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はじめてのかんじょう

「ねえ! 女神! 聞いてる? 私、はじめて勝ちたいって思ったのよ! すごくない?」

「お、おう」


 セシリアの珍しい熱量に女神は若干引き気味である。


 サリー・プライドの楽屋挨拶から数日経ったある日。

 女神の神殿に礼拝にきたセシリアは興奮していた。


 怒りなのか。喜びなのか。やる気なのか。

 セシリア本人にもよくわかっていない。生まれてはじめて誰かに勝ちたい。負けたくないという感情が生まれたのだった。日和見で事無かれで気弱なセシリアが持ったはじめての好戦的な感情。


 先輩の存在を知ってからずっと気になってきた。

 先輩に会ってなんで気になっていたのか腑に落ちた。負けたくなかったのだ。

 ジョージ・Pに先輩以上ですよなどと褒められ、それを否定しながらも、肯定される事を心が喜んでいたのだった。そして表面上では否定しながらもそれはセシリアの心の奥底にはしっかりと落ちていた。


「サリー・プライドねえ」

「知ってるの? 女神」


 意外そうな顔で女神を見つめるセシリア。


「貴女、ワタシをなんだと思ってるの?」

「女神よ」


 己の権能への信頼性のなさに不満げな女神にセシリアはあっさりと答える。


「そうよ。この街の女神なんだから、この街の住人全部知ってるに決まってるでしょう」

「すごい」

「すごいのよ」

「はじめて女神を尊敬したかもしれない。私はファンの人たちしか覚えられないわ」


 セシリアもはじめてとは言っているが内心では仲良くなって以来ずっと尊敬しているし女神もそれを知っている。


 気やすく接しているが女神は女神。

 実はこの街では圧倒的な権能を発揮する。

 街の住人を全て知っているし、その住人がなにをしたかも知っている。


「セシリアのファンの人全員覚えてるってのも、それはそれですごいわよ」

「そうかしら? ファンは大事だもの当たり前よ」


 女神の言うとおりすごい能力である。

 セシリアは気づいていないが、実は布教のスキルはファンが布教で獲得した実際には会った事のないファンの顔と名前まで覚えるという能力がある。とんでもない能力であるが、ファンはファンとして全て大事にする姿勢に変わりはないため、はじめて会うファンの方でも画面越しなりライブなりですでに会った事がある気になっているし、セシリアの方でも同様である。


「それで言うと。この街の住人は全員ワタシのファンみたいなものだし。だから覚えられるのかもね」

「私はファンじゃなかったわ。むしろ嫌いだったわよ。コーンカフェのママも恨んでたって言ってたわ」

「……う。それは仕方ないじゃない。世界の構造的に弱肉強食なんだから。それより嫌いって何よぉ! 自分のファンに向かって!」


 自分でも思い当たるフシがあるのだろう。実際この街は修羅世界の側面が強く、住人の幸福度数が高いとはお世辞にも言い難いのが現状である。

 バッサリと切り掛かるセシリアの言葉に女神は思い切り嘆いた。

 セシリアのファンになって以来、セシリアには嫌われたくない思いが強い女神である。


「ごめんなさい。昔はって意味よ。今は女神の事大好き。他人とは思えないくらい」

「ぶ。うふふ。ならいいのよ。むしろもっと言いなさい」

「え、いやよ。褒めると女神気持ち悪くなるもの」

「なんでそこで落とすのよお!」

「それは事実だから仕方ないわ」

「もう」


 慣れたやりとりに女神はそっぽを向いて拗ねたふりをする。

 そんな後ろ姿を嬉しそうに眺めるセシリアはふと思い出したように口を開いた。


「ところで女神、サリー先輩の事知ってそうだったけど、何を言いかけたの?」

「ああ、サリー・プライドの話だったわね。セシリアのはじめての感情を奪った女……ぐう」

「ちょっと、気持ち悪い言い方しないでよ。実際そうだけど」


 セシリア好きが高じて気持ちの悪い女神。

 神とはとかく独占欲が強い存在である。


「まーね。冗談は置いておいて、あの子もなかなか苦労したのよ。今はこの街の管理を任せてるドン・クルーズの事務所でそれなりに幸せにやってるみたいだけどね」

「へー。サリー先輩って順風満帆なイメージがあったけど苦労してたのね」

「あの子、自分の事をサリー・プライドって呼ぶじゃない?」

「確かに! ルージュさんもそれに憧れて自分の事名前で呼んでるのよね」

「あの子のあれはね、徹底的にサリー・プライドという人格を作り上げるためにああやってるのよ」

「人格を作り上げる?」

「そう、元々は普通の女の子だったの。そのままアイドルやってた時期は売れなかったわ。そこを貴女みたいに事務所に拾われて、ジョージの能力で華開いてあそこまでのぼりつめたのよ」

「女神……そこまで知ってるって事はサリー先輩の言ってる事の事実も知ってるのよね?」

「知ってるわ。貴女がジョージに聞かなかった事情の全部を」

「そう」


 あの日。

 セシリアは事情を話そうとするジョージ・Pを止めた。


 聞かない方がいいと。

 なぜかそう思ったからだった。

 あんなに事情を知りたがっていたのにと自分でも思っているが。


「聞きたい?」

「ううん。聞かない。なんだか聞いたら、勝ちたいっていうこの気持ちがどこかに消えていきそうだから」


 真剣な顔で見つめる女神。それを受けてセシリアは小さく首を横に振って断った。

 あの日の思いは今も変わらない。


「それがいいと思うわ」

「目標を達成してそれでも聞きたかったら本人から聞くわ」


 今はアイドルバトルの優勝を目指すのみである。

 モチベーションも高い。

 この状態をキープすれば優勝も夢幻ではないという実感がある。


「優勝するって言ってるけどさ。でもセシリア。このままだと貴女アイドルバトルで一勝もできないわよ」


 女神曰く、夢幻だったらしい。


「何よ! 女神の未来予知?」

「違うわよ。未来は個々人の努力によって幅があるから予知できるほどの確定性はないわよ」

「じゃあなんでそんな事言うのよ」


 せっかくのやる気に水をさされた形のセシリアは頬を膨らませた。


「そもそも貴女アイドルバトルのバトル部分の準備何もしてないじゃないのよ」

「……バトル?」


 キョトンとした顔。

 美形でクールな感じの女性のこの表情はとても魅力的である。

 隙ができた美人は女神すら虜にするほどだった。


「可愛いけど! けど! なんではじめて知ったみたいな顔してるのよ! アイドルバトルって言ってるけど、別にアイドルの本分で争うわけじゃなくて、ガチンコバトルだからね? 貴女バトル能力なんてないでしょう? こないだあげた身体強化のスキルもライブにしか使ってないし」


 虜になった己を怒りで取り戻そうと語気を荒げる女神。

 しかしセシリアには通じない。


「そうそう! あのスキルありがとう! すっごいダンスのクオリティ上がったのよ」


 女神に走り寄り、手をとって、最大限の感謝を表する。

 瞬間でれでれになる女神。


「それなぁ! ワタシも見てたけどすっごい良くなったわよ。何? あの姿勢制御? どこまで足上げて止まってんのって思ったわ。 スカートの中見えそうだったけど」

「あれいいでしょう? 渾身の振り付けなの。ちなみにパンツじゃないから平気よ」

「いくらパンツじゃないって言ってもねえ……」


 親心満載で心配してる途中でふと我に返った女神。


「って! 違うのよ! バトルぅ!」

「あ、そうだった! というか話そらしたの女神じゃないのよ」

「まーそれは置いておいて、バトルの練習してないじゃない。バトル系のスキルもないし」


 都合の悪いことは知らんぷりするスタンスにきりかえたらしく話を本筋に戻す女神。


「いるの?」

「いるわよぉ! 例年であれば出場選手は全部格闘系アイドルやアスリート系アイドルなんだから! そんなとこにノーマルアイドルがなんの準備もせずにでてって勝てるわけないでしょう!?」

「そうなのう?」


 どうにもピンと来ていないセシリアに業を煮やした女神。


「そうなのよう! もう仕方ないセシリアね! 伝手のある所に神託下ろしとくからレッスン受けに行きなさい」

「ありがと女神!」


 呆れた顔をしながらもしっかりと自分をフォローしてくれる女神にぎゅうと抱きつくセシリア。

 抱きつかれた女神としてはたまらなく。その表情は一瞬で溶けた。

 神託をおろすのに十分な報酬を受けている様子だ。


「ぐぅ。いいのよ。もっと女神に感謝していいのよう。もっとしめつけていいのよう」


 ぎゅうぎゅうとされる喜びにだんだんとキマッてきているのか、ちょっとアレ気な感激の言葉を放つ女神。


 途端にスッと手を離し、セシリアは距離をとった。


「なぜ離れるの」


 瞳は潤み口元が緩くなって前傾姿勢の女神。

 反して真顔で直立のセシリア。

 同じ顔でも中身でこうも見え方が違うのか。


「いや。ちょっとアレなんで」

「アレってなによう!? はっきり言いなさいよ」

「気持ち悪いんで」

「はっきり言い過ぎい! なんで貴女はワタシにだけそんなに辛辣なのよう!」

「うーん? 信頼?」

「もう! セシリア好きぃ!」


 ちょろい女神の喜びの歌が天界にこだました。

お読みいただきありがとうございます。

評価、ブクマ、イイねお待ちしております。

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