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うまれおちたかみとひと

 セシリアが神界もどきにこもっている間の現世。


 対戦相手のサリー・プライドは、セシリアの感覚をすべて奪った後、ムサシ戦と同様に場外に落とし、己が勝利を確定させるためにセシリアに手をかけようとした瞬間に本能の警告を受け、その手を離していた。

 そしてそれは間違いなく正解であった。

 セシリアの体から白い光の糸が無限と思われるほどあふれ出し、それは瞬く間にセシリアの全身を包み込み、楕円形の繭を作り出した。

 手を離していなければおそらくサリー・プライドも取り込まれていたであろう。


 そしてそのまま距離をとって様子を見ていたが、白い繭は動く気配がなく。


 サリー・プライドは審判団に判断をゆだね、試合はいったん停止となった。


 そんな状況となった試合の間を繋ぐのはお馴染みの実況解説コンビである。


「セシリア選手が白い繭に包まれてから五分が経過しようとしておりますう!」

「これは異常事態ですね。セシリア選手のスキルの暴走でしょうか?」


 観客からもそう見えているだろう。

 セシリアが意図せず、女神が独断で発動したこの状況はスキルの暴走といっても間違いではない。


「こういった場合はルール的にどうなりますかあ? 解説おじさんお願いしますう!」


 しかし実況、解説にそこを断言する要素はなく、マイカ・エムシーは今後の流れを確認するべく、解説おじさんに説明を促した。


「そうですね。今回は異例であり、とても難しい判断にはなりますが、選手の戦闘継続が不明な状態になった場合は、その状態に至ってから十分経過後、審判団の判断にて相手選手の勝利となるかと思われます」


 ほぼ丸暗記しているルールブック。

 それでも念のために該当する部分を開きながら、解説おじさんは見解をお茶の間に届ける。


「わたしからも補足させていただきますねえ。このルールは一旦何らかの理由で試合停止状態に陥った場合に相手選手がその時間内に戻らなければならないというルールを実況と解説が解釈したものであり、審判団の判断によっては即戦闘不能と判断される可能性もありますう」


 語尾がおかしく伸びるマイカ・エムシー。しかしその進行能力は圧巻である。きちんと解説おじさんのフォローにまわっている。こういったトラブル時の対応能力を買われ、この場に立ち続ける。

 やはり彼女もプロである。


「そうなんですよね。さすが、マイカさん。大会に精通されています」

「ここで年数を持ち出さなかった解説おじさんにも成長を感じます」


 実況と解説が膠着した試合状況を放送事故にしないためにMCで繋いでいると、審判団の方にも動きがあった。


--------------------------------------------------


 決勝戦の審判は準決勝までとは異なり、主審一人、副審二人という構成からなっている。そして今その三人は会場中央で白い繭を目の前に雁首揃えていた。

 おおむね方針としては解説おじさんとマイカ・エムシーが語った通りではある。


 が、それ以上に彼らには優先すべきことがあった。


「審判長、どうします?」


 副審の一人。

 ちょっとあほ面の青年が審判長の袖を軽く引っ張り、サリー・プライドへと視線を送る。


「どうするってなあ? サリー・プライドがいるんだよ? まともに仕事できる? 無理だろう?」


 そう彼らはサリー・プライドに夢中になり、どうやってこの場に居続ける事ができるかに腐心していた。

 まあ──馬鹿である。


「いや、それはそうですけど。それはまあ、うん。綺麗っすよねえ。どうしたらいいっすかね?」


 あほ面の副審はサリーに首ったけである。


「ほんとにさー。ちょっとでも近くにいたいし、こうなったら判定時間伸ばす? どう? タイムキーパー、ちょっとタイマーとめない?」


 タイムキーパーを兼ねている眼鏡をかけたこの中では比較的真面目そうな男に水をむける。


「順当に行けば試合停止の制限時間経過後にサリー・プライドの勝利で終わりっすからね。あと五分もないっすよー」


 あほ面もそれにのっかる事にしたようでサリーから眼鏡へと視軸をずらした。


「いやー気持ちはわかりますが、さすがにそれはまずくないですか? 後でドンに怒られますよ?」


 くいっと眼鏡のフレーム位置を直す。

 それでも気持ちはわかるらしい。


「ドンに怒られるのは嫌だな。サリー・プライドに怒られるならご褒美だけど……」


 言いながら視線はサリー・プライドへと泳ぐ。鼻の下ものびている。


「あーいいっすね。こないだサリー・プライドに似た嬢が叱ってくれる店に行ったんすけど、出てきたのがサラミ・プライドとか言ってて、お前、サラミどころか、凧糸で縛られたチャーシューじゃねえか! みたいなのが出てきてえらい目にあったんすよねえ」

「おま、バッカじゃね? サリー・プライドに似た嬢なんているわけないだろうが」

「自分は案外、そのサラミが好きかもしれません……」

「マジかよ、おまえすっげえな!」


 そんな具合に試合の判断から話題が逸れ、バカ審判団が三人で笑い合っている横で、全部聞こえているサリー・プライドは我関せずといった様子で、何かを待ちわびるかのように、静かにセシリアが包まれた白い繭を見つめていた。

 そしてその静かな視線を自分たちに向けられた侮蔑と感じとった審判長は快楽と恐怖がまざった感情に身を奮わせて職務を全うするべく身を正した。


「ま、結論としては制限時間の残り時間分、この白い塊が白い塊のままでいてくれるのを待つ。その間、間近でサリー・プライドを堪能するってのが、審判団団長としての結論である!」

「最後だけ締めても締まんないっすよ」

「了解です。制限時間、残り四分です」

「まー制限時間までしっかり頑張ってくれよ。白球くん」


 審判長がセシリアを包む神界もどきの外殻を軽く小突く。


 コンコン。


 硬質な音が返る。


 パカ。


 何かが割れた音も返ってくる。


「え?」「は?」「残り時間、三分半です」


 審判長のノックと馬鹿審判団の間抜けな声を添えて。

 神界もどきの外殻が割れ、光が溢れ出す。


 その光は誰も見た事のない光。アリーナ全体を染めるシロ。

 神を生み出す光である。


 それは暖かく。それは柔らかく。まるで穏やかな春の陽。

 直視しても目が眩む事のない。

 慈愛がそのまま光となったかのようなソレ。


 会場中の誰しもがその光にずっと包まれていたいと感じる。


 いや、会場だけではない。カメラを通した画面の先にいる人間にもそれは伝播していた。クルーズタウンだけではない。世界中が目撃し、その光に包まれているのだった。


 それはすべてを許されているような時間。しかしそれはずっとは続かない。

 いつしかその光は一点に収束する。


 神を形作るようにヒトガタへと変わる。


 セシリアの形へ。


 新しい神の形へ。


 全世界が目撃する神の誕生である。


 誕生したセシリアは立っているだけだった。ヴィーナスのように貝殻の中にいるワケでもなく、天孫のように雲に乗ってくるわけでもない。


 光から生まれ。

 立っている。

 ただそれだけ。


 でも神だとわかる。


 見ただけで何がわかると見た事のない人間は言う。


 でも見ればわかる。と見た人間は言う。


 それだけの説得力が、それだけの存在力がある。


 いつからだろう。誰も気づかないうちに。誰もが意識せずに。

 大声をあげていた。

 足を踏み鳴らしていた。

 手を叩いていた。

 興奮に沸いていた。


 それは人類に共通に宿るプリミティブな信仰のカタチ。


 後世の伝えでは、この時、星が揺れた。とある。それは言い過ぎかとは思うが、それほどの歓声と感動の嵐である。少なくともクルーズ・アリーナは揺れていた。滂沱の涙を流す観客もいれば、手を組み合わせ祈りだす観客もいる。会場にいる全ての人間が思い思いの方法で祈りを捧げていた。


 ただ一人。


 例外を除いて。


 サリー・プライド。


 彼女はすべてを承知していると言った顔で神を指さす。


 サリー・プライドは神を待っていたのだった。




お読みいただきありがとうございます。

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