1、プロローグ
・・・冷たい・・・・・・痛い・・・苦しい・・・。
大粒の雨が容赦なく全身を打ってくる。
地面にうつ伏せになり、うっすらと開いている私の瞳に映るのは、駆け寄ってくる男の人と赤く染まった水たまりだ。
こんなときでも、今の状況を確認できる。
私、ストーカーから逃げていて・・・。
それは会社の取引先の人である。
好意を寄せられ、次第に待ち伏せされるようになった。
待ち伏せから逃げ、全力で走った。
ストーカーはもちろん追いかけて来る。
逃げるのに必死で、横断歩道の赤信号に気付かなかった。
そして車にはねられた。
私をはねた運転手さん、ごめんなさい。
あなたは悪くありません。
私、死ぬのかな・・・まだ二十六歳だよ。
恋人の航太にプロポーズされたばかりなのに。
今度航太が家に来たとき、プリンを作るって約束したのに。
好きな小説もまだ途中までしか読んでない。
ああ、仕事もどうしよう。
今はとにかく、航太に会いたいなぁ・・・・・・。
航太・・・ごめ、ん・・・・・・。
目の前の男が何か言ってるが、ついに意識が途切れた。
「カ、カナさん、なんでいつも逃げるの?こんなにもあなたを愛してるのに!だから一人で逝かせないからね!俺も一緒に逝くよ!来世で結婚しよう!」
そう言い放った男は、持っていたナイフで自ら命を絶った。
恋人のカナが死んだ。
警察から当時の状況を聞いたが、あまりにも突然のことで頭が追いつかない。
ストーカーも死んだ。
カナからストーカーの話は聞いていた。
しつこく食事に誘われたり、用もないのにメッセージを送ってきたり、仕事帰りを待ち伏せされたり。
そろそろ警察に相談しよう、と話し合った矢先、到底受け入れられない最悪の結末になってしまった。
カナとは大学で同じゼミだった。
出会ってから半年ほどして、俺から告白した。
カナも俺を好きだと言ってくれた。
一緒に勉強したり、デートしたり、朝までゲームしたり、時にはケンカもした。
お互い就職してからは、学生時代に比べて会える時間は減ったけど、その分会えたときは二人の時間を大切に過ごした。
カナとの将来を考えるようになり、プロポーズをしたら泣いて喜んでくれた。
俺たちはこれから二人で幸せになるはずだったのにーーー。
ストーカーに未来を奪われてしまった。
何もしてやれなかった。
守りたかったのに。
己の無力さに絶望し、同時に湧き上がる怒りは一体どこにぶつければいい?
何をすれば気が晴れる?
泣いても泣いても、涙は一向に枯れない。
もう何日も、食事も水分も摂っていないのに・・・。
部屋の床で仰向けになり、何もせず一日中天井を見つめる毎日。
仕事にも行っていない。
思い出すのは、カナの笑顔とたくさんの思い出だ。
カナ・・・会いたいよ・・・・・・。
何日経っただろうか。
なんとなくわかる・・・・・・俺の命はもう尽きるだろう。
これでカナの元へ逝ける。
俺は、死んだ。