9.海竜殿下のお膝元で
メリーウェザーは他の女たちと一緒に海竜の国に保護されたが、どうもその扱いは特別だった。
「あの、リカルド殿下? なぜ私だけがあなたの王宮にお世話になることに?」
メリーウェザーはもじもじと尋ねた。
嬉しい。そばに置いてくれて嬉しいけどね。それに、婚約も破棄したみたいでとっても嬉しいけどね!
しかしリカルドは飄々と微笑んだ。
「君は少々役に立つかもしれないと思ったから」
「役に立つ……」
そう呟いてメリーウェザーは心なしかがっかりした。
私のことを気に入ってくれたとか、そういうのではなかったのか。あくまでも仕事で役に立つことを望まれているだけだったとは。
しかしメリーウェザーはハッとする。
いやいやいや、何をがっかりしているの。リカルド殿下はつい最近まで婚約者がおられたのだし。私にもクズ婚約者がいたのだし。まだ何にも始まっていないじゃないの。
そんなメリーウェザーの百面相をリカルド殿下は少し面白そうに眺めていた。
メリーウェザーはそれに気付いてつんとした。
「何をニヤニヤ眺めているんですか? お仕事ならさっさと言いつけてくださいまし。助けていただいたあなたのため、どんなお仕事でも張り切ってやりますわよ」
メリーウェザーの拗ねた顔がさらに面白かったのか、リカルド殿下はぷっと吹き出した。
「言ったね。どんな仕事でも? ふふ。じゃあ、今夜の舞踏会は私と一緒に参加してくれたまえ」
「ぶ、舞踏会? それ、何の仕事ですか」
メリーウェザーはパッと顔を赤くした。
「ははは。そうか君の仕事には理由がいるのだな。じゃあ、こうしよう。人権擁護キャンペーンの普及のためってことでどうだい? 君は人身売買の被害者だからね。いいアピールになると思うんだ。私の元婚約者が手を染めるくらいだ、少し国内で人権の意識が薄らいでいるのかもしれない。私が君を丁重にもてなすことで、わが国では人権を踏みにじる行いは許さないというのを強くアピールしていくよ。軽くスピーチでもしてくれ」
「ああ、そういうこと。そういうことでしたら、全身全霊、頑張らせていただきます」
メリーウェザーはたいへん真面目そうな顔で頷いた。
しかしそのメリーウェザーの顔に、リカルドは
「つまらないっ」
と急に不平の声をあげた。
「なんだかウォルトン秘書官と話をしている気分だっ!」
メリーウェザーはビクッとした。
「な、なんなんですか、急に」
「なんだよ、君が私の傍にいるのは仕事だけかい?」
リカルドは口を尖らせた。
「え、ええ!? 役に立てと仰ったのはリカルド殿下じゃないですか」
「言ったよ。言ったさ」
リカルドは何やら言葉にならない不満を抱えているらしい。むすっと頬をふくらませた。
「じゃあせめて、以前の舞踏会で着たドレスを今回も着用してくれ」
「ドレスにも指示が入るんですか? セクハラ!」
「セクハラとでも何とでも言え。あれはたいそう私の好みだった。少しくらいはいいだろう」
リカルドは子どものように拗ねた物言いをした。
「こ、好み!?」
メリーウェザーはカーっと顔が火照るのを感じた。
「な、ななな、何をおっしゃって……」
あわわ、言葉が続かない!
リカルドの方も照れて顔が赤くなっている。
が、まだ何か言い足りないことでもあるようで、顔を背けながら恨み節をぶつけた。
「この国に来て最初の方は、君だってとっても無邪気にやっていたじゃないか。それが最近はなんだか距離を感じるよ」
そりゃ、距離を置こうとしましたもの。
メリーウェザーは思った。
婚約者がいると聞いて、私がどれだけがっかりしたかご存じ? これ以上リカルド殿下を好きになってはいけないと思ったからじゃないですか。
今だって、婚約者殿を断罪したばっかりで傷ついているかもしれないと、こっちは気を遣っているんです。内心嬉しいけど、それを必死で隠して!
が、そこまで考えて、メリーウェザーはリカルド殿下の言葉の裏を想像してどきっとした。
それをつまらないとは? もしかして?
え? これってアリな展開?
するとリカルドは急に真面目な顔になった。
「私は君を気に入っている。お互い伴侶となるはずだった者と別れたばっかりで、今言うべきことではないかもしれないが。誤解のないように伝えておくよ。……他の男に靡かれるのも嫌だし」
「で、殿下……」
メリーウェザーは顔を真っ赤にした。
「正直、君がこの国に来た時から気に入ってはいたんだ。だって天真爛漫で可愛かったのだもの。ただ自分には婚約者がいたから必死で自分を戒めていたけどね。君も婚約者に裏切られたばっかりで男性不審に陥っているだろうと思ったし。でも、今はお互いそういった相手はいないだろう? まあ、ゆっくりでいいから、私を見てくれたら嬉しいかな。私は君の元婚約者の……あの王太子よりはマシでありたいと思っているし……」
リカルドは照れながらも、まっすぐにメリーウェザーの目を見ながら言う。
メリーウェザーは体が火照るのを感じた。
もうとっくにメリーウェザーはあのクズ王太子のことなんかどうでもよくなっていて、ただリカルド殿下に惹かれていたから。
「私だってリカルド殿下の優しさにどれだけ救われたか知れません……」
メリーウェザーは嬉しくて声が震えていた。
リカルドは微笑んだ。
「そうか。ではゆっくり始めよう」
「はい。嬉しいです」
メリーウェザーの目からは涙が零れそうになり、それをリカルドがそっと拭ってやった。
リカルドは抱きしめてやりたいと思ったが、自分から「ゆっくり」と言った手前少し躊躇って、ポンポンっとメリーウェザーの頭を撫でるにとどまった。
メリーウェザーはそんなリカルド殿下の真面目さも愛おしく思ったのだった。





