なつのであいはどざえもん
夏。
海。
太陽。
アイドル。
全てが光放つ恒星である。
「海! すごいですね!」
セシリアは感動の声をあげた。
それもそうだろう。
セシリアにとって生まれて初めて見る海である。
今日は売上絶好調なコーンカフェが開いた海の家『シーンカフェ』のお手伝いを兼ねてコーンカフェの慰安旅行として海にきている。
ここはクルーズタウンの一大観光地『クルーズベイ』である。
クルーズタウン外からも観光客が多く訪れる地域であり、客の多さからここを拠点とするアイドルも多くいるほどである。
そんな場所にセシリアは立っている。
ビキニの水着にフード付きのラッシュガードを羽織り、下にはパレオを巻いている。
夏の完全防備である。
しかしそれでもなお成長したセシリアの魅力を隠しきることはできずにまるで光放つような存在感を示していた。
「セシリアー!」
そんなセシリアを海の家の中からママの声がよぶ。
「はーい。今いきますー!」
「いや来なくていいよー! こっちは落ち着いたからあんたは上がりでいいよー!」
「本当ですか!?」
「ああ、せっかくの海なんだ。堪能しておいで」
「ありがとうございまーす!」
そんな具合に自由を得たセシリアはまずは海岸線をフラッと歩く事にした。
焼けた砂の上をゆったりと歩く。
カラッとした空気と。
力強く照る太陽と。
足元に寄せては返す波と。
セシリア。
あまりに絵になりすぎてナンパにもならない。
まるで黒髪のヴィーナスが降臨したかの様だった。
「女神が無理矢理つけてくれた状態異常耐性は正解だったのね」
本来であれば肌をやくはずの太陽も。
足の裏をウェルダンオーダーのステーキだと勘違いしている熱砂も。
全て無効。
どれもこれもセシリアが海に行くと聞いた女神が付与した状態異常耐性のおかげである。
セシリアのどこまでも白い肌がやける事がどうしても許せなかった過保護な女神の賜物である。
日差しもセシリアの美を崩す心配がないせいか容赦なく燦々と降り注いでくる。
そんな日差しに目を細めながらぼんやりと遠くを望むと服を着たまま波うちぎわで横たわるおかしな人間が見えた。ここにいる人間は皆一様に水着姿で露出の多い服装をしているのだが、ようく目を凝らしてみるとやはりその人間は水着を着ていない。かと言って普通の服でもないように見える。
気になったセシリアは少し足を早めておかしな人間の所へ急いだ。
時間にして一分ほど砂浜を走ったセシリアは軽く肩で息をしながら、波打ち際で寝転び遊ぶ女性の傍らに立ち、懐かしい気持ちでその姿を見下ろしていた。
「これ、着物だ」
セシリアの前世である日本の民族衣装。
着物を着た女。
セシリアの前世では着る事は叶わなかったが、推しのアイドルがお正月番組で来ている姿を見ては憧れていた記憶がある。
しかし眼下の女性がきているのは着物とは言っても推しがきていたものとは違う。
推しが来ていたのは振袖と言われるいわゆる成人式などで見るような派手な着物だが、死体系女子が来ているのは地味な長着に無地の野袴をはいたいわゆる武士と言われる人間の旅装スタイルだった。
その着物も荒波に揉まれたのか、前合わせは大きくはだけて、きつく巻いたサラシがさらされており、野袴も軽く捲れ上がって綺麗な脚が露わになっていた。
そして。
残念ながら。
どう見ても波打ち際で波に打たれて遊んでいる楽しげな様子には見えない。
「ドザえもんかあ。南無」
目の前の綺麗な顔をした仏様に手を合わせた。
こんな異世界で仏も何もあったものでもなかろうとは思うが、どうしたらいいのかわからないからとりあえずといった心境だろう。
遺体がフレッシュな事もセシリアの余裕を産んでいる。
状態から見て死にたてピチピチだろう。
これが数日海を漂った仏様であれば流石にこんな悠長に眺めていられないだろう。
「とりあえずママに報告かな? とは言ってもこの世界だと死体とかそんなに珍しくないし、見ず知らずの人間の死体を弔う様な文化もないのよね。弱肉強食。全員修羅の道に入ってるわけだし」
クルーズタウンでは地域によっては行き倒れやギャングの抗争なんかで道端に転がっている死体はそれほど珍しいわけではない。年に一度くらいはこうやってご遺体を見かける事もある程度で、それもいつの間にか清掃業者が片づけられているため、見かけた人間が何かする訳でもない。
きっとここクルーズベイでも同様の職業の人間がいるだろうし、下手に触ってその縄張りを侵したなんて言いがかりをつけられてもつまらない。
さてどうしようか?
セシリアが対応に迷っていると足元から小さく掠れた声が聞こえた。
「し、……死んでないのですよ」
死体だと思っていた女性が、倒れたまま小さく手を天に伸ばし、必死に生を主張していた。
「あら! 生きてるの? 大丈夫?」
立ったまま対応を思案していたセシリアはその声に驚き、かがみ込んで元死体の女性に問いかける。
「う、うう」
しかし返ってくるのはうめき声のみ。
生きているとは言っても放っておけば死ぬような状況には変わりないようで呻くだけで精一杯の状態の様だった。
「生きているなら助けなくっちゃ! なれ果てからの喝采!」
セシリアはスキルで身体強化をかけ、とりあえずシーンカフェに着物女性を運ぶ事にした。
体を持ち上げて背負うために手を取った瞬間。
『握手によりファン人数が増加しました』
頭の中に女神のシステム音声が流れた。
「あ。しまった。 というか人命救助もファンサービスになるの!?」
計らずもファンを一人増やしたセシリア。
しかし今はそれどころではないと考え、取った手を引き上げ自分の服が汚れるのも厭わず着物女性を背負うと、来た道をシーンカフェへと急ぎ戻るのだった。
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