てきじょうしさつっていっているでしょう?
『オーディン』の事務所内。
ジョージ・Pは珍客対応をしていた。
「サリーさん、今日はどんな御用向きですか?」
サリー・プライドである。
セシリアがモリー・マッスルの所へ試合前の調整へ向かったのと入れ違いのタイミング。
アポなしの来訪。
意図が見えず、ジョージ・Pは混乱していた。
「敵情視察よ」
五年前まで使用していた自分用のカップに注がれた紅茶に口をつける。
「そんな堂々と」
敵陣で出された飲み物に口をつける事も含めての発言である。
「サリー・プライドがくるのよ。ありがたいでしょう?」
サリー・プライドにそんな事をする人間はいない。
という自信のあらわれだと言わんばかり。
「そもそもセシリアさんは忙しいので基本事務所にはいませんからこちらにきても仕方ありませんよ」
「本人がいなくてもサリー・プライドにはわかる事がたくさんあるのよ」
手元を見る事もなく、かちゃりとカップがソーサーの上に置かれる。
見るまでもなくわかるのだ。
「俺からは何も話しませんよ?」
「そんな事は知っているわよ。貴方はそういう所はしっかりしていた」
過去を思い出す。
「サリー・プライドにお褒めいただき光栄です」
「思ってもいないくせに」
にこりとした社交辞令。
ジョージ・Pの笑顔をはりつける技術をサリー・プライドはよく知っている。
「そんな事はありませんよ。俺は貴女を尊敬している」
「……じゃあなんで」
少し真実味がこもった言葉。
虚を突かれてサリー・プライドは口ごもった。
「ん? どうしました?」
「なんでもないわ」
サリー・プライドはソファから立ち上がり、ごまかすように事務所内を歩き始めた。
「変わってないわね」
「……時間が止まってましたから」
「止めたのは貴方」
「そうですね」
「なんであの時、“私“の手をとらなかったの?」
「……なんででしょうか」
思い出すような。
悔いているような。
そんな顔で過去を思い出す。
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五年前。
サリーはアイドルバトルに優勝して『オーディン』から『クルーズ』に移籍することになった。
ドン・クルーズからは多額の移籍金が提示されていた。
ジョージもサリーの女優としてのプロモーションをオーディンで続けていく事は不可能だと感じていた。
サリーもクルーズに所属して開けていく女優としての未来に希望を抱いていた。
ピッタリと条件が重なり、全員が幸せになる契約だった。
条件だけは。
……しかし肝心の二人の思いは重なっていなかった。
サリーはジョージが自分に付属してクルーズに来てくれると思っていた。
ジョージはアイドルを救済するという夢のためにオーディンを続けようと考えていた。
という建前。
そんな理由以上に、ジョージ・Pはサリー・プライドを愛してしまっていた。
プロモーションするアイドルに恋愛感情を持ってしまったと気づいたジョージは身をひく決意を固めていた。
契約の日。
そのずれが露呈した。
サリー・プライドが差し出した手をジョージ・Pは拒否した。
結果、サリーは泣き叫んだ。
泣き叫ぶサリーへとジョージ・Pがかける言葉はどれも表面的で、全て上滑りしてサリーの心へ届くことはなかった。
この日の契約はサリー・プライドとジョージ・Pの関係性を徹底的に破壊した。
サリー・プライドは過去を捨て去るようにさらに自己を研鑽し、あっという間にトップ女優へと駆け上っていった。
まるで古巣などなかったかのように、アイドル時代などなかったかのように振る舞った。
ジョージ・Pは自分の選択ながらも愛するサリーを失った日々が自分の予想していたよりも辛く。
気づけば事務所内にサリー・プライドの幻影を見るようになった。
何をするにも基準がサリー・プライドになってしまった。
これではなにも手につかない。
こうなってしまうと新規のアイドルをスカウトしてプロモーションなんてできるわけがない。
さらに悪い事にはサリーの移籍金はジョージ・Pを廃人のまま一生生かす事のできる金額だった。
こうやってオーディンの時間は止まった。
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「またそうやって貴方はごまかすのね」
無言で答える事のないジョージ・Pに痺れをきらしたサリー・プライドが不満げに言う。
「そうですか?」
にこりと。
笑顔を作るのはアイドル時代、プロデューサー時代、通してジョージ・Pの得意技である。
「いいわ」
サリー・プライドのため息。
「すみません」
何を詫びているのか。
あの日、手を取らなかった事か。
今日、その理由を答えなかった事か。
過去の全てにか。
「じゃあ、賭けをしましょう?」
「賭けですか? 感心しませんね」
再びソファに腰掛けたサリー・プライド。
「いいじゃない。サリー・プライドとジョージ・Pの仲でしょう?」
「その過去を捨てたのは貴女では?」
「先にサリー・プライドを捨てたのは貴方よ」
嫌味を投げあい、お互いにフフと笑う。
「話だけ聞きましょう?」
「アイドルバトルの結果に関してよ」
「ほう?」
「貴方のアイドルとサリー・プライドは決勝戦で対戦するわ」
「そうなりますかね?」
ブランクのあるサリー・プライドが決勝まで辿り着けますか?
という安い挑発。
「少なくともサリー・プライドは決勝まで負ける事はないわね」
「セシリア・ローズも負けないでしょう」
「なら決勝であたるわね?」
「そうなりますね」
じゃれあいのような挑発は終わる。
「その決勝で勝った方の言う事をなんでも聞く事にしましょう?」
「どストレートな賭けですね?」
あまりに捻りのない提案にジョージ・Pは少し驚く。
「いいじゃない。お互い自分が負けるなんて一ミリも考えていないでしょう?」
「俺は自社のアイドルを信用してますからね」
「ならOKね。サリー・プライドが勝ったらジョージが。セシリア・ローズが勝ったらサリー・プライドが」
「なんでもひとつ。相手の要望を叶えると」
セシリアに迷惑がかからないのであればジョージ・Pとしては特に問題はない。
「念の為言っておくけど、金品はなしよ。お互いの言動で叶えられるものね」
「それを言ってもらってよかった。こっちはサリー・プライドの権利を全て要求しようとしてましたよ」
明らかに冗談とわかるトーンと表情のジョージ・P。
「ふ。じゃあサリー・プライドは忙しいからもう帰るわ」
「あ……そうですね。結構な時間が経ってました」
「懐かしかったわ」
テーブル越しに手を差し出すサリー・プライド。
「俺もです」
その手を握ったジョージ・P。
あの日、握れなかった手だった。
そのままジョージ・Pはソファに座っているサリー・プライドを立たせた。サリー・プライドもそれに従い立ち上がり、手を離すと部屋を出るためにそのまま扉まで綺麗な姿勢で進み、足を止めて振り返った。
「賭け、忘れないでね」
そこにあるのは。
アイドルの顔でも。
女優の顔でも。
ない。
「ええ」
それに答えるのは。
対戦陣営の顔でも。
元プロデューサーの顔でも。
ない。
昔馴染みの二人。
過去、同じ道をともに歩んだ二人。
今、この時間だけ過去に帰っていた二人。
でもそれもここまで。
扉は音もなく閉まり、二人を再び隔てた。
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