すのーどーむでらすとらいぶ
「間に合って! ファン・ファンネル!」
叫ぶセシリア。
その手の先にほとばしる鱗のようなファンネルは美しい群体を作り出し、さながら龍のように中空を疾る。
そしてそれは大きな口を開けて、体を埋め尽くす光点から力を解き放たんとしているルージュ・エメリーをばくりと飲み込んだ。
会場をああ、という感嘆が埋め尽くす。
それが安心からなのか、恐怖からなのかは観客たちにもわからない。
ルージュ・エメリーを飲み込んだ龍はぐるぐるととぐろを巻き、ルージュの放つ攻撃から会場を守るため、幾重にもその身を巻き付け、多層結界とも言える状態を作り出した。
一方ルージュ・エメリー。ファンの龍に飲み込まれた状態であるが、本人はすでにそんな事に気づいていない。いや、もしかしたら気づいているかもしれないが、意に介する精神状態にはない。
体の中ではちきれんばかりに暴れる力。それを体内におしとどめている痛痒。そしてそれを自分の意思ひとつで解き放てる自由。解き放った時の快楽。それらが精神を支配し、享楽、快楽、悦楽の園に精神は転移している。
「は、ハハハ、ダスわよ! 全員これで死ぬ!」
セシリアのファン・ファンネルが体内から突き破られて会場に光線が放たれればルージュの言う通りになる。
しかしセシリアはそんな事をさせる気はない。
ここで光線を全て防げれば、もうルージュに力は残っていない。そこで勝敗は決し、セシリアの勝利になる。お互いに力を出し惜しみする気は一切なしだ。
「ぜ、ん、い、ん! 死にナア! 千本死突!!!」
半透明な龍に飲み込まれたルージュ・エメリー。
叫びと共に。
全身に纏った光点が。
軛から解き放たれた。
それはすでに点としては認識できる量を超えていた。
放たれた千本死突。
触れただけで肉体を破壊するほどの威力を持った光線が一気に放たれるそれは技名通り、千にも届きそうな数である。それら全てが光の龍を体内から食い破らんとする。
「ファン・ファンネル! お願い! みんなを守って!」
セシリアの願い。
それはファンの願い。
ファンがファンすればするほど硬くなる盾。
画面の先の、会場中の、ファンたちは。
セシリアのため、自分のため、他人のために。
祈る。
さらに会場を守らんとするセシリアの姿に心打たれ、現在進行形でファンは増え続けて、その数すでに数十万人を超えている。それと同枚数のファンネルが多層結界を展開しているのだ。単純な数で言えばファン・ファンネルの圧勝である。が、しかし単純な個の能力で言えば圧倒的にルージュの勝利という状況でもある。
一枚一枚はとても小さいファンネルが身を寄せ合い、幾重にも重なり、常の力となっている、ファン・ファンネル。
一本一本が力を持っていて、それを寄せ集め、かき集め、今この時を突破するためだけに集約している、千本死突。
まるで二人の特徴そのままである。
放たれた光線は体内の鱗を砕き、龍の腹を食い破らんとばかりに放たれ続けている。
破られたファンネルはカケラとなる。
阻まれた光線はチリとなる。
結界内を乱反射する光線とそれに煌めくカケラ。
カケラは地面に降りそそぎ、落ちた先で再び鱗を形造り、他者と身を寄せ合い、再び小さな龍となって天に昇る。
光線はなおも尽きる事なく放たれ続ける。
破壊と再生。
せめぎあうその姿。
苛烈である。
だが一方、その苛烈さとは裏腹に。
美しい。
まるで巨大なスノードームのような様相である。
散る雪の中。
光線を放つために踊るルージュ。
皮肉にもそれはまさにアイドルの姿であった。
闇に堕ち失ったアイドル性を取り戻していた。
自分のためだけを追求し続けたルージュ。それを支え続けていたセシリア。
他を犠牲にしようとするルージュ。それを防ごうとするセシリア。
協力構図、対立構図の違いはあれど。
それはトワイライトの再現のようである。
当時、その評価は全てルージュに向かっていた。
しかし今は違う。皆を守らんとする気概。慈愛。それらから美しさへの評価は全てセシリアに向かう。皆がセシリアの魅力を知った。皆がセシリアの勝利を願った。
無限に続くかと思うほどに美しいスノードームライブ。
それを見た皆がセシリアにファンしている。
魅了されたファンの数に比例してセシリアのファン・ファンネルはさらに硬さは増していく。そうなると自然に砕かれるファンネルの数は減っていく。
反対に。
ルージュの力は有限である。
怒りや快楽を力の根源としているが、人間の感情というものはそこまで長続きするものではない。発散すれば消えていくし、忘却の機能で薄れていく。どれだけ粘着気質な人間でも残滓として残る感情はあれど爆発的な力にするにはどうしても足りなくなっていく。
徐々に光線は細くなり、数を減らし、龍の腹を食い破れなくなっていく。
時間が経てばスノードームは静まるのである。
「……なんでよ」
光線を打てなくなり、結界内でへたり込んだルージュがつぶやいた。
「ルージュさん、もう力はないでしょう? 大人しく降参してくれませんか?」
「は? ルージュが降参? 調子にのってんじゃないわよ。今からあんたを殺してルージュが勝つのよ」
強気なその言葉にもこころなし今は力がない。
「戻ってファン・ファンネル」
とぐろを巻いてルージュを包んでいた結界はセシリアの言葉に反応して今度はセシリアの体を包み込んで透明化した。それを見たルージュはニヤリと笑って、腰に差していたレイピアを引き抜くとセシリアに向ける。
「一点死突!」
レイピアからは細い光線が放たれるが、それはセシリアに届く前に霧散した。
「は!?」
ルージュが油断と判じたセシリアの行動は油断などではなかった。すでにルージュには光線を放てるほどの力は残っておらず、意地だけで放った光線も力なく消えることは自明の理であった。
しかしルージュにそんな事が認められるわけもない。
「ルージュをそんな目で見るなッ!」
セシリアが己を見る視線にイラつき、声を荒げ立ち上がると、おぼつかない足元を無理やりと動かして、拳を振り上げながらセシリアに駆け寄る。
「オラァ!」
気合いと共に拳を打ち込むが、力はこもっておらず、ファンネルに阻まれ、セシリアに届く事はない。
「ここでッ! ルージュは! 勝つんだッ!」
なおも打ち込み続ける拳はただ不毛にファンネルを殴り続ける。そのたびに拳の皮は破れ、肉が抉れ、鮮血が舞うが決して止まる事はない。方向は間違っているがその不退転の覚悟は本物であった。
「……ルージュさん! もうおしまいにします!」
「オラァ! 血だらけだァ! アンタの負けで終わりィ!」
舞い散る己の鮮血が自分のモノだと気付けない状態。危険である。
「ファン・ファンネル! モードタイガー!」
掛け声と共に一部のファンネルがセシリアの両拳に集まってその全体を覆った。
モードタイガーの名称通り、まるで二頭の虎の頭を拳に纏っているようである。
「行きます!」
モリー・マッスル仕込みの格闘スタイル。
身体は半身。
足は爪先立ち。
左拳は顔の前。
右拳を深く引いている。
脱力し。
呼吸を整え。
力を全身に巡らせ。
放つ右拳を銃身にこめる。
目の前には駄々っ子のように拳を振るう対戦相手がいる。
過去、自分を散々な目にあわせてくれた人間。
普通であれば恨み骨髄に入り、何度息の根を止めてもそれが晴れる事はないだろう。
しかしセシリアはそうではない。
恨んでもいる。憎んでもいる。でもどこかで感謝もしている。元チームメイトとしての情もある。
そんなルージュはセシリアが止めなければこのまま壊れてしまうだろう。
意を決して拳を握りしめる。
「モリー・バレット!」
モリー・マッスル直伝の右拳はルージュの腹に放たれた。
無防備に立っていたルージュ・エメリーはその攻撃を避ける事も防御する事もなく。
ただ受けた。
生まれてはじめて、他人からの言葉を素直に受け取ったように。
それはとても穏やかな表情だった。
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