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たちばなしはあいどるのてんてきですか?

 シーンカフェから戻り、休暇した分のエネルギーをライブとファンサービスに注ぎ込んで数週間。

 季節は秋に差し掛かり、頬を撫でる風の熱気が優しく変わっていた。


 そんなある日。


「どうしよう」


 セシリアは一人立ち尽くしていた。

 クルーズタウンの目抜き通り、クルーズロードの脇道に入り、少し行った場所にある瀟洒な小道。

 目の前には一棟のビルがあり、その一階には全面ガラス張りのスッキリとした雰囲気のテナントが入っている。

 ガラス越しに見えるその室内では数名の女性がサンドバックを叩いたり、縄跳びを飛んだりしているのが見える。


 格闘系のジムである。


 そう。


 セシリアは女神から紹介を受けた格闘ジムを訪ねてきているのであった。


 クルーズベイでの戦闘を経験して戦闘系アイドルの実力を知ったセシリア。

 自分では絶対にアイドルバトルには勝てない。

 そう言いきった女神の言葉の意味を思いしっていた。


「でも、なんて言って入ったらいいんだろう? 女神からの紹介できましたセシリアです? 流石に我ながら電波がすぎると思うのよね」


 そんな事を呟きながら既に小一時間ジムの前を行ったり来たりしている。

 完全に時間の無駄である。


「よし! もう一回クルーズロードのキラキラ成分を浴びてからこよう!」


 もう何度目になろうかという後ろ向きに前向きな意思決定で踵を返したセシリア。


 クルーズロードに向かって数歩進んだ所で突如重力が消えた。


 歩けども歩けども。


 歩が進まない。


 足元に視線を落とすとなんとも不思議。

 宙に浮いていた。


「ついにこんなスキルにまで目覚めたのでしょうか?」


 空をきる足の動きを見ながらつぶやく。


「んなわきゃないだろうよ」


 宙に浮くセシリアの背後から否定の言葉が降り注ぐ。


「は! 天の声! 女神かしら!」


 声の主を確認しようと振りむけば、そこにいたのは当然女神ではない。


 とても大きな女性。

 金色の髪を無造作なウルフカットで仕上げている意志の強そうな眉が特徴的なワイルド女性。


 宙に浮いていたのはこの女性に首ねっこ掴まれて持ち上げられていたからで。

 それは端的に言ってパワーであった。

 女性としては長身であるセシリアを軽々と持ち上げている事から女性の体躯が容易に想像できるだろう。


 でかい。


「はじめまして?」


 知らない顔である。

 行動からしてもセシリアのファンではないだろう。


「そう、はじめましてで正解だ。嬢ちゃんがセシリアで正解かい?」

「正解です。はじめまして。で、私をご存知で?」

「ああご存知だ。おれはモリー・マッスル。女神からの神託で来るはずの嬢ちゃんを待ち続けていた女だ」


 親指で自分を指し示すその動作はとてもマッスルで男前である。

 発言以外は。


「とても電波な発言ですね」


 つい先ほどまで自分がしようと思っていた説明とほぼ同内容の説明が他人からされている。

 客観的に聞いたら余計に電波であった。


「はっお互い様だろ? 嬢ちゃんだって女神の神託でここにきてるはずだ」

「そ、そうですね。神託なんて言って通じるかわからず、不安で入るのを迷っていました」


 流石に実際女神に会って行けと言われたのであるが。そのまま言ったら電波のK点を越える。


 セシリアはモリーと言う女に話を合わせた。


「確かにその気持ちはわかるね。おれも神託なんて受けたのは初めてだったからさ。一回目はゴーストかレイスの仕業だと思って相手にしなかったんだよ」

「妥当ですね」

「そしたらさ、信じるまで何度も何度も神託が降ってくるんだよ。ノイローゼになるかと思ったね」


 傍迷惑な女神である。

 しかもその行動が容易に想像できるのもまた困りものである。


「女神ですからねえ」


 神託からも漂う残念臭。

 普段はそんな事ないのに自分が絡むと途端におかしくなる行動を思い浮かべながらセシリアは微笑む。

 その態度を意外そうな顔で見つめるモリー。


「女神ってそんなイメージか? おれは意外だったよ。神殿の感じだともっと厳かで神々しい神を想像してたからさ。なんというか、必死すぎてキモいくらいだったな」

「あーわかります」


 女神を知らない状態であの神殿を見たのならあの荘厳さが女神のイメージになるのは至極当然だろう。

 神殿を知らなかったセシリアでもぼんやりとそんなイメージだったのだから、女神のパブリックイメージを形にしたのがあの神殿なのだろう。


「嬢ちゃんの神託もあんな感じだったのか」

「ええ、おおむね似た感じです」


 実際はもっと残念な感じで抱きつかれながらではあったが。

 それは言っても栓なき事。


「意外だねえ。意外だけど、なんと言うか、まあ親近感は覚えたね」

「それはわかります。私、女神好きじゃなかったんですけどね、あの感じだと嫌いになれないというか」

「わかるねえ」


 愉快な女神の話に花を咲かせているが。

 セシリアはいまだに浮いたままである。振り返りながら話していると少し首が痛い。

 長身の女性一人を持ち上げたまま安定して会話ができるモリー・マッスルのマッスルには驚く所であるがそろそろ持ち上げられている方が辛くなってきた。


「モリーさん。もう逃げませんので下ろしていただいてもいいですか? 振り返りながら話すのにちょっと首が痛くなってきたので」

「おお、すまなかったね。立ち話が浮いた話になっちまったよ」


 うまい事言ったった顔で笑いながらセシリアを地に下ろすモリー。


「私、アイドルなので浮いた話は天敵ですね」


 そんな冗談に笑って応え、乱れた上着を整えてから、モリー・マッスルにむきなおって頭を下げる。


 丁寧に。

 姿勢は真っ直ぐ。

 凛としたアイドルがそこにある。


「あらためまして、私はセシリア・ローズと言います。アイドルバトルで優勝するために格闘指導をお願いしにきました」


 アイドルバトルの優勝。


 その言葉を聞いたモリーの雰囲気は一変した。

 冗談を言っていた明るい顔から、射抜くような視線放つ真剣な表情に。


 まるで猫化の大型獣のような雰囲気だとセシリアは感じた。


 獲物の力を推し量るような。

 そんな視線で上から下までセシリアを舐めるように確認した後、瞼を閉じて少し思案した後に口を開いた。


「格闘の経験は?」

「ありません」


 クルーズベイで泥試合と評された戦闘は格闘経験にはノーカウントである。


 セシリアの否定にひとつ首肯いて口を開くモリー。


「無理だね。帰んな」


 即答。


 そしてそれはセシリアにとって数ヶ月前のコーンカフェで聞いたような言葉。見たような態度であった。


 デジャブかな? と首をかしげたが。


 帰んなと言われて素直に帰るセシリアでは当然ないのだった。


「ここで素直に帰る人間に対して女神は神託を下しませんよ」

「そうは言ってもね。いくら女神の神託とはいえ無理なものは無理だよ。そもそもアイドルバトルの出場権自体とれないだろうよ」


 けんもほろろである。


「それは大丈夫です! アイドルランキングの足切りラインは越えてます」

「ほん。それは意外だね。嬢ちゃんはそんなにランキング高位のアイドルだったのかい? 戦闘系のアイドルとは違って、非戦闘系アイドルのバトル出場ラインはけっこう厳しかったと思うんだけどね」

「ここ最近でランキング100位以内にはほぼ確実に滞在できるようになりました」


 少し見直した顔のモリーに対して、豊かな胸を張るセシリア。


「んーなるほどね。女神が神託を下す理由はあるわけだ」

「はい! ぜひお願いします!」


 再度、綺麗な姿勢で頭を下げる。


「まー神託に逆らうわけにもいかないし仕方ないか。とりあえず身体チェックやら現状のすり合わせがしたい。今日は時間あるかい?」

「はい!」

「じゃあとりあえず入んな」


 そう言って親指できらびやかなジムを差し示した。


お読みいただきありがとうございます!

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