイスは苦笑いをした。
敵が誰であろうと何人いようと、リフィアとの未来のために死ぬわけにはいかない。
「明日学園で犯人捜しをします」