おでんはしんすきるをおともに
モリー・マッスルのジムに通い始めてから一ヶ月ほど経過した頃。
夏の残り香は消え、すっかり季節は秋となっていた。
少し肌寒い季節になり、事務所の一室でランチミーティングと称し、ジョージ・P特製のおでんを振る舞われていた。
「んーーーー! 大将のおでん! 久しぶりです!」
セシリアの感動が室内にこだまする。
感動しすぎて、んーの所にメロディがついている。
「そこまで喜んでもらえると久々に大将に戻った気がしますね」
「……! すみません、ジョージ・P! おでんを食べてたらついつい呼び名が大将に戻っちゃいました!」
一番最初に大将呼びを禁止されていた事を思い出したセシリアはす具に訂正する。
ジョージ・Pは気にしている風はない。
「いえいえ、おでんの時は大丈夫ですよ。それよりそんなに慌てたら口の中やけどしますよ」
「セーフでした。いやあ本当に大将のおでんは最高ですねえ。この後の仕事がなければ一献合わせたくなります」
「飲酒してのステージはもう少し大御所になってからですね」
「大御所になっても飲酒ステージはダメですよ!」
むうと膨れる頬に、軽く笑いながらそうですねと答えたジョージ・Pがふと話題を変える。
「ところでセシリアさん、格闘訓練は順調ですか?」
急に仕事の話になり、あわてて口に含んでいたたまごをもぐもぐごっくんしてセシリアが答える。
「ええ! モリーさんにみっちり鍛えてもらってます!」
両腕で力こぶを作ってみせるポーズはきっとモリー・マッスルの真似であろうが、可愛いが過ぎてしまい、迫力はない。
「あの人の指導には定評ありますからね。心配は無用ですか。ですが、あのモリー・マッスルに稽古をつけてもらえるとは驚きましたよ」
「ん? ジョージ・Pはモリーさんをご存知で?」
サリー・プライドに敗れる前の実績と、格闘系アイドルやこの街のセレブに対しての指導実績。
両面からモリー・マッスルは有名人。
知らないセシリアの方が少数派である。
「もちろんですよ。彼女は格闘系アイドルのトップオブトップで、強さと美しさがイコールであるという理論の体現者です」
「ほんとに獅子のような美しさですもんね」
金色の髪を振り乱す凛々しくも愛嬌のある容姿を思い出す。
「実際に現役時代は、『獅子であり豹でもある。だが吾輩は猫である』ってキャッチコピーでしたよ」
「猫、かわいすぎます! でもわかりますね。稽古中も時たま猫になりますよ。内緒なんですけど、差し入れのクッキーとか見るとゴロゴロのどが鳴ってますもん」
言いながら中空であご下を撫で回すそぶり。
「それは可愛いですね。にしても……うちの事務所とは因縁があるのによく受けてくれましたね」
ゴロゴロにゃーんなモリー・マッスルの想像をかき消すように、無理矢理真面目な顔で真面目な話題に変える。
「サリー先輩とのことですよね?」
「セシリアさんも聞いていましたか。アイドルバトルの決勝でサリー・プライドがモリーさんに勝った結果が彼女の凋落のきっかけでしたから」
当時を思い出して視線が落ちる。
「んー。モリーさん的にはそれはもう過去の話で誰にも遺恨はないそうです。ただ負けっぱなしは性に合わないから今回の件は女神が与えたもうたチャンスだねとは言ってましたよ。モリーさんの性格的に嘘ではないと思いますけど」
「なんというか。さすがのモリー・マッスルですね」
納得の表情。
モリー・マッスルのパブリックイメージ通りの言動である。
「おかげでビシビシのスパルタで指導されていますけど」
「その結果はどうですか?」
「ふふふ。よくぞお聞きくださいました」
ニヤリと笑う。
「その顔は何か目覚めましたね?」
「御明察です。私、スキルに目覚めてしまいました」
「新スキル、いいですねえ! それはどのようなスキルなのですか?」
「ステータスオープン! ジョージ・Pも確認してください」
「では失礼して……」
いつものステータス確認が始まる。
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名前:セシリア・ローズ
職業:アイドル
ウェポン:ファンサ(+35917)
スキル:布教、なれ果てからの喝采、ファンファンネル
SING:★ ★ ★ ☆ ☆
DANCE:★ ★ ★ ☆ ☆
BEAUTY:★ ★ ★ ★ ☆
BATTLE:★ ★ ★
自己肯定:HALF & HALF
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「このファンファンネルというのが新スキルですか」
「はい! すっごいですよこれ!」
セシリアには珍しく自分の事に肯定的である。
「どんな能力なんですか?」
「これは実際見てもらう方が早いですね。ジョージ・Pちょっと私を殴ってもらってもいいですか?」
「どこの世界に自社の所属アイドルを殴るPがいると?」
自社のアイドルをアホの子をとして見るPはここにいるらしい。
「ああ、大丈夫です、これパッシブスキルらしくて攻撃を受けた時に自動防御してくれるんです。パンチ程度では当たらないから大丈夫ですよ」
「なるほど。とは素直にはできませんけど?」
Pが自社のアイドルを殴る。
完全にパワハラである。
「軽くでいいですからお願いします。本気で殴るとジョージ・Pも痛くなっちゃうんで」
「仕方ないですね」
「どうぞどうぞ」
執拗なセシリアの催促に、仕方ないと言った顔で、軽く拳を握り、セシリアの肩を狙ってパンチを放つ。
「ッつ」
しかしそのパンチはセシリアに届く事はなく、硬質な音を立てて止まっていた。
同時にパンチを放ったジョージ・Pの顔が歪んでおり、拳とセシリアの肩との間には鱗状の膜が張られていた。
「これがファンファンネルです」
さっきまでセシリアの肩にあった鱗状の膜は移動しており、今はセシリアの手の上でゆらゆらとぜん動していた。
「この膜がですか?」
「実はこれ一枚一枚はとっても小さい六角形の板みたいなやつなんですよ。それがいっぱい集まって膜になってガードしてくれたり、拳に纏って攻撃力を上げてくれたりするんです」
「……万能すぎる」
ナックルガード以外にも刃物状になったり、盾状になったりと自由自在に形を変えるその能力を目の当たりにして思わずジョージ・Pの口から言葉が漏れる。
「ですよねえ? これモリーさんとのスパー中に習得したんですけど、危うくモリーさんの拳を潰しかけましたよ」
「モリーさんは大丈夫でした?」
稽古中とはいえ、自社のアイドルが原因で怪我をしたのなら謝罪に出向く必要がある。
「はい! ナックルガードをつけていたので大丈夫だと言ってました」
「そうですか、よかった。なら直接の謝罪ではなく、今度お詫びの品でも送っておきます」
ホッと胸を撫で下ろす。
「あ! いいですね。モリーさんはスマートな都会的な物が好きですよ」
「わかりました。考えておきますね」
そう言って胸元に入っていた手帳を開き、クルーズロードの一流店を何店舗かピックアップして記載した。
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