せいろんのやいば
「試合開始!」
レフェリーの声が会場にこだました。
しかし、試合開始を促した当の本人。サリー・プライドは動かない。
中央に立ったまま。そのまま。
レフェリーを促した手を、今度はセシリアに向けている。
掛かってこい。というのだろう。
「ふふ。先輩サービスがいいですね。行きます! なれ果てからの喝采!」
これから始まるバトルを楽しみにするようにセシリアがスキルを展開する。
スポットライトが十基。天に出現する。次々と点灯し、その下には幻影が浮かぶ。
そのネタは既にわれており、サリー・プライドがルージュのように慌てる事はない。まあ、われていなくてもサリー・プライドは慌てないが。ジョージ・P以外でサリー・プライドを慌てさせるモノがあれば見てみたい。
幻影が歌い踊る。
その応援にセシリアの四肢へ力がながれこむ。
「ファン・ファンネル! モードリオン!」
続くセシリアの言葉にファン・ファンネルが実体化。
その両手に獅子が宿る。
ルージュ戦でまとったモードタイガーとは違うライオンのようなナックルである。
「素敵なパペットね。今度はライオンさんかしら? 虎とライオンで人形芝居でも見せてくれるの?」
サリー・プライドが両手に装備したファン・ファンネルをパペットと形容するが、人形芝居などしないとばかりに、両手のライオンが怒ったように口を開けて吠える。
人形芝居である。
「先輩の言う通り、今度はライオンモチーフなんです。これ、モリーさんを意識して作ってるんですよ。タイガーよりも攻撃力重視の型になってます」
モリー・マッスルの想いを乗せた拳。
それらには全てモリーの名前を冠していた。このバトルにはモリー・マッスルの魂も背負っている。
穏やかな口調ではあるが、モリーの魂が乗っている拳をパペット扱いされてはいい気分ではない。
「へえ、怖いわね。それでサリー・プライドを殴ろうっていうの?」
軽く身を震わせる。
その態度、言葉とは反対にとても嬉しそうだ。
自分が圧勝であった五年前の決勝戦を思い出しているのだろうか。
「ええ! 行きますよ!」
これ以上の問答は不要とばかりに。
掛け声を合図にして、セシリアは地面を蹴った。
モードリオンは手だけではない。足にもそれを纏っている。
その足にまとったファン・ファンネルがまるで獅子の爪のように地面を噛み、身体強化のかかった脚力を存分に地面へと伝え反射させる。
それで。
一瞬のうちにサリーの眼前へ届くはずだった。
でも。
届かない。
気づくと。
サリー・プライドはかけ出す前と同じ距離感で微笑んでいた。
「へ?」
戦闘中であるが、思わず抜けた声が漏れる。
両拳の獅子も口を開けて心なしかぽかんとした表情を浮かべているように見える。
「で? 後輩はいつサリー・プライドを殴りに来るのかしら?」
同じように片手でセシリアを煽っている。
サリーの場所は動いていない。
セシリアの場所も動いていない。
ただ。地面だけは足に纏ったモードリオンでえぐられた跡がある。
これがある以上、セシリアが飛び出した事実には相違ない。
ただ戸惑うばかりのセシリアにサリーは言葉を続ける。
「後輩、サリー・プライドの能力をお侍ちゃんから聞いていないの?」
お侍ちゃんとはムサシの事だろう。
その言葉には若干の呆れが混ざっている。
「聞いてませんよ。そんなの聞いてたら卑怯じゃないですか。私はフラットな状態で先輩に挑んで勝ちたかったんです」
セシリアの返答にサリー・プライドは顔を左右にふった。
呆れた。そんな言葉が聞こえてきそうな態度。
小さなため息。
「卑怯? フラット? 後輩は何を言っているの? サリー・プライドは後輩の能力をちゃんと知っているわよ。調べたもの。いま使用しているスキルも知っているわ。今日初めてみた両手のライオンちゃんは知らなかったけどね。それでもファン・ファンネルというスキルが変幻自在の能力だっていう事は知っていたわ。調べられる事は全部調べてから挑むの。仕事も一緒でしょう? アイドルは会場の音響を調べて低音がこもるとか、高音がわれやすいとか、調べてから音響さんと調整するでしょう? ダンスのフリだって本番前には完璧にしておくでしょう? 女優でも一緒よ。台本を読み込まないで現場に行ったらその日一日の撮影は潰れるのよ? 予習は罪ではないわ。むしろ仕事には必須よ? そんな考えでいたら後輩は何も出来ずに人生を負けて終えるわ」
女優の面目躍如たる長台詞を滔々と語りきったサリーに会場から割れんばかりの拍手の嵐。
しばらく待ってからそれに対してクールに両手を観客席に向ける。
一瞬で訪れる静寂。
「ぐう」
「何をお侍ちゃんみたいになっているの?」
セシリアはあまりの正論の刃にムサシお得意のくっころ状態になっている。
「先輩のおっしゃる事がもっともすぎてぐうの音も出ません」
「ぐうの音は出ていたけれど? まあいいわ。今日は後輩がしっかりと反省できるように少し講義をしながら潰してあげましょう」
一歩。
サリーはセシリアに近づく。
近づかれたらまずい! とセシリアのバトル感が警告している。
くっころ状態を解除して、瞬時に戦闘態勢に切り替える。
「そうはさせません! モリーバレット!」
左拳から獅子の頭が放たれる。
ファン・ファンネルを使用した遠距離砲であり、距離を取りたい時にジャブ代わりに使用している。
それは大口を開けて敵を喰い破らんと、サリー・プライドの眼前に迫る。
「届かないわね」
一言。
それだけで獅子は霧消する。
「ファン・ファンネルが消えた!」
ワケがわからない。
「そう。消えたわ。でもそれだけじゃない。ほらその右手も動かないわね?」
一歩。
右手を指差しながら近づいてくる。
その言葉通り主砲であるセシリアの右手は動かなくなっている。
「何を驚いているの後輩? そんなに驚いていたら左手も動かなくなるわよ?」
一歩。
右手を指していた指先は左手へと移動する。
防御の為に目の前に構えていた左手は動かず、視界を塞ぐ遮蔽物と成り果てる。
「後輩はサリー・プライドが一歩一歩着実に近づいて来ているのがちゃんと見えているかしら? 左手が邪魔で見えないのかしら? サリーは逃げた方が良いと思うわよ? それとも両足がすくんで動かないの?」
一歩。
指先は半身に構えた状態の足元へと移動する。
慌てて動かそうとした足は既にセシリアの意志に従う事はできない状態である。
「そう。逃げられないのよ」
自分の左手越しに徐々に近づいてくる。
絶世の美女である。
逃げられない。
ここで初めてセシリアは後悔した。
ジョージ・Pに聞かなかった事。
女神に聞かなかった事。
対ムサシ戦をあえて観戦しなかった事。
サリー先輩の能力を調べなかった事。
意地を張った事。
どこかで何とかなるだろうと思っていた事。
どうにか、なんて。
なるワケがなかった。
サリー・プライドなのだ。
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