いいからさっさといけ
会場は興奮のるつぼである。
激情。
怒号。
感動。
悲鳴。
歓喜。
全てが渾然となっている。まさに坩堝である。
それは実況席も同様で。
おなじみの二人も興奮しながら、舞台の状況をつぶさに伝えている。
倒れたサリー・プライド。
その意識や怪我、試合続行の可否の確認をしている副審二人。
サリーから離れ、それに背を向け、観客にファンサービスをしている女神セシリア。
その横に控えている主審。
サリーの確認を終えた副審二人が、主審に向かって同時に横に首を振る。
それを見た主審がセシリアの右手を掴んでいいか確認してから、おずおずと極力触れないように神の右腕をつかみ、それを天に掲げる。
「いま! レフェリーが勝利を告げましたあ!」
この瞬間。
セシリアの勝利が確定した。
「高々と手を掲げられているのは!」
誰あろう。
「セシリア・ローズ選手ですう!」
女神セシリアである。
「第十八代! アイドルバトルの優勝者は!」
「新たなる女神! セシリアー! ローズう!」
解説おじさんも。
マイカ・エムシーも。
涙目、涙声である。
「会場の人間全員が!」
サリーファンであろうと。
「配信を見ている全員があ!」
セシリアファンであろうと。
「この星の半数以上の人間が!」
ながら見をしていた人間であろうと。
「奇跡を目の当たりにしていますう!」
この試合には夢中になってかぶりついた。
「サリー・プライドを破っての優勝は番狂わせ以外のナニモノでもありません。下馬評では限りなくゼロに近い勝利予想でしたが、なんと女神に生まれかわって勝利! 前代未聞! 前人未到!」
女神の加護を受けた絶対無敵のサリー・プライドを破るという奇跡。
女神の誕生を目撃するという奇跡。
女神のアイドルバトル優勝という奇跡。
全員が。
奇跡の目撃者となり、歴史の。奇跡の。語り部となった。
「セシリア選手陣営がいまセシリア選手の元へ駆け寄っております。ぜひ感動を分かち合って欲しいですう!」
モリー・マッスルとジョージ・Pが場外から舞台上に上り駆け寄るのが見える。
「あそこにモリー・マッスル選手がいるのが感慨深いですね」
「遠くから見ても泣いているのがわかりますね。彼女はあの敗北から現役引退に至りましたからね。教え子の勝利で一つつかえていたものがとれたのが見て取れますう」
「セシリア選手、モリー・マッスルと事務所の社長である男性と抱き合って喜んでいます!」
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「嬢ちゃん! よくやった! 一時はもう……! もうよう!」
モリーは涙があふれて言葉にならない。
「モリーさん! 私やりましたよ! モリーさんと一緒に勝ちました!」
「やめておくれよ、ただでさえ涙があふれて止まらないってのにさ……うおおおん」
実に見た目に似合った獅子の咆哮のような鳴き声であった。
感極まった時のモリー独特の泣き方である。
それだけ今日の試合は色々な感情が呼び起こされるものだった。表面上はもう負けは負けとして割り切った。今は成功している。あれでよかったんだ。なんて言ってはいるが、やはり悔しかった。何もできずに負けたあの日の夢で飛び起きる日もまだあった。
それとも今日でおさらばだろう。
セシリアは号泣するモリーを抱きしめる。背中に手を添えて、赤子をあやすようにポンポンと軽く叩く。
広い背中を全部包んではあげられないけど、こうやって支える事はできる。
そんなセシリアの肩に手がかかる。
モリーの厚い胸板から顔を上げて振り返る。
そこには事務所社長であり、セシリアの救世主がいた。
「ジョージ・P」
ジョージは無言でうなずく。
「私、やりましたよ」
「はい」
わずかに声が震えているのがわかる。
「あの日の目標達成しましたよ」
「俺はできると言ったでしょう?」
それを隠すように少しおどける。
「ふふ。はじめは信じていなかったじゃないですか」
「信じてなかったのは自分の才能です。セシリアさんじゃありませんよ」
おどけたように肩をすくめる。
「お互い半信半疑でしたからね」
そんなジョージ・Pにあわせてふふっと笑う。
「今は信じられていますか?」
フッと真剣なジョージ・Pの声。
セシリアはその言葉に自分の胸元に目を落とし、小さくうなずいた。
「はい。今は全部が埋まってます」
きっとステータスのHALF&HALFは消えているだろう。
「よかったです。これでいったん終わりですね。今は勝利と問題の解決を喜びながら体を休ませましょう」
ふう。とついた息。
「ジョージ・P」
それを払うセシリアの声。
「はい?」
「まだ終わってませんよ?」
終わっていない。の言葉にジョージは首をかしげる。
「何か問題が残ってました? 目標だったアイドルバトルの優勝を掴んで、セシリアさんの問題も解決して、めでたしめでたし。ではありませんか?」
「いいえ」
首を横に振って。
無言でジョージを指差す。
「俺?」
「はい。そして——」
少し離れた場所で倒れたままとなっているサリー・プライドを指差す。
すでに怪我などはセシリアのスキルで全て完治させてある。動かず空を見つめているのは本人の意志である。
「サリーさん? ですか?」
「はい。賭けの精算が済んでません」
「賭け?」
「ジョージ・Pとサリーさんでこの試合の勝敗で賭けていたでしょう?」
その言葉にジョージは思い出す。
正直そんな賭けは忘れていた。負けた時には代償を払う必要があるが、勝った時に何かを要求する気などなかったのである。どうせサリー・プライドの気まぐれなのだ。
しかし。それを精算しにいけと目の前の女神は言っているのである。
それは。
「——さすがにできませんよ。セシリアさん? まず良いですか? 敗戦間もない人間に対して賭けの精算を迫るのは世の中的には死体に鞭を打つと言って良くない行為なんですよ?」
「人の道理は女神には関係ありません。ダメです。今精算してください! 賭けの精算をしないと終わりません。私の賭けの要求はすでに先輩にはしてあるので、ジョージ・Pも要求もしくは回収をお願いします」
いつの間に。とジョージ・Pは驚く。
「セシリアさんも賭けてたんですか? 感心しませんね」
サリーといい、セシリアといい。
賭けはよくないとジョージ・Pは表情で訴える。
「もう! そういうのいいから、早く行ってください! 行け!」
シッシと追い払うように手を振る。
セシリアの口調が珍しいほどに荒い。
その剣幕にはさすがのジョージ・Pも逆らいきれず、不服そうではあるが、ゆっくりと、倒れているサリー・プライドに歩み寄るのであった。
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