あいどるとさむらいきょうとうす
ママが呆れ顔でため息をついていると、外がにわかに騒がしくなった。
団体客かと思い、三人が外に視線を向けるが違うようだ。
よく見ればどうにもガラの悪い男が出迎えたスタッフに絡んでいる様に見える。
それを訝しんでいるうちに、対応しているスタッフの声は徐々に大きくなり。
「お客さん! このカフェはそういう店じゃな……キャア!」
ついには悲鳴へと変わった。
「ああっ! またあいつらかいっ!」
それを聞いたママは一瞬で事情を察したように外へと駆け出し、サクラとセシリアもそれに続いた。
飛び出してきたママを見て、太った男がにんまりと汚らしい歯を剥き出して笑う。
「おう、ババア! またきてやったからよ! いい加減、言う通りにするか、店を畳むか選びなよ」
スタッフを突き飛ばしママに一声かけた後、その男はテラス席に腰掛け、そのままふんぞりかえり足をテーブルの上に載せた。
太く短い脚、大きく膨らんだ腹、いかにもな悪人面。
パツンパツンなショートパンツタイプの水着の上にガラの悪いアロハシャツを羽織っている。どう見ても街のゴロツキ、チンピラの類である。
その背後には海には似つかわしくないスーツ姿にサングラスをかけたクローンのような二人組の男が控えていた。
こちらも見た目にはそぐわない暴力的な匂いを発している。
「またあんたかい! なんど来たってあたしらはあんたらに払う金はないし、店もこのまま続けるよ。組合には参加費は払ってるし、クルーズタウンの行政にも届出を出してる。あんたらに許可をもらう必要はどこにもないんだよ! 帰んな!」
「おいおい、ババアもクルーズタウンは長いんだろうよ。表の金を払っただけでこの街で平和にやってけるワケねえだろうがよお! 特にこのクルーズベイでなにかするのにシーベイ一家に無断なんて通るわきゃねえだろうが!!」
言葉とともに短い足で器用にプラスチック製のテーブルを蹴り飛ばし、それはテラス席のはじの方へと軽い音をたてながら飛んでいく。
「クッ」
直接的な暴力の匂いに流石のママも言葉を継ぐ事ができない。
相手が怯んだ事を察して、太った男は立ち上がると、ゆさゆさと重い身体を揺すりながらママに近づく。
「な、痛い目に会いたくなきゃ言う通りにするのが一番だぜ。ここらじゃみんなそうやって生きてんだ。ドン・クルーズの目が行き届く中心街と同じ感覚でこの地方にやってきて、そのまま裏に落ちた人間なんてゴロゴロいるんだぜ。ババアだって使い道があるのがこのクルーズベイって地域なんだよ、なっ」
そう言って、砂に汚れた芋虫の様な手をママの頬に添えようとした。
その瞬間。
「汚い手で拙者の恩人に触れるんじゃないですよ」
先ほどまでママが立っていた位置にはムサシが立っていて、汚い男の手を腰に刺さっていた脇差の鞘で制していた。
驚いた男は声を荒げる。
「んだ、てめえはよお!」
まばたきの間に現れた見慣れない服装の女に意表をつかれた男は反射的に制されている逆の手で殴りかかろうとモーションを取るが、しかしムサシにはそんな動きは動き出す前に察知できており、一番後ろに振りかぶった状態でそれを制止した。
両手を制されたチンピラデブは飛び跳ねて距離をとった。その巨体に似合わぬ動きにムサシは感心するように、ほうと口を開いた。
チンピラデブは汚い歯を剥き出して怒りをあらわにする。
「先にヤッパを持ち出されちゃ、こっちも出さざるを得ねえよなあ!」
肉に隠れていた水着の部分をゴソゴソと漁るチンピラデブ。
しかし、そんな隙を見逃すサムライはいないとばかりに。
「出させないのですよ」
一言一閃。
目に見えない程の速さで元いた位置からチンピラデブの後ろまで駆け抜けたムサシ。
それと同時に白目をむいて倒れるチンピラデブ。
いつの間に腰の太刀を鞘に入れた状態で抜いており、目に止まらぬ速さでデブの腹を一閃していたのだった。
崩れ落ちたデブはピクリとも動かない。
それに油断する事なく今度は黒服二人組に刀の先端を向ける。
「あなた達の手先は倒れたのですよ。まだ続けるのですか?」
ムサシの言葉に黒服二人はお互いに顔を見合わせる。シンクロするような動作が妙に気持ち悪い。
「クロ、どうする?」
「ロン、この女は俺らがデーブより強いって理解しているみたいだよ。それくらいの実力はあるってことだ」
「クロ、確かにこいつはそこそこやるだろうけど、俺ら二人の相手じゃないよ」
「ロン、それはそうだよ。俺らシーベイ一家の若頭だよ」
「クロ、確かにな」
「ロン、じゃやるか」
クロとロンと呼び合ったスーツの男はお互いの背中を合わせるようにして左右対称に拳法の構えをとった。
「話はまとまったのですね」
ムサシは相手の構えに合わせるように、腰の太刀を鞘からスラリと抜き、切っ先を正面に構える。
そのタイミングで横にスッとセシリアが並び、ムサシに声をかける。
「ムサシさん! 二対一はさすがに不利です! 私も手伝います!」
「お姉様! ご一緒してくれるのですか?」
視線を正面から外さず、しかし嬉しそうに口角を上げながら隣に並んだセシリアに声をかける。
「もちろん! 私だってアイドルバトルに出る身ですから! ムサシさんには及ばないかもしれませんが、一人引きつけるくらいの役には立てるはずです」
「嬉しいのです! 実際あの二人そこそこの実力者ですから、同時に相手するにはちょっと苦戦しそうだったのですよ。でもお姉様が一緒なら安心です!」
「一緒にこのカフェを守りましょう!」
「はい! 行きます!」
掛け声とともにまずはムサシがテラスの床に薄く広がっていた砂が巻き上る程の勢いで駆ける。
まるでそれは第二戦の狼煙のように天に舞い上がった。
ママとサクラがそれに見惚れいている間にムサシは既にクロと呼ばれていた黒服に接敵しており、抜き身の刀を袈裟斬りにしてクロに切りかかった後であった。
勝負はそれでつくかと思いきや、すんでの所でそれはかわされており、刃はクロの黒服を軽く切り裂くだけに終わっていた。
振り下ろしの隙を狙うようにロンがムサシの横腹へと拳を繰り出しているが、それを少し出遅れたセシリアが横から体当たりを入れる事で阻止した。
なれ果てからの喝采で身体強化した状態の体当たりにロンは踏ん張りが効かず、テラスから砂浜まで軽く飛ばされていった。
追撃を入れるためにセシリアはそこからさらに駆けた。
「お姉様、そちらは一旦お任せするのです。すぐに駆けつけますのでご無理はなさらず!」
後ろ姿にかけた声に背中で応えるセシリア。
それを横目で見送るムサシ。
視線の先には砂浜を滑っていったロンがいる。
体当たりではそこまでダメージがないようで砂にまみれた黒服を叩いてセシリアを待ち受けているようだった。
ムサシが視線を戻すとクロが無表情で立っている。
「ロンと分断すれば勝てると思ったか?」
サングラスと無表情でその言葉の感情は見えない。
「二人セットは分断すれば雑魚なのは日の国の常識なのですよ」
「ならその刀ごと魂を叩きおってやる」
両の拳を合わせるとガチりと硬質な音がする。
見た目は普通の拳であり、武器を装備している様子もない。
「やれるものならやってみるのです!」
そう言ってムサシは静かに刀を鞘に納め、中腰に構えをとった。
「居合」
ここで初めて感心したような感情が漏れる。
「よくご存知なのです」
「待とう」
そう一言だけ言うと、足を踏み締め、俗に言う三戦立ちの体制を整えるクロ。
その構えを見て何かを察したようにムサシは頷いた。
「受ける気なのですね。では拙者のタイミングで行かせてもらうのです」
ふうと息をふき。
すうと息をすい。
ふうと息をふき。
そのまま脱力。一気にムサシの全身から力が抜けるのがわかった。
そのままテラスに倒れるかと思うような位置まで上体が落ちる。
ママとサクラがあっと声を上げた瞬間。
その場からムサシが消えた。
踏み込みの爆音を置き去りにした超スピードの居合い斬り。
デーブと呼ばれた男を打ち倒した時とは比べ物にならない程の音とスピードだった。
音が聞こえた時には既にムサシはクロの背後におり、刀をふりきった姿勢で静止している。
抜き身の刀でその居合を避ける事もせずに受けたであろうクロ。
当然無惨にも上半身と下半身が泣き別れになっている。
はずであった。
しかしそうはなっていない。
スーツの腹は大きく裂けており、その下には一筋の痣はあるが、黒く光った腹筋がしっかりと存在を主張していた。
「やはり硬気功なのですか」
ムサシは後ろを振り返る事なくつぶやいた。
構えた刀身の半ばから折れて砂の上にふさりと落ちる。
「そう」
クロも同じく振り返る事なく答える。
お互いに追撃はない。
既に勝負がついている事の証左である。
「刀が折れる程の硬気功。実にお見事なのです」
クロの宣言通りにおられた刀の先。砂浜に横たわる自分の魂へと視線を落とす。
「娘も居合で内部破壊とは見かけに……」
よらぬ手練れ。
とは最後まで言いきれず。
クロはそこで血反吐を吐き、地に倒れた。
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